
※自戒※断捨離と称して本を処分するのは、ホントのホントにやめておけ
わたしは6人家族。
(敷地内同居の両親もいるので、両親を含めたら8人)
一緒に住んでいる人が多ければ、それだけ物も多い。
そして、わたしの両親は2人揃ってもったいないオバケであり、どこからともなく物が集まってきてしまう。
そんな家だ。
そんな家だが、わたしはできるだけ少ない所有物ですっきり暮らしたいと思っている。
が、、、
そんなことが叶うわけもない。
という現状(自分で選択して「今」を選んでいるのでご心配なく)だが、
それでも自分の心に限界が来ると、
「せめて自分のものだけでも」
と、大断捨離大会が始まる。
そして、定期的にそれはやってくる。
「自分だけのもの」
というのは、実はそんなに多くない。
タオルや食器、その他日用品など、家族で共用しているものの方が圧倒的に多いからだ。
わたしだけに所有権のあるものは、せいぜい服と本くらいだ。
服は、手放す基準を設けるのは案外簡単だ。
サイズが合わなくなったもの
素材がくたびれてきてしまったもの
いつか着るかもしれないととっておいても、何年もその「いつか」が来ないもの
その点、本はその基準を設けるのがとても難しい。
その時、
「もうわたしには必要ない」
と思ったとしても、5年後10年後の自分にとってもそうだとは限らないからだ。
。。。
そうやって、20代の頃から、
「手放した本を買い戻す」
ということを、何度となくやってきた自分がここにいる。
教養を深めるための本
レシピ本
小説
香りや音楽が、その当時の自分の心の有り様までをも想起させるように、本もまた、その当時の自分に会いに行くことができるタイムマシンのようなものなのだと、この歳になって思うようになった。
手放すことも大事かもしれない
けれど、
大切に思い出すこともまた大事なことなのかもしれない
と、矛盾しているようだが、最近の自分はそう思う。
人間の心とは、なんとも複雑なものだ。
平面的ではなく立体的に捉えなくてはならない。
一方通行ではなく、複雑に入り組んだ路地を縦横無尽に交通整理しながら進んでいかなくてはならない。
ひとつのカメラではなく、10カメくらい必要だろう。
それくらい、視野を広げて世界を視ていきたいものだ。
思うままにつらつらと書いていたら、なんだか壮大なことを言っているようだけれど、、、
あー、あの本も手放してしまったのか。
あの時のわたし、アホすぎんだろ。
また買い戻すハメになってるし、ホントにもう、バカなの?
もうやめとけ、ホント懲りないやつだなー。
と、自分の中の口の悪い自分が、そんな自分を罵倒している。。。
という、とりとめのないお話でした。
台風さん、どうぞお手柔らかに。。。

昨日買った3冊📕