
彼は、こんなにもふざけている。
「ちょっと寝てくるね……」
鼻をずびずびいわせながら、少しの時間を惜しんで布団に潜りに行った。彼は、昨日から体調が悪い。俺は平熱が低いのだとかなんとか言いながら37.0℃の体温計をみて「おぉ……」とひとり納得している。頭が痛いらしい。
そんな中、今日は豚肩ロースのオーブン料理を作ってくれた。庭からローズマリーを穫って一緒に焼くという凝りようだ。言っておくが、彼の作る料理はいつだって肉野菜炒めだ。手を変え品を変え、肉野菜炒めだ。オーブンレンジのレンジ機能しか使ったことがなかった。なぜか今日、説明書を引き出しから引っ張り出して、初のオーブン料理を作ってくれた。体調が悪いのに。
ここのところ急に秋めいてきたからかもしれない。でも、理由はそれだけではないことは、わたしにもわかっている。気疲れもあったし体力的に消耗もした。わたしの入院、手術、治療と7月の終わりからずっと休まるときがないのだ。車が1台しかないので仕方がないのだが、通院にはすべて彼が付き合ってくれている。わたしが仕事を休むと、それをカバーするのはすべて彼である。事前の調整や、当日の対応や、対応してみたものの想定よりもうまくいかなかったことや。すべて彼が負っている。家でもそうだ。丁寧な暮らしとは対極にある適当な暮らしを普段から送っているわたしたちだけれども、どうしたって炊事はこなさなければならない。これを彼がしてくれている。彼は疲れている。風邪をひいた。そして、彼の人生初、豚肩ロースのローズマリー添えオーブン料理はとてもおいしかった。
見た目はジャイアンである。ラグビーで鍛え続けた体でそのままトレーニングを続け、大酒と大食を重ねて見事なゴリラスタイルだ。彼が使うLINEスタンプは、主にジャイアンだ。ゴリラエピソードもある。ひとりでカーポートを持ち上げた男。大雪のあったとき、近所の老夫婦のお宅のカーポートが雪の重みで潰れ、車も出せなくなったことがあった。そこにたまたま通りかかった彼は「ちょっと行ってみるね」とひらり行ってしまった。そして、ひとりで雪の積もったカーポートを持ち上げ、その間にご主人が車を動かして難を逃れた。わたしはしばらくの間、彼のことを「村の力太郎」と呼んだ。
それで、である。
そんなごっつい大男が、最近へんな手を使って笑わせにくる。口を尖らせてチューをさせろと言ってくる。もちろんそんなのはお断りなので「やめろ、やめろ!」と振り払うのだが、彼は徐々に近づいて「はい、右の頬を出して」と口を尖らせている。わたしが目を覚ましていつまでも布団の中でゴロゴロしているときは「はい、起きなさーい。あら、起きない? あらあら、王子のちっすが必要ってことね」と絡んでくる。彼の用事で出かけるときは自分の頬を出して「ほれ、行っちゃうよ、ほれ」。わたしはついつい笑ってしまう。一向にそんなことをしたくはないのだ。けれど「嫌だ、いやだ」と何度言われようとへこたれず陽気にやってくる彼に、笑わされてしまう。
彼は、わたしを笑わせるために、ふざけている。