
Now and Then──届かなかった想いに寄り添う、最後のビートルズソング
2023年、ひとつの時代が静かに幕を下ろしました。
ビートルズが「最後の新曲」として発表したのが、“Now and Then”。
ジョン・レノンが1970年代後半に自宅で録音した未完のデモ音源に、ポール・マッカートニーとリンゴ・スターが演奏を重ね、
最新の音声抽出技術を用いて、ついに完成を迎えた一曲です。
そのニュースを耳にしたとき、不思議な感覚に包まれました。
私はビートルズのリアルタイム世代ではありません。
けれど、彼らの音楽はずっと自分の人生のどこかで鳴り響いていて、
今回のリリースはまるで、時を越えて届いた“誰かの遺した手紙”のように感じられたのです。
ビートルズとの不思議な関係
1960年代に世界中を熱狂させたビートルズ。
当時を知る人々にとっては、彼らの楽曲は青春の記憶と重なり、
音楽を超えて「時代そのもの」だったのだと思います。
私自身は、その熱狂をリアルタイムで体験することはできませんでした。
けれど、彼らの楽曲は私の青春であり、ポールが国内でライブを行った際も足を運びました。
ステージで彼が「Hey Jude」や「Let It Be」などのビートルズの楽曲を歌うたび、「ここにジョンやジョージがいたら、どんなに素晴らしいだろう」と思わずにはいられませんでした。
「Now and Then」が語る、静かな愛と喪失
この曲の歌詞は非常にシンプルです。
しかし、その言葉の一つひとつに、
長い年月と、語られなかった想いの重みがにじんでいるように思います。
I know it's true
It's all because of you
それが本当だとわかっている。すべては君のおかげ。
Now and then
I miss you
時々、君が恋しい。
If you go away
I know you'll never stay
君が行ってしまったら、もう戻らないことを僕は知っている。
この“君”が誰なのかは明言されていません。
恋人かもしれないし、過去の仲間かもしれない。
あるいは、自分自身のかつての姿なのかもしれません。
けれど、私にはふと、ジョンの長男・ジュリアンに向けた曲のようにも思えました。
ジュリアン・レノンと、父としてのジョン
「Now and Then」が録音されたのは、1977年ごろ。
ジョンはこの時期、音楽活動から退き、家庭に専念する“主夫”の時代を過ごしていました。
再婚したヨーコ・オノとの間に生まれたショーンを育てながら、
彼は静かにパンを焼き、料理をし、家族のために時間を使っていたといいます。
しかし一方で、前妻シンシアとの間に生まれた長男ジュリアンとは、疎遠な関係が続いていました。
音楽の名声や私生活の混乱の中で、十分に父でいられなかったこと。
その後悔や赦しの気持ちが、どこかこの曲の行間ににじんでいるように感じられるのです。
If we must start again
We will know for sure
That I will love you
もしもう一度やり直せるなら、僕がどれほど君を愛しているか、きっとわかってもらえるはず。
これは、父としての言葉にも聴こえませんか?
ミュージックビデオが描いた“終幕”
「Now and Then」のミュージックビデオは、ピーター・ジャクソン監督によって制作されました。
映像には、若き日のジョン、ポール、ジョージ、リンゴの姿が重ね合わされ、過去と現在が交差するように描かれています。
そして、最後のシーン。
静かに照明が落ち、「THE BEATLES」の文字がゆっくりと闇に消えていきます。
その瞬間、私ははっきりと感じました。
これはビートルズという物語の、ほんとうの終わりなんだと。
華やかなフィナーレではありません。
でも、メンバー全員でおじぎをして、深い感謝とともに静かに幕が下りるような、
ひとつの大きな物語の閉じ方として、これ以上にふさわしい表現はないように思えました。
“ファンの数だけ、Now and Thenがある”
この曲には、特定の意味も、正解の解釈もありません。
恋人を思い浮かべる人もいれば、親しい友人、亡き家族、あるいは過去の自分と重ねる人もいるでしょう。
ジョンの歌は、誰か一人のための手紙ではなく、
世界中の“届かなかった想い”にそっと触れるような静かな歌です。
私にとっての「Now and Then」は、
リアルタイムではないけれど、たしかに存在を感じてきたビートルズと、
静かに別れを交わす時間でした。
そしてそれは、決して悲しみだけではなく、
「今までありがとう」と伝えられる、あたたかな余韻を残してくれました。