
経験が多い人ほど、見えなくなるもの
⸻ 熟練するほど、見えなくなるものがある
25年以上、
身体と向き合ってきた。
クライアントの呼吸を聴き、
身体の張力や内力を読み、
体性感覚の変化を観察してきた。
その積み重ねが、
今の自分の土台になっている。
でも最近、
強く感じることがある。
経験は人を成長させる。
同時に、
人を盲目にもする。
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昔は分からなかったことが、
今は分かる。
身体を見れば、
ある程度の予測もできる。
呼吸を見れば、
その人の状態も想像できる。
それ自体は悪いことではない。
問題は、
分かるようになった瞬間から、
逆に見なくなることだ。
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人間の脳は面白い。
情報をそのまま見ているようで、
実はかなり補完している。
有名なゴリラの実験がある。
白いシャツの人たちのパス回しを数えていると、
画面の中をゴリラが横切っても、
多くの人は気づかない。
見ていないのではない。
見えているのに、
脳が処理していない。
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施術も少し似ている。
経験を積むと、
「これはこういうパターンだな」
と予測できるようになる。
でもその瞬間、
本当は目の前にいる人を見ているのではなく、
過去の経験を見ていることがある。
これは怖い。
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以前、
初心者とベテランを対象にしたこんな実験結果
を読んだことがある。
ベテランほど、
初心者が覚えるまでの時間を短く見積もるというものだった。
自分にとって当たり前になったものは、
本当は当たり前ではない。
でも当たり前になった瞬間、
その事実が見えなくなる。
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これは僕自身にも普通に起きる。
呼吸の話をするとき。
身体感覚の話をするとき。
体の使い方を説明するとき。
自分には自然に見えている景色が、
相手には全く見えていないことがある。
むしろ、
見えていないことにすら気づいていないこともある。
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人は、
正しさを求めているようで、
実は安心を求めている。
だから(脳は)自分の信じていることを補強する情報を集める。
反対意見は避ける。
都合の良い情報を集める。
これは誰にでも起きる。
もちろん僕にも起きる。
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だから最近は、
「本当にそうだろうか」
と注意深く自分に聞くようにしている。
長年の経験を疑うためではない。
経験に支配されないためだ。
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30年近い経験は財産だ。
でも同時に、
30年近くかけて作られたフィルターでもある。
経験が先入観になる。
知識が固定観念になる。
熟練が観察を止める。
その危険は常にある。
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だからこそ、
初心を忘れないことではなく、
初心者の目を持ち続けること。
知っているつもりにならないこと。
目の前の人を、
過去の誰かに当てはめないこと。
本当の熟練とは、
たくさん知ることではなく、
知っているつもりを手放し続けることなのかもしれない。
最近、
そんなことを考えている。