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イエローサブマリン音頭とビートルズのイエローサブマリン

    ビートルズの「イエロー・サブマリン」が発表されたのは、1966年のことです。

    とはいえ、私がこの曲をはっきり聴いたのは、たしか高校生になった頃でした。

    発表からおよそ10年後。

    リアルタイムで聴いたわけではありません。

    それでも、初めてちゃんと耳にした時の印象は、今でも何となく覚えています。

    「なんだか楽しい曲だな」

    まず、そう思いました。

    ビートルズというと、もっとかっこいい曲、もっと深い曲、もっと難しい曲もたくさんあります。

    でも、「イエロー・サブマリン」はとても親しみやすい。

    難しく構えなくてもいい。

    聴いていると、自然に身体が少しゆれる。

    何より、サビが覚えやすい。

    英語がよくわからなくても、そこだけはすぐに口ずさめる。

    そういう強さがあります。

    ただ、当時の私には、ひとつ気になって仕方がない部分がありました。

    曲の途中で、船乗りらしき人が何かを言っている。

    何か言っているのはわかる。

    でも、何を言っているのかがわからない。

    これが妙に気になりました。

    英語力の問題なのか。

    録音の問題なのか。

    それとも、そもそも聞き取らせる気がないのか。

    当時の私は、そこが知りたくて仕方ありませんでした。

    今なら、調べようと思えばいくらでも調べられます。

    でも、あの頃はそうはいきません。

    レコードの解説を読むか、音楽雑誌を探すか、詳しい人に聞くか。

    それくらいしか方法がありませんでした。

    だからこそ、わからない部分がそのまま記憶に残ったのだと思います。

    「イエロー・サブマリン」は、楽しい曲です。

    でも、その中に少しだけ不思議なざわめきがある。

    船の中の声のようなもの。

    海の底から聞こえるような音。

    子ども向けのようでいて、どこか奇妙な世界。

    その不思議さも含めて、ビートルズらしい曲だったのかもしれません。

    そして、それからさらに時代は進みます。

    1982年、日本で「イエローサブマリン音頭」が発売されました。

    これがまた、今考えるとなかなかすごい話です。

    ビートルズの「イエロー・サブマリン」が、日本で音頭になる。

    普通に考えれば、かなり大胆です。

    いや、大胆というより、かなり無茶です。

    潜水艦が音頭になる。

    リバプールから盆踊り会場へ。

    海の底から町内会のやぐらへ。

    この距離感が、まずすごい。

    当時の私は、それほど深く考えていませんでした。

    「へえ、こういうのが出たんだ」

    そのくらいの感覚だったと思います。

    でも、後になってから気になりました。

    よく、こんな日本語版というか、ここまで思い切ったアレンジが許されたものだな、と。

    ビートルズの楽曲です。

    世界的な名曲です。

    それを日本で音頭にする。

    しかも、ただ訳すだけではなく、日本の盆踊りに合う形に変えてしまう。

    普通なら、そう簡単に許可が出るとは思えません。

    ところが、この曲には面白い逸話があります。

    「イエローサブマリン音頭」のデモテープがポール・マッカートニーに届けられ、ポールがそのユニークな仕上がりを面白がり、特例のような形で許可したと言われています。

    もしそれが本当なら、これはかなり奇跡的な一曲です。

    ビートルズの曲が、日本の夏祭りのリズムに乗る。

    しかも、それをポールが認めた。

    こんなことがあるのか、という話です。

    さすがポール。

    懐が深いのか。

    面白いものに対する反応が柔らかいのか。

    それとも単純に、「これはこれでありだ」と思ったのか。

    真相は細かくわかりませんが、少なくとも「イエローサブマリン音頭」が生まれた背景には、ただの企画ものでは片づけられない面白さがあります。

    そして、この曲は実際に日本の夏に入り込んでいきました。

    最近は、昔ほど盆踊りを見かけなくなったように感じます。

    もちろん、地域によっては今も続いているところもあるでしょう。

    でも、私の感覚では、かつてのように町のあちこちから盆踊りの音が聞こえてくることは少なくなりました。

    当時は違いました。

    夏になると、どこかで盆踊りがありました。

    やぐらが立ち、提灯が灯り、太鼓の音がして、人が輪になって踊っている。

    そこに流れていたのが、「イエローサブマリン音頭」だったのです。

    ビートルズの曲なのに、まったく違和感なく盆踊りに混ざっている。

    考えてみれば、不思議です。

    でも、現場では不思議でも何でもなかった。

    むしろ普通に受け入れられていました。

    これが日本のすごいところかもしれません。

    海外の名曲でも、いったん音頭になってしまえば、すっと夏祭りの風景に溶け込む。

    「これはビートルズだから」と構える人はいない。

    「音頭だから踊る」

    それだけです。

    ある意味、とても正しい音楽の受け取り方です。

    数年前、あるSNSで、あんみ通のクミさんに「イエロー・サブマリン」をリクエストしたことがありました。

    すると、クミさんは、ビートルズの原曲よりも「イエローサブマリン音頭」の方が印象に強く残っている、というようなことを話していました。

    それを聞いて、妙に納得しました。

    そうか。

    日本では、そういう入り方をした人も多かったのかもしれない。

    ビートルズとしての「イエロー・サブマリン」よりも、盆踊りで流れていた「イエローサブマリン音頭」。

    レコードやアルバムではなく、夏祭りの記憶として残っている人がいる。

    これはすごいことです。

    音楽は、どこでどう記憶に残るかわかりません。

    原曲を聴いて好きになる人もいます。

    映画やアニメーションで知る人もいます。

    ラジオで覚える人もいます。

    そして日本では、盆踊りで身体に入ってきた人もいる。

    ビートルズの曲が、海を越えて日本に届き、さらに音頭になって、夏祭りの輪の中で踊られる。

    これは、冷静に考えるとかなり壮大な旅です。

    リバプールから日本の町内会へ。

    スタジオ録音から盆踊りのスピーカーへ。

    リンゴ・スターの歌声から、金沢明子さんの音頭へ。

    そして、子どもも大人も何となく踊ってしまう。

    ここまで来ると、「イエロー・サブマリン」という曲そのものが、本当に潜水艦のように、いろいろな場所を移動してきたようにも思えます。

    海の中を進むだけでなく、時代の中も進んできた。

    国境も、ジャンルも、世代も越えてきた。

    私にとっての「イエロー・サブマリン」は、最初は高校生の頃に聴いた、楽しくて親しみやすいビートルズの曲でした。

    そして、何を言っているのかわからない船乗りの声が気になる曲でもありました。

    でも、その後に「イエローサブマリン音頭」を知り、盆踊りで流れていた記憶と結びつき、さらに人によっては音頭の方が強く残っていると知って、この曲の面白さはずいぶん広がりました。

    ビートルズの曲でありながら、日本の夏の風景にもなった曲。

    世界的なポップソングでありながら、やぐらと提灯にも似合ってしまった曲。

    そう考えると、「イエロー・サブマリン」は、やはりただの楽しい曲ではありません。

    とても自由な曲です。

    どこへでも行ける曲です。

    海の底にも行ける。

    映画にもなれる。

    音頭にもなれる。

    盆踊りにも入れる。

    そして、何十年経っても、誰かの記憶の中で、楽しそうに鳴り続けている。

    最近は、昔ほど盆踊りの音が聞こえなくなりました。

    でも、夏になると、ふとあの曲を思い出すことがあります。

    ビートルズの「イエロー・サブマリン」。

    そして、日本の夏に現れた奇跡の一曲、「イエローサブマリン音頭」。

    どちらも別物のようで、どこかでつながっている。

    考えれば考えるほど、不思議で、楽しくて、少し懐かしい曲です。

    もし今、どこかの盆踊り会場で「イエローサブマリン音頭」が流れてきたら。

    たぶん私は、少し笑ってしまうと思います。

    そして心の中で、こう思うはずです。

    ポール、よくこれを許してくれたなあ。

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