
鬼がつくった女|「待つ時間」 【シロクマ文芸部】
お題∶「待つ時間」
今回は古典からのオマージュです。読んでいただけると幸いです。
待つ時間が愛を育てる。
どこかで聞いたことのある台詞だが、今まさに実感している。
80日前、私は朱雀門で鬼に双六勝負を挑まれた。賭け物は私は全財産、鬼は絶世の美女。賭け事は好きではないが、引き受けた。絶世の美女がどれほどのものかという下世話な興味もあった。
私は鬼に勝ち、鬼は美女を連れてきた。美しかった。こんなにも美しい女を見たことがなかった。息を呑む私に、鬼は言った。
この女は100人の美女の死体からそれぞれ美しいパーツを集めて作ったものです。この女をあなたに譲りましょう。しかし100日間、この女に触れてはなりませぬ…
目を閉じ、うつむき加減に座る女の肌は生気がなく真っ白だった。緑なす豊かな黒髪は、なだらかな肩にかかり、そのまま床に流れている。小さく細い指先はたおやかに膝の上に重ねられていた。
一目で恋に落ちた。
この美女が100日後に私のものになる。そう考えただけで胸が熱くなった。あまり近づくと触るなの禁忌を破りかねない。危機感を抱き、屋敷の奥の部屋に置いて、見るに留めることにした。
日に数度、彼女を見る。日に日に美しさが増している。紙のように白かった頬は薄く紅を差したように色づき、小さな唇が瑞々しい。閉じた目を縁取るまつ毛の繊細さときたら、どんな名工の技をもってしても作り出せないだろう。
数日前、この部屋に寝具を持ち込んだ。女の肌が映えるであろう灯りと柔らかな夜着も準備した。夜の雰囲気が濃厚に漂うこの部屋にいると、どうしても体が昂る。
あともう少し。手を伸ばせば届く場所に、私の愛そのものが形となって存在している。募る思いに気が狂いそうだ。
女を横目で見る。柔らかそうな肌は薄く発光しているかよう。なまめかしい香りがする。人形のように動かないのにまるで誘蛾灯だ。存在だけで男を誘う。
ふらふらと女に手を伸ばす。遅効性の毒に心と脳が焼かれていくようだ。細い肢体を抱きしめ、柔らかな頬に手を添え、そっと口づけた。
間近で見る女の顔はあまりに蠱惑的だ。ゆっくりと双眸が開いた。私を見つめる黒曜石の瞳が潤んでいる。甘やかな吐息が唇をくすぐる。迦陵頻伽もかくやという声が響いた。
「残念」
バシャリと女は水となって流れた。
◆ ◆ ◆
待つ時間を経て私は生まれ変わるのか。
100日後に私は魂を得て人となるらしい。
100人の女の体から成る私は、100人分の意識のかけらの集合体だ。私を構成する全ての女が、当世の美を体のどこかに宿していた。そのスペシャルな部分だけを集めて作られたのが私だ。頭のてっぺんから足先まで美しい。私はフェティシズムの塊だ。
100人全員が自分の美しさを理解していた。恋愛至上主義のこの世で、男の恋心と女の妬心を利用したり躱したり叩きのめしたりして生きてきた。見た目はたおやかでも中身は歴戦の武士だ。
鬼に作られたばかりの頃は意識もまとまらずぼんやりしていたが、最近意識がはっきりしてきた。そのせいか、見た目にも生気が宿り始めている。
私を得た男は、見た目は平凡だが当世きってインテリだ。鬼に双六で勝つぐらいだ。度胸もあるのだろう。宮廷の要職にも就いている。そんなハイソサエティな男も、一目見て私に惚れ、日に日に思いを拗らせている。
屋敷の奥に私の部屋があるが、日に数度やってきては不躾に粘っこい目で見つめてくる。少し遠慮しろ。てか、御簾で顔隠させろ。マナー違反だ。顔部分の私が吠えている。
数日前、男は部屋に寝具やら灯りやら夜着やらを持ち込んできた。解禁日に向けて準備を進めてるようだ。全私が叫ぶ。まずは文をよこせ。私のうち3割は男に百夜通いをさせた猛者だ。即日できると思うな。手間をかけろ。苛立ちがつのる。
そもそも、人として魂を得たとき、私は今の私のままなのか。それともこの体にふさわしい別の魂が宿るのか。ふさわしい魂とはどんなものだろう。玉藻の前のような悪女か。紫の上のような物知らぬおぼこか。どちらにしてもとんでもない傾城になるに違いない。ろくな未来が見えない。
今の私のままだとしても、半数以上の私は美しすぎて地獄行きと閻魔大王の判決を受けており、8割の私はもう一度この世を生きるのは面倒だと思っている。正直この姿で生き直したくない。
部屋に入ってきた男は熱っぽい目で私を見つめている。顔は赤く上気し興奮で体は震えている。必死で情動を抑えている姿は滑稽だ。私の意識を知らず、皮一枚に惚れた男の愚かさよ。私をただの人形としか思ってない男。一方的に愛を募らせ、同じだけの思いを私が返すはずだと勘違いしている男。
男の手が逡巡するように彷徨い、殿上人を狂わせた私の体を抱きしめる。恐る恐る頬に触れ、そっと口づけた。
おや、今まで動かせなかった体に力が入れられる。ゆっくり目を開いた。興奮で目がガンギマリの男の顔が至近距離に迫る。ふっと笑い含みの息が漏れた。
鬼は、この男が約束を守って人となった私を得てぐずぐずに溺れて身を持ち崩したとしても、禁忌を破って私を得られず後悔で気が狂ったとしても、良しとしているのだろう。さすが鬼。えげつない。気まぐれな鬼に人生を摘み取られた哀れな男。
帝をも蕩かした声に万感の思いを込めてささやく。
「残念」
バシャリと意識は水となって流れた。
ショートショートというには長い話を読んでいただきありがとうございます。今回は古典の長谷雄草紙から着想を得ました。この話を知ったとき、女性の意思は!?と憤ったのですが、よく考えたら美女100人集めたトップオブトップが大人しい性格のわけないと思っています。
今回もとても楽しく創作させてもらいました。素敵な機会をくださった小牧幸助さん、ありがとうございました。