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【躁うつと生きる】離婚やめます①溢れた器(ほぼ無料🆓後半一部有料🈶)

    本記事は、noteを約2ヶ月続け、たくさんのnoter様たちの記事に励まされる経験を数多くさせていただき、書くことを決意したものです。

    またとってもありがたいことに、フォロワー様も300人を超えるということと、コメントで温かい言葉を送ってくださる方からさまざまな勇気をいただいたことが、大きな後押しとなっています。

    記事の中で恐縮ですが、あらためて、noteの皆様に感謝の気持ちをお伝えします、ありがとうございます。

    **
    我が家は私と夫、三人男児の五人家族です。
    長男はADHDの発達凸凹があり、次男は定型、三男は診断していませんが、診断すればADHDをもらうだろうと思われる特性を持っています。
    長男が思春期を迎えた11歳ごろから、夫と長男の折り合いが悪くなり、夫はとうとう長男に手をあげるようになりました。
    初めは荒い言葉をかけるとこらから。
    それが段々聞くに耐えないほどになり、徐々に徐々に悪化して、これは虐待だと、恐怖を覚えるほどになってしまいました。

    そうして私は離婚を決意しますが、躁うつの特性を患う私には波があり、決意しても踏み切れず、とうとう鬱転し仕事も休職し、文字通り「倒れて」しまいました。
    このような私では離婚したところで息子たちを守れるのかと真剣に考え、この記事を書くに至っています。

    私は一旦は離婚を決意し、noteの世界で自己を顧みながら心を整理させていただき、結果離婚はしないこととしました。

    そのように、ぼんやりとした「決意」を胸に、心の整理をして過ごしていましたところ、

    夫と長男の関係が、改善していることに気がつきました。
    手をあげなくなった(であろう)、ということです。

    半分は私の力(影響)でしょう。
    8分の3は長男くんの努力、
    残りは旦那さんの努力です。
    旦那さんが子どもに手をあげない以上、私の離婚動機はなくなります。
    よって私は、離婚はやめることにしました。 

    離婚を決意したことが、この度の躁転からの鬱転、休職の一因になっている部分もあります。
    離婚する決意をしてからやめるまでを整理することは、私の今後にとって大変意義のあることで、3月半ばに控えた職場復帰以降は、きっちりと自分の気持ちに蹴りをつけて、ブレない軸を持ちたいと考え、まとめることにしました。

    ⬜︎◼️⬜︎◼️⬜︎◼️
    家族構成
    私・・・小学校教師(現在休職中)
    旦那さん・・・昭和な男、会社員
           躾という名の鞭を打つのは当然
    長男・・・野球大好きADHD
    次男・・・定型発達の気遣いさん
    末っ子・・・落ち着きのない発達凸凹疑い

    きっかけは


    離婚という選択肢を考え始めたのは、3年前のこと。
    旦那さんの息子たちへの暴力が深刻化したことからでした。

    コロナ禍で出勤スタイルが大幅に見直され、リモートワークが強制されるような時期でした。

    一方私が勤める学校は、GIGAスクール構想にいち早く着手し始めた数少ない小学校だった(ということは後から知りました)こともあってか、教師は学校へ行き、子どもたちへのオンライン課題を作成したり、プリント課題を作ったり、とにかく通常通り出勤していました。

    当時上の息子たちは二人とも小学生、末っ子は乳児クラスでした。
    末っ子は保育園に預けることができましたが、上2人の学校は、完全なアナログだったので、課題を指示されるのみで、オンラインもなく、家に缶詰になっていました。

    そんな時期のことです。

    溜まるストレス


    これまで毎日朝から晩まで会社に勤めていた旦那さんにとって、一日中子どもが家にいたり、午後からいたり、夕方早くに子どもが家に帰ってきたりすることは、全くの未知の世界だったのでしょう。この時期の会社員は会社に出勤するのが当たり前で、リモートワークなどと言うスタイルは、ほとんどの人が知らなかった時期(時代)です。
    そんな旦那さんにとって、初めての「リモートワーク」は、酷いストレスだったようです。

    逆に私は、「出社しない=家にいられる」のであれば、トイレに行く程度の時間や、お茶を飲む程度の時間で、小さな家事ができていいな、と羨ましくさえ思っていました。
    例えば昼ごはんのついでに乾いた洗濯物を取り込むとか。トイレのついでにクイックルワイパーをかけるとか。子どものことも、おやつとか習い事の準備とか声かけとか。
    保育園に預けられずに一緒に子どもを見なくてはならないリモートワークはさすがにお手上げですが、家にいながら仕事ができるなんて、本当にラッキーな世の中になったと、羨ましく思いました。

    そんな訳で、「私がリモートならやれるだろうと思っていること」を、旦那さんに求めました。

    それが、間違いの始まりでした。

    子どもが家にいるというだけでストレスを抱えている(なんて気づきもしなかった)旦那さんにとって、私から家事のタスクを増やされたことは、当たり前にストレスの溜まることでした。
    日常的にイライラしていることが増え、子どもへの声のかけ方もきつくなり、荒げなくていいところでも怒鳴るようになりました。

    転任することに

    コロナ禍も徐々におさまり、私の職場は通常走行になっていきました。行事は色々と削減縮小しましたが、子どもたちが毎日全員一日まるごと登校する、という通常の学校です。(コロナを機に忙しい子どもたちと教育現場を救うべく、週一オンラインとか、週何回かは午後の授業のみオンラインとか、そんな変化を期待したのですが、そうはならず多忙に戻った日本の古い体質にげんなり、という話はまた別記事にていつか…)

    息子たちの学校も、同じような状況になりました。
    そうしてむかえた学年末。
    末っ子はまだ年少さんで手がかかるのに、私が通勤時間1時間もかかるところへ転任となってしまいました。
    旦那さんはリモートスタイル継続です。
    よって、リモートの旦那さんへの家事育児負担は必然的に移動したのです。

    これまで少しずつだけれど確実に溜まっていたストレス、旦那さんの器の中の水が、ついに溢れたのです。
    それは忘れもしない金曜日のこと。
    上の息子たちの体操教室の日です。

    不穏なLINE、不安なハンドル

     
     
    高1、中2、小2の三男児の母です🪴躁うつ病(双極症、20年超え)です。自分の「いま」や、ADHDの息子の凸凹を気まぐれに投稿しています🌼好きなものは、相棒、恩田陸、セカオワ、ピアノを弾くこと聞くこと、うさぎ🐰、荒れ庭いじり🌳、創作🖼️です。

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