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【✈️ 臨時便】なぜ秋🍁って、物悲しい気持ちになるのかな…?と考えた。思考の秋とホカホカの焼いも🍠について。

    突然ですが、
    秋と言えば、焼いもですよね。
    ……え、違いますか?笑

    寒さがゆっくりと身体に染みてきた秋のある日。
    ホカホカの焼いもをほおばっていた私に、
    ふと、いつもの問いがまた一つ、降りてきました。

    「ねぇ、秋って、なんで物悲しい季節って言われるんでしょう?」

    文字だけ見ると、なんだか悲しさだけが強調されている気がします。
    でも本当は、それだけじゃない気がするんです。
    折角なので、季節柄ぴったりなこの問いを、
    私の思考と一緒に、みなさんも旅してみてください。



    壱.物悲しいとは、理由のない心の動き。


    物悲しいって、秋をよく現す言葉としてよく使いますよね?
    だから「物悲しい季節」と言えば、
    秋だけがその称号を与えられているようです。

    春、夏、冬。
    それぞれにも情緒はちゃんとあるのに、
    どうして物悲しさは、秋だけに宿るのか。

    まずは、辞書を開いてみましょう。
    「物悲しい」の意味を辞書で調べると、
    ー理由はないけれど、なんとなく心が寂しく感じられること。
    はっきりした悲しみではなく、静かに胸の奥をかすめるような感情ー

    だそうです。

    面白いのは、「理由はないけど」と言っているところです。
    理屈では説明できない、寂しさや悲しさ、
    それらを感じる力が、物悲しいには宿ってるみたいですね。
    英語でいう所の sad や lonely とは違うし、
    melancholic に近いかもだけれど、
    なにかそれよりもっと淡く、輪郭のない感情。
    どうですか、物悲しいって奥深いですよね。

    では、もっと深堀してみましょう。わくわく。


    弐.「もの」の正体 ― 見えない存在の気配。

    物悲しい=物+悲しい
    余談ですが、文字を分解するの私大好きなんです。
    で、ちょっといつものように分割してみました。

    物(もの)+悲しい。

    まずは、物(もの)。
    コレって、目に見えるモノではなく、
    目に見えない何かの事を指すようです。
    確かに古語の「もの思う」「もののけ」「もの言わぬ」と同じように、
    形のない存在の気配を指していると、言われるとしっくりきますね。
    「見えない何か」
    つまり、風の音や、落ち葉が舞い落ちる一瞬、
    心がふっと揺れた、なにかを表すもの。


    参.「悲しい」との違い ― 失うのではなく、愛おしむ。

    次は、悲しい。
    悲しいとは、誰かを失ったり、何かが終わったり、
    というような自己の欠損感情の事だと言われます。
    しかし、私が取り上げたいのは、次の意味なんです。

    ー古語では 「かなしい」と書かれていた。
    この「かな」は、「愛(かな)し」や「哀(かな)し」とも書かれ、
    本来は「愛おしい」や「心が動かされる」という意味を持っていた。

    その昔、「悲しい」は、
    今よりずっと愛しさに近い言葉だったという事。
    ものかなしい、という古い響きが、
    私の中で、温かな意味を持ち始めました。


    肆.見えない「なにか」を、愛おしいと感じて惜しむ気持ち。

    そして、ふと浮かんできたのは、「もののあわれ」という言葉。
    本居宣長は「人の心が、もの(=あらゆる存在)のありように、触れて感じる情(こころ)」を、もののあわれだと言いました。
    つまり、「理屈ではなく、心が自然に反応してしまう切なさ」や
    「時間の流れに抗わずに感じること」の意味です。

    ああ、そうか。と、私はやっと、ここで、物悲しいにたどり着きました。

    見えないなにかを感じて、それを愛おしいと思い、惜しむ気持ち。
    これが、ものがなしいの本質なのかもしれない、と。

    春は、始まりの光で満ちている。
    夏は、生命の熱に包まれ活動的。
    冬は、世界が静かに休息につく。
    その中で、秋は唯一、次の季節へと向かう道を繋ぐ季節だと思う。
    穏やかにゆっくりと移ろう季節を彩る秋。
    だからこそ、秋は見えない何かを感じる事が出来るのではないだろうかー。


    🍠そして、私は、食べかけの焼いもに癒されながら、思いを馳せるのです。


    ー物悲しい季節と言われる秋。
    だけどみなさん、人は「食欲の秋」とも呼ぶんです。
    人間はおいしいものを食べると、お腹が満たされると、
    不思議と少しやさしくなれると思いませんか。

    だから、私はこうも思いました。
    物悲しさを感じる秋、そんな心をそっと労わるために、
    私たちは実りの秋を楽しむのかもしれない。
    そして、ホカホカの焼いもの温かさと美味しさに、心とお腹を満たして、
    冬に向かう道を、穏やかに、ゆっくりと、過ごすのかもしれないと。

    物悲しさって、心が季節と一緒に、
    ゆっくりと穏やかに歩いているからこそ、
    感じられる人間の贅沢なのかもしれない。

    ――そして私は、食べかけの焼いも🍠さんに、
    心とお腹を癒され、満たされながら、
    また、新しい思考の旅へと思いを馳せるのでした――。

    ここは、問いの途中で休む休憩所【layover問いの旅time】
    今回のこの旅も、あなたにとって、
    穏やかでやさしい時間になっていますように🌻

    最後までお読みいただきありがとうございました🌻KANA

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    ――2025年、KANAの問いの旅より© 2025 KANA / layover 問いの旅 time (トイトイ™)

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