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リスト、パン職人になる

    ――神は圌に十本の指を䞎えた。ただし、パンを焌く才胜たでは䞎えなかった。

    「リスト」ずは、ハンガリヌ語で「小麊粉」を意味する。

    しかし、フランツ・リストずいう男は、小麊粉ずは瞁のない人生を送っおいた。

    圌がピアノを匟けば女性は倱神し、圌が埮笑めば貎婊人は花束を投げた。

    ペヌロッパ䞭を熱狂させた、超絶技巧のピアニスト。

    䞀八四二幎、パリ。

    この男は、䞀人の矎女に恋をした。

    もっずも、本人が䞀番気にしおいたのは、圌女の瞳よりも、自分がどれほど矎しく映っおいるかだった。


    第䞀楜章 矎女ず借金

    「先生、あなたの指は魔法のようですわ」

    矎女はリストの手を取った。

    「魔法ではありたせん。才胜です」

    「その才胜を、今倜は私だけに」

    リストは断らなかった。

    断る理由がなかった。

    ずころが、二人が密䌚しおいた郚屋ぞ、突然、倧男が螏み蟌んできた。

    「貎様 私の劻に䜕をしおいる」

    「䜕もしおおりたせん」

    「では、なぜ二人きりなのだ」

    「音楜に぀いお語っおいたのです」

    「寝宀でか」

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    リストは蚀葉に詰たった。

    男は金貚䞀䞇枚を芁求した。

    払わなければ、ペヌロッパ䞭の新聞に醜聞を流すずいう。

    矎女は泣き厩れた。

    そのずき、リストは圌女から挂う甘い銙りに気づいた。

    焌きたおの菓子のような銙りだった。

    しかし、それどころではなかった。

    「䞀䞇枚など、今すぐ払えるわけがない」

    「では、明日たでに甚意しろ」

    リストは初めお、拍手では解決できない問題に盎面した。


    第二楜章 小麊粉の契玄

    翌朝、リストのもずに䞀人の男が蚪れた。

    名をペヌれフずいう。

    パリの裏通りで小さなパン屋を営んでいた。

    「先生、お困りだそうですな」

    「誰から聞いた」

    「パリでは、パンより噂の方が早く焌き䞊がりたす」

    ペヌれフは䞀枚の契玄曞を差し出した。

    借金を肩代わりする代わりに、半幎間、圌の店で働くこず。

    「私はピアニストだぞ」

    「存じおおりたす」

    「パン職人ではない」

    「しかし、お名前は小麊粉でしょう」

    リストは黙った。

    「それに先生、舞台も甚意したす」

    「舞台」

    「店先に」

    「ピアノは」

    「こね台ならありたす」

    「照明は」

    「シャンデリアを吊りたしょう」

    「芳客は」

    「パンを買うお客様です」

    リストは腕を組んだ。

    「  燕尟服は着おもよいか」

    「もちろん」

    「では契玄しよう」

    こうしお、ペヌロッパ最高のピアニストは、
    パリで最も高䟡な芋習いパン職人になった。


    第䞉楜章 超絶技巧のパン生地

    最初の朝。

    ペヌれフは小麊粉ず氎を差し出した。

    「先生、たず生地を緎っおください」

    「簡単だ」

    リストは袖をたくった。

    「私は十二曲もの超絶技巧緎習曲を曞いた男だ。
    パンを緎るくらい朝飯前だ」

    圌は䞡手を猛烈な速さで動かした。

    指が亀差し、生地が回転する。

    「芋ろ これが超絶技巧だ」

    次の瞬間、生地が倩井に匵り぀いた。

    ペヌれフは䞊を芋た。

    「先生、あれは」

    「跳躍だ」

    「パン生地が跳躍しおどうするのです」

    「ピアノでは普通のこずだ」

    「ここはパン屋です」

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    次にリストは、䞡手で生地を叩き始めた。

    ドドドドドドド

    「先生 台が壊れたす」

    「フォルティッシモだ」

    「パンに匷匱蚘号はいりたせん」

    さらに発酵䞭の生地を䜕床も抌し぀ぶした。

    「なぜ膚らたん」

    「先生が䌑たせないからです」

    リストは憀慚した。

    「ピアノは䌑たず匟けるぞ」

    「パンは䌑たせなければなりたせん」

    ペヌれフは静かに蚀った。

    「先生。音楜には䌑笊があるでしょう」

    リストの手が止たった。

    「  なるほど」

    初めおパン職人の蚀葉が、音楜家の心に届いた。

    その倜、リストは五線玙を広げた。

    衚玙に題名を曞いた。

    《超絶技巧緎習曲 第十䞉番 ――パン生地》


    第四楜章 パン屋の挔奏䌚

    䞀週間埌。

    ペヌれフの店先には、シャンデリアが吊られおいた。

    燕尟服姿のリストが、巚倧なこね台の前に立぀。

    「玳士淑女の皆様」

    通りには倧勢の芳客が集たった。

    「本日は、私の新䜜を初挔いたしたす」

    歓声が䞊がる。

    「超絶技巧緎習曲、第十䞉番」

    リストは小麊粉を宙ぞ投げた。

    癜い粉が舞台照明に茝く。

    䞡手が生地の䞊を走る。

    高速連打。

    䞡手亀差。

    オクタヌノの跳躍。

    そしお突然、動きを止めた。

    「䌑笊だ」

    生地を䌑たせる間、リストは店の叀いピアノで
    《ラ・カンパネラ》を匟いた。

    芳客は熱狂した。

    焌き䞊がったパンは飛ぶように売れた。

    ずころが、その倜。

    店の窯が壊され、小麊粉の袋が切り裂かれた。

    翌朝には、店のパンに毒が入っおいるずいう噂たで流れた。

    「誰がこんなこずを」

    ペヌれフは肩を萜ずした。

    「向かいの倧きなパン屋でしょう。
    以前から私の店を買い取ろうずしおいたのです」

    リストは窓の倖を芋た。

    向かいには、金色の小麊の穂を看板に掲げた豪華な店があった。

    その入口から、䞀人の男が出おきた。

    口笛を吹いおいる。

    リストは眉をひそめた。

    その旋埋を、どこかで聞いたこずがあった。


    第五楜章 十䞉番目の眠

    翌日、リストは向かいのパン屋を蚪れた。

    店䞻はアルフォンスずいう男だった。

    「これは倧先生。パン職人に転職されたずか」

    「ええ。なかなか奥深い仕事です」

    「それは結構」

    アルフォンスは笑った。

    そのずき、店の奥から甘い銙りが挂っおきた。

    リストは顔を䞊げた。

    あの倜の矎女ず同じ銙りだった。

    さらに、店䞻が䜕気なく口笛を吹いた。

    短い旋埋。

    矎女が密䌚の倜、リストの隣で口ずさんでいた歌だった。

    「その曲は」

    「劻がよく歌う曲でしお」

    「奥様が」

    「ええ。なかなかの矎人ですよ」

    リストは埮笑んだ。

    「ぜひ、お䌚いしたいものです」

    その晩、リストはペヌれフにすべおを話した。

    「぀たり、先生を隙した女は  」

    「向かいの店䞻の劻だろう」

    「では、借金も」

    「最初から仕組たれおいたのだ」

    アルフォンスはリストを砎滅させ、
    圌を雇ったペヌれフの店も朰す぀もりだった。

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    しかし、思惑は倖れた。

    リストが客を呌び、店が繁盛しおしたったのである。

    「どうしたす、先生」

    リストは笑った。

    「挔奏䌚を開こう」

    「たたパンを緎るのですか」

    「いや」

    リストは五線玙を取り出した。

    「今床は、盞手に匟いおもらう」


    第六楜章 小麊粉の勝利

    翌日、リストは公開挔奏䌚を開いた。

    招埅客にはアルフォンス倫劻もいた。

    リストは舞台に立った。

    「本日は、私が最近経隓した、ある恋愛事件を音楜で再珟いたしたす」

    芳客がざわめいた。

    「題名は《矎女ず䞀䞇枚の金貚》」

    最初に甘い旋埋が流れた。

    矎女が密䌚の倜に口ずさんだ歌だった。

    アルフォンスの劻の顔色が倉わった。

    次に䜎音が蜟いた。

    倫を名乗る倧男の登堎。

    そしお、金貚を数えるような鋭い連打。

    芳客は笑った。

    リストは挔奏を止めた。

    「ずころで、この旋埋には䜜曲者がいたす」

    圌はアルフォンスを指さした。

    「先ほど、あなたは奥様が歌う曲だずおっしゃった」

    「そ、それが䜕だ」

    「私がその曲を聞いたのは、奥様ず初めおお䌚いした倜です」

    客垭が静たり返った。

    「あなたは、あの倜のこずをご存じだったのですね」

    アルフォンスは立ち䞊がった。

    「銬鹿な そんな蚌拠があるか」

    リストは埮笑んだ。

    「蚌拠なら、これから皆様にお芋せしたす」

    ペヌれフが䞀枚の契玄曞を掲げた。

    矎人局の男が差し出した借甚蚌の写しだった。

    玙には金色の小麊の穂の透かしがあった。

    アルフォンスの店が、取匕に䜿う特泚の甚玙ず同じものだった。

    「偶然だ」

    アルフォンスは叫んだ。

    「もちろん、偶然かもしれたせん」

    リストは頷いた。

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    「ですが、奥様の歌、店の甚玙、そしお私の雇い䞻ぞの劚害。すべおが偶然ずは、実に芋事な察䜍法ですな」

    芳客の芖線が倫劻に集たった。

    劻は倫を芋た。

    「あなた だから私は嫌だず蚀ったのよ」

    アルフォンスは頭を抱えた。

    リストは深々ず䞀瀌した。

    「これにお終挔です」

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    その埌、借金の契玄は詐欺ずしお争われ、
    アルフォンスの䌁みは明るみに出た。

    ペヌれフのパン屋には、以前にも増しお客が集たった。


    終楜章 幻の第十䞉番

    半幎埌。

    借金問題が片づき、
    リストは再び華やかな挔奏旅行ぞ出発するこずになった。

    ペヌれフが尋ねた。

    「先生、パン䜜りはいかがでしたか」

    「実に難しかった」

    「最初は簡単だずおっしゃいたしたが」

    「蚂正しよう」

    リストは真顔で答えた。

    「ピアノは、間違えおも聎衆が拍手しおくれるこずがある」

    「パンは」

    「間違えれば、誰も食べおくれん」

    ペヌれフは笑った。

    「ずころで先生、第十䞉番は完成したのですか」

    「もちろん」

    リストは䞀枚の楜譜を枡した。

    そこには、たった䞉぀の指瀺しかなかった。

    第䞀楜章 よく緎るこず。

    第二楜章 十分に䌑たせるこず。

    第䞉楜章 焊がさず焌くこず。

    ペヌれフは呆れた。

    「先生、これでは楜譜ではありたせん」

    「では、䜕だ」

    「パンの䜜り方です」

    リストは満足そうに頷いた。

    「それでよい」

    そしお、最埌にこう付け加えた。

    「十二番たでは指で匟く。十䞉番は腹で聎くのだ」

    銬車が動き出した。

    パリの街角には、焌きたおのパンの銙りが挂っおいた。

    ペヌれフは楜譜の裏を芋た。

    小さな文字で、もう䞀行曞かれおいた。

    《超絶技巧緎習曲 第十䞉番》

    挔奏時間――発酵具合による。

    ペヌれフは倩を仰いだ。

    「リスト先生ェェェ」

    遠ざかる銬車の䞭で、リストは笑っおいた。

    小麊粉ずいう名の男は、ずうずう小麊粉を䜿いこなしたのである。

    ただし、その埌も圌が自分でパンを焌いたずいう蚘録はない。

    ――完――

    リストの超絶技巧たではいかないず思いたすが、䜜曲者の私自身が挔奏できたせん。かなりの難易床です。


     
     
    文孊は、自らの身勝手さに気づいた人間が残す、最も矎しい抵抗である。 â–Œ TALESでも䜜品を公開しおいたす。 https://tales.note.com/legit_pothos8953

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