
映え写真の終焉が近いかも
いきなりなテーマですが、洞察してみます。
世間の興味が写真から動画へ移行しつつあるようです。
GEMINIに調べてもらうと、「動画の圧倒的な急増」だそうで、
やはり、そうか。と思う次第。
要因は、動画が簡単に作れるようになった。とか、動画の方が見てくれる率が高い。とか理由はあるようです。
GEMINIは、複数枚の写真は根強い反応率がある。とも。
それで、単写真投稿が減っているというわけですね。

単写真から人々の興味が薄れると、映え写真を投稿して来た人たちはどうするのでしょう。
時流に乗るのであれば、動画撮影への移行。
動画に向いたカメラやスマホも多くでていますからね。
でも、動画って、ストーリー性や編集が必要だし、見る人の目も肥えてますからね。映え写真のようにはいかないでしょう。
気になっているのは、映え写真が終わりそう。ということです。
一瞬で撮れて好印象を持たれて来た映え写真。
類型が増え、新鮮味のある一枚はなかなか撮れなくなって。
一方で生成AIを使えば簡単に作れる。

写真はすべて撮影したもので、生成AIではありません。
スマホで民主化された写真は、動画と生成AIによって追い詰められ、
西洋絵画史と同じように、分かりにくい抽象表現やモノトーンへ流れていくのでしょうか。

そうなると、ますます見られなくなっていくかもしれないですね。
写真はどこへ向かうのでしょう。
恵比寿にある、東京都写真美術館では、そういった最近の傾向の新進作家たちの作品を展示してあるそうです。未だ見てないです。
映える写真撮影を続けて来た人たちやこれまでただ、撮り続けて来た人たちは、実は写真という言葉に縛り付けられ、新しい表現の世界へは行かないかもしれないですね。
「眼に見えるシーンを撮って自分のものにしたい、誰かに伝えたい。」
感情は、どこへいくのでしょう。

カメラ機能って、メモ代わりや、コードスキャナーに落ち着いていくのでしょうか。
一足早く、紅葉を撮ろうと出かけた軽井沢で、美しい景色を前に腕組みしてしまったのでした。
ここまで見ていただきありがとうございました。
続きは、また。

雨の早朝は誰もいない雲場池周辺。