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父に自分の気持ちを聞いてもらえなかった私が、教員として大切にしていきたいこと

    今日は、いつもとは違うテーマ設定で記事を書く書いてみようと思います。

    私は小さい頃から父との関係に悩んでいました。

    よく勉強できる子がいい子ども
    親の言う通りになることがいいこと
    上位大学に入ることが大手企業に就職することが偉いこと

    そんな父の凝り固まった考えに
    ガチガチの縛られながら幼少期を過ごしてきました。


    もちろん、父の考えも理解はできますが、
    私の意見や想いは全て無視で、父の価値観だけが押し付けられる。


    父の思う道、
    例えば、
    父の望む習い事ではなく、私がやりたいと思う習い事を始めたいと言ったり、
    上位高校ではなく、少し学力の低い高校へスポーツで進学したいと言うと、

    一言返事で、
    「ダメだ」とか「俺は許さん」
    と言われ、話も聞いてもらえない環境でした。


    子どもの頃の私は、
    そんな父に逆らったり自分の意見を話すことが怖くて、
    結局、父には自分の本心を話せたことは一度もありませんでした。

    いつからか
    父の思うようになれなかった自分が悪いと思っていました。



    ただ、そんな自分を責める気持ちに変化が生じてきたのは、
    教員を志し大学で学び、実際に現場で働くようになってからでした。


    親が(大人が)子どもにかける言葉の一つひとつに、どれだけの影響力があるのか。
    親が子どもの話に耳を傾けることが、どれだけ子どもの成長にいい影響を与えるのか。

    実際に子どもと関わる日々や、
    子どもを育てる保護者と関わる機会が増え、身をもって感じました。


    今までは、
    父の態度や発言にも疑問をもちながらも
    結局は、父の思うようになれなかった自分が悪いと思い我慢し続けていましたが、

    今は、自分が悪かったとは思わないし、
    私が疑問に感じていた父の態度は、人格形成においてプラスではなかったと心の中で割り切っています。


    ここからは教職の話からは逸脱しますが
    亭主関白な父のいる私の家では、家族みんながいつも父に気を使って過ごしてきました。


    家のことは全て母がやり、父の機嫌が悪くなるといつも母が気を使う。
    そんな雰囲気でした。


    私が何か意見をいうと
    「アホか」
    「そんなことは許さん」
    「お前はいつも悪いことばかりして」
    などと言われ続けてきました。


    先日、私の顔合わせのために両親を韓国に招待しました。

    私は案の定、ホテルから顔合わせの場所、そしてその後の観光まで、
    父の機嫌が悪くならないよう本当に神経を使いました。


    でも相変わらず、母に対して偉そうで全体的に傲慢な父の態度を見ていると、

    「もうここまでかな」
    「これ以上の付き合いは必要ないかな」
    と、父との関係にすっと気持ちが冷めました。


    別に法的な措置を取るとか父に直接連絡を入れるとか
    そういうことじゃないけれど、
    ただ私から一歩関係を引こうと思いました。


    今思い返すと、32年間、
    身近にいる父親に気を使いっぱなしで、苦しかった。


    父は私を大学卒業まで金銭的に何不自由なく育ててくれて
    今までは経済的に不自由なく過ごさせてもらったのだから
    「文句は言ってはいけない」
    そんなレッテルに縛られていましたが
    教職を通して、私が感じていた生き苦しさは間違っていなかったと今思っています。



    こらから私がやるべきことは、
    こらから私が関わる子どものたちに、
    私のような生き苦しさを味わわせないように、
    寄り添いながら関わっていくことだと思います。


    いつも感じるけれど、
    私は教員になって本当に良かったなと思います。

    子どもの成長を間近で見られることはもちろん
    それに加えて、
    自分の人生も見つめられる仕事だと思っています。

    これからも、教職という仕事をする通して、
    「良く生きる」ということを追求していきたいです。





     
     

    Mao

     
     
    元教員ㅣ🇯🇵(私立高校5年)→🇻🇳(日本人学校4年) 教員生活/海外生活/働き方・生き方についての記録✍️ 今は国際結婚して韓国にいます

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