
俺に黙って恋するなんて、ずるいよね
俺に黙って恋するなんて、ずるいよね

放課後の夕日が差し込む教室で、彼女――美咲は、別のクラスの男子と楽しそうに話していた。
「あはは、本当それ!今度その動画送ってよ」
いつも俺に向ける柔らかい笑顔とは違う、どこか「よそ行き」の、男ウケを意識したような可愛い笑顔。あいつ、他の男の前ではそんな風にかっこつけて、器用に立ち回れるんだな。
胸の奥が、ちりりと灼けるように軋む。少し、悔しい。
だって、俺は知っているからだ。
美咲が本当に目で追っているのは、その男子じゃない。
美咲の視線が、一瞬だけカレンダーの横に立つ俺に向き、すぐに弾かれたように逸らされた。
耳のピンク色が、夕日のせいだけじゃないことを、俺はもう見抜いている。
美咲は俺の気持ちを「分かっている」つもりでいる。
俺が彼女をただの幼馴染、ただの友達としてしか見ていないと、そう思い込んで、自分の恋心を必死に隠している。傷つかないように、俺を困らせないように、物分かりのいい顔をして。
でも、本当に分かっていないのは、美咲のほうだ。
他の男子が去り、教室に二人きりになった瞬間、美咲はいつもの「ただの友達」の仮面を被って俺に笑いかけてきた。
「お待たせ!じゃあ、一緒に帰ろっか」
その健気で、ずるくて、愛おしい嘘を、もう限界だった俺は引き剥がすことにした。
一歩、距離を詰める。
美咲の目が丸くなり、逃げようとした手をすかさず掴んで、背後の壁へと追い詰めた。
「え、ちょっと……何、蓮?」
動揺で、かっこつける余裕のなくなった美咲の瞳が、まっすぐに俺を映す。
俺はわざと意地悪に口元を歪め、彼女の耳元に顔を寄せた。
「他の男にあんな顔してさ。……俺に黙って恋するなんて、ずるいよね」
美咲の呼吸が、止まった。
はまったね💕

「他の男にあんな顔してさ。……俺に黙って恋するなんて、ずるいよね」
蓮の低い声が、鼓膜のすぐ奥で跳ねた。
壁に押し付けられ、逃げ場をなくした私を、蓮の切れ長の目がひどく真剣に閉じ込めている。
余裕そうな顔。私が焦って、泣きそうな顔をするとでも思った?
――本当に分かっていないのは、蓮のほうだよ。
私が他の男子にあんな顔をして見せた理由。
蓮が私のことなんてただの友達だと諦めているのを知りながら、それでも諦めなかった理由。
全部、この瞬間のため。
「――っ!?」
蓮が息を呑む。
私が、蓮に掴まれていたはずの手首を強引に掴み返したからだ。そのままお互いの手を絡ませながら、蓮の予想を超える力で、一気に体の位置を入れ替える。
ド、ン。
今度は蓮の背中が、教室の壁にぶつかった。
形勢逆転。私の腕の中にすっぽりと収まった蓮の瞳が、驚愕で微かに揺れている。
私は逃げるどころか、壁に縫い付けた蓮の顔にぐっと自分の顔を近づけて、耳元に極上の吐息を吹き込んだ。
「はまったね。……ずっと、待ってたよ?」
至近距離で見た蓮の顔が、一瞬で耳まで真っ赤に染まっていく。
さっきまでかっこつけていた男の子の面影はどこへやら、完全に限界を迎えて、呼吸を乱している。
「お前、それ……反則」
絞り出すような蓮の声を聞きながら、私は最高に可愛い、勝ち誇った笑顔を浮かべた。
【蓮の視点】

「お前、それ……反則」
絞り出すようにそう告げた俺の声は、情けないほどに震えていた。
背中に感じる教室の壁の冷たさが、余計に体の中心の熱を際立たせる。
形勢逆転。俺の手首を掴み返し、鮮やかに位置を入れ替えた美咲は、至近距離で最高に可愛い笑顔を浮かべていた。
はまったね、なんて。
全部、こいつの計算だったわけだ。俺を焦らせて、この場所に引きずり出すための。
他の男に見せていたあの笑顔すら、俺に嫉妬の火をつけるための罠だったのだと気付かされる。美咲は俺の気持ちを分かっていないどころか、俺が美咲を好きすぎて限界寸前なことまで全部お見通しだったんだ。
「……まじで、ずるいのはどっちだよ」
降伏の証として、掴まれたままの手の力を抜く。
でも、ただで負けてやるつもりはない。
真っ赤になっているだろう顔を必死に隠すように、俺はわざと視線を美咲の唇へと落とした。
強がって俺を壁に押しつけている美咲の呼吸が、わずかに乱れる。形勢を逆転したつもりでいる美咲の、そのさらに上をいってやる。
「待たせたお詫び。……覚悟しろよ?」
次は俺が、この生意気で愛おしい恋人を完全に狂わせる番だ。
(520文字)
【美咲の視点】

「待たせたお詫び。……覚悟しろよ?」
蓮の視線が私の唇に落ちた瞬間、今度は私の心臓が爆発しそうになった。
嘘。蓮の顔は確かに耳まで真っ赤なのに、その瞳の奥にある熱は、ちっとも引いていない。むしろ、私を完全に捕らえて逃がさないような、猛獣みたいな光を帯びていた。
壁に押しつけて、主導権を握ったはずだった。
蓮の焦る顔が見たくて、ずっと仕込んできた計画は大成功だったはずなのに。
「っ……、ひゃっ」
蓮が絡めていた指にグッと力を込め、私の体を自分のほうへと引き寄せた。
壁ドンしているのは私なのに、なぜか蓮の胸の中に自分から飛び込むような形になってしまう。
蓮の大きな体が視界を奪う。
香水のつけていない、蓮だけの清潔な体温が鼻腔をくすぐって、一気に頭がクラクラし始めた。
「かっこつけた仕返し、今からたっぷりしてあげる」
耳元で囁かれた低音ボイスに、私の強気な仮面は一瞬で粉々に砕け散る。
はまったのは蓮のほうなのに、結局、私はこの人の腕の中から逃げられない。
「……蓮の、ばか」
観念して目を閉じかけた私の唇に、夕日の熱よりもずっと熱いものが、優しく重なった。

【蓮の視点】
唇に触れた美咲の体温は、驚くほど柔らかくて、ひどく熱かった。
ほんの少し触れるだけの、短くて静かなキス。
それでも、壁に押しつけられた俺の身体の自由を完全に奪うには十分すぎる威力だった。
ゆっくりと顔を離すと、さっきまで勝ち誇っていた美咲の顔は、夕日の赤がかすむほど真っ赤に染まっていた。
俺の手首を掴んでいたはずの指先は、今や力なく俺のシャツの胸元をぎゅっと握りしめている。
「……っ、ばか、蓮のばか……」
消え入りそうな声で悪態をつきながら、美咲は俺の胸に額を押しつけて顔を隠した。
その小さな肩が、緊張と恥ずかしさで小さく震えている。
さっきまでの強気な大逆転劇はどこへ行ったんだよ。
仕掛けるだけ仕掛けておいて、いざやり返されたらこれだ。ずるくて、計算高くて――それ以上に、愛おしくてたまらない。
俺は掴まれていた手首をそっと抜き、今度は自分の腕で、美咲の細い背中を包み込むように強く抱きしめた。
「先に仕掛けてきたのは美咲だろ」
胸元から伝わる、美咲の早鐘のような心臓の音。
それが俺の鼓動と重なって、教室の静寂に響いている気がした。

(505文字)
【美咲の視点】
蓮の胸のなかは、ずるいくらいに温かくて、包み込まれるような安心感がした。

もう、完全に私の負けだ。
「はまったね」なんて、あんなにかっこつけて逆壁ドンまで決めたのに。蓮に一瞬で主導権を奪い返されて、キスまでされて、今の私はきっと人生で一番、みっともない顔をしている。
でも、背中に回された蓮の腕の強さが。
私の耳元で聞こえる、蓮の少し荒くなった呼吸が。
この完璧で不器用な男の子が、本当に私のものになったのだと教えてくれていた。
「……だって、蓮が全然気づいてくれないから」
蓮のシャツを掴んだまま、胸元に声を籠らせて呟く。
ただの幼馴染。ただの友達。そんな関係に甘んじて、私を女の子として見てくれない蓮に焦れていたのは本当だ。
「気づいてただろ。お前が他の男と話してる時、俺がどれだけイライラしてたか、知らねえの?」
呆れたような蓮の声が、上から降ってくる。
嬉しくて、くすぐったくて、胸の奥がじんわりと甘い熱で満たされていく。
ゆっくりと顔を上げると、蓮は少し照れくさそうに視線を逸らしながらも、私の手をもう一度、優しく握りしめてくれた。

(511文字)
