
待つ時間
待つ時間は長くも短くも感じない。つらくも苦しくもない。今日も私はK駅の改札が見れる場所で彼を待っている。
今日で十六日目。彼の自宅の最寄り駅の改札を彼が通る時間は日によって違うから、私は午後五時から待っている。五時ってことはないとは思うけれど、もしかしたら体調不良で会社を早退するかもしれないじゃない。
今のところは彼を見つけるのは七時台八時台が多かった。終電の一本前の時もあった。
改札から出てくる彼を見かけたら彼の後ろを歩く。かなり距離をとって歩く。スーパーやコンビニに寄ることが多い彼。私は外で待つ。そしてまた彼のうしろを歩く。彼がアパートに入り部屋の電気がついたら私は帰る。
私は歩いて自分の家に帰る。一時間以上かかる。彼が自宅についたのを見届けた私の足取りは軽い。今日も無事に家に着いたね、お疲れ様、という気持ちになるから。
彼を電車の中で偶然見つけた。すぐにあの子だとわかった。スーツ姿の大人。顔が変わっていなかったから。心臓がどくどくした。奇跡だと思った。だから彼のあとをつけた。住んでいる家がわかった。アパート。一人暮らし。
私にとって彼はね、いっとき、一緒に暮らしていた恋人の子供。恋人が元妻に頼まれて預かったとか。
とても短い期間だったけれど、彼と暮らしたことはとても印象深い。子供と暮らすってこういう感じなんだと感動したからだ。一緒にスーパーで買い物してお好み焼きを焼いたり飲み物を作ったり楽しかった。私の人生の中で幸福な思い出。子供と暮らしたのはその時だけ。
成長した彼はちゃんと真面目に仕事をしているらしいことがわかった。よかった。わかったから、それで終わりでいいのに、私は毎日駅の改札口で彼を待っている。