
CHEAP HIPPIES
この曲と出会ったのは僕が中学1年生の頃だった。
巷ではコンパクトディスク(CD)なるものが登場して、それまで高価だったステレオが、ミニコンポとして浸透し始めたタイミングでもあった。
僕は悩んだ結果、CDではなく、カセットテープでレベッカの『OLIVE』というアルバムを購入した。
その中でも特に好きだった曲がチープヒッピーズとラズベリードリーム、そしてムーンの英語版。
学校で教えてもらえないような知識、経験。
そして夢や憧れ・・・
13歳で知識や経験に飢えていたクソガキには刺さる曲だった訳だ。
しかも当時の僕は、日本の曲は歌謡曲ばかり聴いていて、むしろ音楽と言えば、日本の曲より海外アーティストの曲を好んで聴いていた。
当時はアイドルも高い歌唱力を求められていた時代なので、国内にも素晴らしいアーティストは山ほどいたのに、そこまで興味を持っていなかった。
そんな僕が『チープヒッピーズ』に惹かれたのは、まるでシンディー・ローパーの歌った、映画『グーニーズ』のテーマソングのような、軽快なビートで始まり、心の底から若者の本音を叩きつけるようなNOKKOのボーカリズムに心を打たれたから。
当時の僕は神戸の街に生まれた事を誇りに思えるほど、この街が好きだった。
世界中からモノが集まり、欲しいと思ったものは何でも手に入る神戸の物流や、経済への期待。
小学4年生の時に祖母と大阪へ買い物に行った際、誰よりも早くナイキエアーのシューズを手に入れた時は胸がときめいた。
後に負けじとリーボックを使い始めた友達に対抗して、更に新しくてデザインや品質のいい、履きやすいシューズブランドを探したり・・・
まだ正規の販売店がなかった当時に、ルイ・ヴィトンの三つ折り財布を愛用して、ローレックスやオメガの時計を愛用していた小学生なんて、国内にそうそういなかっただろう。
時代を先取り!
誰よりも品質の良いものを知りたい!
もちろん高ければ正義なんて微塵も思っちゃいない。
時計はスイスの技術が世界一だと知っていたけど、セイコーやシチズンが負けているとは思わない。
でも価格と品質のバランスや限界って何なんだ?
造形美やデザインもどこまでを必要正義とするか?
徹底的に追及したかった。
イタリアやフランスのブランド品の服を買って着る。
リーバイスのジーンズすら知りたての小僧なのに、既に生地の厚みとか手触り、ステッチの精度やテクニック、レアなロットの存在まで。
徹底的にデータとその意味を追及しまくった13歳は、更にトラサルディやアルマーニ、ミッソーニなどにも手を広げる。
すると、正規で入荷したヨーロッパのブランド品はやっぱり肌触りが違う!
そして生地の質感!
1本7〜8千円のジーパンと2万8千円のジーパンの圧倒的な違いを肌で感じて感動したあの日。
小学5年生になるまではUCCのレギュラー缶コーヒーしか飲めなかった。
そんなお子ちゃまの口だった僕が、6年生からは、UCCの旧本社ビルにあった喫茶店に通い詰めて、豆の違いや淹れ方、ブレンドの配分率まで追及するようになっていた。
元町大丸にできた紅茶専門店では、茶葉によって注ぐお湯の温度や蒸らす時間も違い、淹れる時の空気の混ぜ方まで意識しないとならない事を学んで、ワクワクが止まらなかった。
あらゆるデータを集めて実証し、誰よりも豊富な知見を身につけたかった。
タバコは嫌いだからやらなかっただけで、何なら5歳で吸って「こんなもん吸って美味しいとか意味がわからん!」なんて思ったような子供なので、酒も日本酒やワイン、ウイスキーやブランデーまで、ブランドやグレードによって何がどう違うのかを知る事は、商品の歴史やその土地の産業、そして職人のこだわりすら見えてきて、とにかく楽しくて仕方なかったのである。
学校の先生すらも知らないような知識をいっぱい身につけて・・・
幼稚園の頃から物知り博士と呼ばれていた僕は、高校生の頃にはクイズ王選手権に出場するかフィッシング甲子園に出場するかで悩んだ程。
結局、フィッシング甲子園に出場した僕は、仲間と共に、決勝ステージのサイパンまで勝ち進んだ。
そこまでの数々のステージでも、クイズ系は常に1位か2位で通過。
魚の刺身は見た目で判断できなくても、食べたら判る。
そんな僕はレストランに行けば、料理の味や食材の品質もさながら、スタッフの目線、所作や言葉遣いまで・・・。
更にお寿司屋さんであれば、わざわざ玉を注文しなくても、板前さんの包丁さばきと、刺身の切り口を見ただけで・・・
そこのサービスは価格と満足度に見合っているのか?
とにかく徹底的に色々な事を知り、吸収したい歳頃の僕にとって、レベッカの曲は刺さる作品が多かった。
そしてレベッカを聴くようになってから、邦楽もあれこれ試すきっかけになった。
僕にとって重要な瞬間だったと思う。
実際に僕はあらゆるモノの違いを、意味あるものとして見る癖がついたおかげで、今も自分の商売において、独自の哲学とコストパフォーマンスに見合った商品を選別して販売している。
ああ、でもこれについては賛否ありだ。
なぜならブランド志向が強い人も多いからだ。
つまりシャネルやヴィトンを好むように、自転車すらもブランド名にすがる傾向が強い為、大手メーカーの100万円〜200万円もする自転車が、例え性能が中の上程度であっても。
或いは自分の体格や筋力では使いこなせない代物であっても、後先考えずに買ってしまう人は少なくない。
しかしそれに対し、いきなりレースで表彰台が狙える自転車なのに、国内メーカーってだけで、或いは20万円以下の自転車っていうだけで、見向きもしないお客様が多いのも寂しい現実である。
それどころか15万円するかしないかの自転車なんて、カスタマイズしたところで底が見えている!
安い、すなわち『絶対性能』が低いと判断する。
そんな感覚の人、意外と多くないでしょうか?
僕は高校生の時にバイトして買った49800円のブリジストン・ワイルドウエスト(MTB)を、総額27万円かけて、ハンドルとサドル、シートポストもカーボン化し、シャフトやシートピンはチタンパーツに交換。
バーエンドバーもブレーキレバーもコストパフォーマンスでパーツを選び、ポリカーボネートのグリップシフト。
コンポはシマノXTRに差し替えて、ホイールはLXのハブを自分でオーバーホールして、ベアリングを研磨した。
タイヤはパナレーサーのシングルトラック390にした。
それでクリテリウムレースに出て、普通にロードバイクに対抗してゴールスプリントまで絡んで勝負した。
優勝こそ逃したが、大手スポーツメーカーから「プロを目指す気はないか?」と声をかけられるほどの走りができた。
クリテリウムにMTBで出場して、ロードバイクとスプリント合戦する奴なんてそうそういないだろうからね。
最高時速は、回し切れば73.6キロまで出せるMTBだった。
しかもベースは5万円以下の車両。
僕はそういう極端な事例も高校生の頃から実験して、実証している。
そう、僕の場合は例え低予算な自転車でも、自身のポテンシャルを上げて、レースで戦える仕様にチューニングし、乗り手に合わせて自転車を進化させるスタンス。
それに相反し、最近のユーザーの多くは圧倒的なブランド力に支配されて、数字上のスペックやメーカーの肩書だけで酔いしれているケースが多いように感じている。
それが長年僕が戦い続けている現実。
それでも僕は、世間一般の言う『スタンダード』には、決して屈することなく信念を貫き続けるだろう。
その原点には、この曲を知ると共に世界の広さを学ぼうと好奇心の赴くまま足掻いていた、当時の僕(生意気なクソガキ)が描いた未来や夢があるからだ。