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月を見るたび、私は開けてしまった扉を思う

    「月を見る」たび、私はあの夜の果てしない静寂と、胸の奥で静かに開いてしまった「新しき扉」のことを思い出す。

    当時、私の股間は人知れず狂おしい皮膚炎——世にいうインキンタムシに侵されていた。夜ごとに押し寄せる熾火のような蠢動に苛まれ、正気を保つのすら困難だった頃のことだ。

    そんな折、ふと昔読んだ漫画かアニメのうろ覚えの記憶が脳裏をよぎった。曰く、『満月の夜、その神聖なる光を患部に直接晒せば、病は平癒する』と。荒唐無稽な迷信と知りつつも、極限状態にあった私はその一縷の望みにすべてを賭けた。

    深夜二時。静まり返った街を見下ろすベランダへと、私はひそやかに這い出た。

    ベランダに尻をつき大股開きで足を開き、竿と袋をそっと横にずらす。

    蒼白い月光が、私の最も愚かな患部を寸分の狂いもなく照らし出す。冷たい夜風が吹き抜けるたび、妙な背徳感と解放感が脳を痺れさせた。静寂に包まれた深夜の町に向かって、己のすべてを丸裸で晒しているという事実。恐怖と興奮が混ざり合い、全身の血が奔流となって駆け巡る。

    ——で、効果はあったのかと言えば。

    当然ながら、一ミリも効かなかった。

    翌朝、相変わらず激痛とかゆみに悶絶した私はついに諦め、皮膚科の門を叩いた。

    白日の下の診察室。入った私に、かつてのような躊躇いは一切なかった。医者の前で何のためらいもなく下衣を脱ぎ捨て、堂々と患部を突き出すことができたのだ。

    「……ずいぶん潔いですね」

    医者は少し驚いたように呟いた。 無理もない。私はすでに昨夜、深夜の町と月光という最大の観客を前に、己の最も秘められた部位を捧げ尽くしていたのだから。白衣の聖職者など、夜のベランダという壮大な劇場に比べれば児戯に等しかった。

    医学は偉大だった。 処方された薬は数日のうちに病を完全に駆逐した。 肉体の上では。 ……そう、肉体の上では。

    あれから月日が流れた今なお、夜空に神々しく輝く満月を見上げるたび、私は妙な落ち着かなさを覚える。 すでに病は癒え、肌は健やかであるというのに。

    月光療法は何の医学的効果ももたらさなかった。 病を治したのは月ではない。 皮膚科でもらった塗布薬だ。

    しかし今なお、満月を見るたび私はあの夜を思い出す。 静まり返った町。 蒼白い光。 そして誰に頼まれたわけでもなく、月に向かって股を開いていた愚かな男を。

    病は治った。 だが、あの日ひらいた扉だけは、どうやら今も閉じていないらしい。



    小牧幸助様、そして #シロクマ文芸部 の皆様。 「月を見る」という素晴らしく静謐なお題をいただきながら、たいへん美麗な文章で大変お見苦しい、救いようのない話を書き上げてしまいました。 誠に申し訳ございません。 表現技術と文章のトーンだけは無駄に全力を尽くしましたので、寛大な心でお許しいただければ幸いです。



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    心理・哲学・人間観察が好きです。日常に潜む違和感や、言葉にならない感情を物語にしています。

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