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身体という、いちばん身近な自然

    ──文明の中で、失われていく身体感覚


    どれだけ文明が発達しても、

    人間が生きているのは、

    自然界の中です。


    家を建てる。

    街をつくる。

    空調を整える。

    夜を明るくする。

    私たちは、

    自然の影響を受けにくい環境を、

    少しずつ作ってきました。

    暑ければ冷やす。

    寒ければ暖める。

    暗ければ照らす。

    とても便利です。

    でも、

    どれだけ環境を人工的に整えても、

    その中で生きている身体まで、

    人工物になったわけではありません。

    ⸻

    例えば、

    眠ること。

    人は、

    「今から眠ろう。」

    と決めただけでは眠れません。

    朝の目覚めも、

    眠っている自分が、

    意識的に起こしているわけではない。

    気がつけば、

    眠っている。

    気がつけば、

    目が覚めている。

    目覚まし時計を使ったり、

    眠る時間を決めたりすることはできます。

    でも、

    眠りそのものも、

    目覚めそのものも、

    意識の外側で起きています。

    身体が、

    勝手にやっている。

    そう考えると、

    睡眠と覚醒は、

    身体の中に残っている、

    とても分かりやすい「自然」なのだと思います。

    ⸻

    昔の人が、

    本当に日の出とともに起き、

    日没とともに眠っていた、

    という単純な話ではありません。

    ただ、

    今よりずっと、

    明るさや暗さ、

    暑さや寒さ、

    季節の移り変わりが、

    生活の時間を決める手がかりでした。

    今は、

    朝でも暗くできる。

    夜でも明るくできる。

    真夏でも涼しく、

    真冬でも暖かい。

    大きな建物の中にいれば、

    外が晴れているのか、

    曇っているのか。

    夕方なのか、

    夜なのかさえ、

    分かりにくいことがあります。

    ⸻

    でも、

    身体は、

    光を見ています。

    目から入る光は、

    物を見るためだけのものではありません。

    明るさや、

    光を浴びる時間帯は、

    体内時計にも関わっています。

    日中の光。

    夕方の光。

    夜の暗さ。

    そうした一日の変化を、

    身体は手がかりにしながら、

    睡眠と覚醒のリズムを調整しています。

    これは、

    人工照明そのものが悪い、

    という話ではありません。

    文明は、

    僕たちの生活を、

    圧倒的に便利にしました。

    ただ、

    便利になるということは、

    自然から受け取っていた入力の一部を、

    人工的な環境へ置き換えることでもあります。

    ⸻

    僕が気になるのは、

    ここです。

    身体が楽になることと、

    身体感覚を失わないことは、

    同じではありません。

    暑くない。

    寒くない。

    濡れない。

    暗くない。

    歩かなくていい。

    身体への負担は、

    確かに減ります。

    その一方で、

    風が変わった。

    日が傾いた。

    空気が冷たくなった。

    季節が変わった。

    そうした変化を、

    身体で感じる機会も減っていきます。

    ⸻

    都市生活では、

    この傾向が強くなることがあります。

    地下へ入る。

    電車に乗る。

    ビルへ入る。

    エレベーターで移動する。

    外の気温も、

    風も、

    光の移ろいも、

    かなりの部分を遮断したまま、

    一日を過ごすことができます。

    都市が悪い、

    という話ではありません。

    ただ、

    身体が自然から受け取っていた情報を、

    感じなくても暮らせるようになった。

    それは、

    文明が与えてくれた便利さの一つであり、

    何かとの等価交換でもあるのかもしれません。

    ⸻

    だからなのか、

    人は時々、

    自然へ戻ります。

    桜を見る。

    海へ行く。

    紅葉を見る。

    雪を見る。

    山を歩く。

    川辺に座る。

    森へ入る。

    僕たちは、

    わざわざ時間をつくって、

    自然の中へ出かけます。

    もちろん、

    自然の中に行けば、

    すべての心身の問題が解決する、

    という単純な話ではありません。

    それでも、

    自然の中に身を置くと、

    風を感じる。

    光を見る。

    匂いがする。

    足場が変わる。

    遠くを見る。

    身体に入ってくる情報が、

    一気に増えます。

    普段、

    意識する必要すらなかった感覚が、

    もう一度動き始める。

    ⸻

    僕は、

    これを、

    身体の中にある自然と、

    外にある自然が、

    もう一度つながる時間のように感じます。

    「共鳴する」

    と言ってもいいのかもしれません。

    もちろん、

    何か特別な周波数が、

    科学的に確認されている、

    という意味ではありません。

    ただ、

    人工的な環境の中で、

    少しずつずれていた身体のリズムが、

    光や風や温度、

    季節の変化によって、

    もう一度、

    外の世界を手がかりにし始める。

    そんな感覚です。

    ⸻

    養老孟司先生は、

    意識が身体を支配していると思うこと自体が、

    人間の錯覚なのではないか、

    という話を繰り返しされています。

    眠ることも。

    目覚めることも。

    身体が先にやっている。

    文明と自然、

    意識と身体について考えるとき、

    この視点は、

    とても重要だと思います。

    ⸻

    だから、

    自然へ戻るというのは、

    山の中で暮らすことだけではないと思います。

    朝の光を見る。

    夕方の空を見る。

    少し歩く。

    風を感じる。

    季節が変わったことに気づく。

    そして、

    自分の身体が、

    今どう感じているのかを見る。

    それだけでもいい。

    ⸻

    自然は、

    遠くの山や海だけにあるものではありません。

    眠くなる。

    目が覚める。

    お腹が空く。

    疲れる。

    呼吸する。

    心臓が動く。

    僕たちの中にも、

    自分の意識では完全には支配できないものが、

    ずっと動き続けています。

    自分の身体こそ、

    いちばん近くにある自然です。

    文明の中で暮らすからこそ、

    時々、

    その自然へ戻る。

    それは、

    外の自然へ出かけることと、

    案外、

    同じことなのかもしれません。

    ⸻


     
     
    呼吸と身体の専門家|臨床もうすぐ30年 身体を通して、人生の見え方を変える。 呼吸・感覚・無意識から、自分の主導権を取り戻すためのnote。 初めての方へ ▶ 身体を知るための3つの入口 https://note.com/labo402/m/m921dacd5f7fa

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