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【歎史小説】寧らかの波 第二章1「早々ず怖気づいたか、小僧っ子」

    ここたでのあらすじ

     16䞖玀。
     異囜の血を匕く楠葉くすば入鹿いるかは、淡路囜あわじのくにの沌島ぬしたで育おの芪ゞむや幌銎染おえいず穏やかに暮らしおいた。
     ずころがある日、突劂ゞむに襲われ、ずっさに反撃しおその呜を奪っおしたう。
     同時に沌島は歊士の船団に囲たれ、管領かんれい・现川ほそかわ高囜たかくにず矎貌の明囜みんこく人・宋玠卿そうそけいが珟れる。
     か぀お现川の戊友だったゞむは、䜏民の呜ず匕き換えに、剣の技を授けた入鹿を差し出す密玄を亀わしおいたのだった。
     連れ去られるように故郷を離れ、宋玠卿ず行動をずもにするこずになった入鹿。果たしお圌を埅ち受ける運呜ずは  

    本線

    第二章
     
         䞀
     
    「確かに京に䌌おいなくもないが、あたりに小さ過ぎるな」
     䞀いちの坂川さかがわ沿いの䞊竪かみたお小路こうじを歩きながら、宋玠卿は蚀い攟った。
    「条坊で蚀えば、倚くおも䞉぀か四぀だ。あちらでは九条四坊に加えお、北山きたやた、東山ひがしやた、鳥矜ずばや䌏芋ふしみにたではみ出しおいる」
     括くくり袎に脛巟はばきを巻き、菅笠すげがさをかぶっおいた。振分ふりわけ荷物を銖から提げ、打刀うちがたなを垯に差した姿は、たずもっお旅の牢人にしか芋えない。
    「たアもっずも郜ずお、䞊京ず䞋京の間なんぞは、蕭々しょうしょうたる野っ原ぱらに過ぎんが」
     こい぀はさっきから、䜕を䞀人で喚いおいるんだろう、ず入鹿は銖をひねった。
    「宋殿、ややお声がお高いようで」
     小者こものの平䞃ぞいしちが、呚囲に気を配りながらたしなめた。玠卿は尖った小錻を反らし぀぀息を吹いおみせた。
    「あのなあ平䞃。私は別に難じおいるわけではないのだぞ。この町は京の倢を描こうずしおいるのだから、むろん良い所ばかりを集めおいる。裏偎のない匵り子のようなものだ。醜い所、芋たくない郚分、ずいうものがない」
     埗々ず話し続ける蚀葉は、ずおも異囜人のものずは思われなかった。
    「それはそうだ。新しい苗を怍えようずいう時に、わざわざ腐った根たで移し替えようずするや぀はおるたい。そういった暗郚は、ただ自然ず生たれおしたうものだ。だが恐らくこの町は、郜ぶりの汚泥が溜たるには小さ過ぎ、なおか぀よく治められ過ぎおいる」
    「しかし、近ごろは『西の酒呑童子しゅおんどうじ』が出るずいう噂もあるようですが」
     蚀い返すでもなく、平䞃はぜ぀りず぀ぶやいた。
    「京の倢」
     入鹿は聞き咎めお繰り返した。
     玠卿は歩みを止めないたた振り返り、優矎な目尻を现めおみせた。
    「ああそうだ。倧内おおうちは、内ず倖、二぀の倢を芋おいる。䞀぀は、ここ山口やたぐちに郜の幻を映し出そうずいう倢。もう䞀぀は、海の倖から唐土の物心を取り蟌み、この町で花ず咲かせようずいう倢だ」
    「倧内矩興よしおきずいうのは、足利あしかが公方くがうの四倩王のうち䞀人だず蚀ったな」
     ゞむの最埌の蚀葉を、入鹿は片時も忘れたこずがない。が、前方ぞ向き盎った玠卿は、もうそれには答えようずしなかった。
    「あんたの䞻人の现川が、この倩䞋でただ䞀人恐れおいるず蚀っおいた」
     食い䞋がるように蚀い重ねた。
    「ああ、そうだよ」
     平䞃が代わりにうなずく。するずそれに釣り蟌たれるように、玠卿はもう䞀床き぀い目で振り返った。
    「おい。枛らず口に気を぀けろ、小僧っ子。平䞃も間違えるな。现川殿は、別に䞻人ではない。私は京兆家けいちょうけの客分だ。そうしお氞正床えいしょうど遣明船の正䜿を務めたほどの人間だ。たあ、お前のようにド田舎の小島で育っおきた者には、人の栌の䞊䞋ずいうものさえわかるたいがな」
    「あんた、明囜人なんだろう 初めから思っおたが、ずいぶん俺たちの囜の蚀葉がうたいんだな」
    「宋殿」
     平䞃はもはや焊りを隠せない。うろたえた様子で、巊右ぞ銖を振り回しおいる。
    「ここは敵地のど真ん䞭ですぞ。どこで誰が聞いおいるかわかりたせん。その者が、あるいは倧内の耳ぞ入れるやも」
    「フン、むしろ敵の統治ぶりを耒めおやっおいるのさ。別にここぞ長居するわけでもない。聞きたいや぀には聞かせおやればよかろう」
     入鹿は、京ずいう町におんで銎染みがない。
     幌いころも、河内かわちや堺さかいにばかりいお、぀いぞ行ったこずがなかった。そこには倩子や将軍がいるが、海もなく空も狭く、焌け跡ず流民ばかりの堎所だず耳にしおいたので、憧れなど持ちようもなかった。
     が、目の前の山口ずいう堎所が、そこを暡したものだずすれば、それほど悪くないのかもしれない、ずいう気がした。堺ほど人で溢れ返っおやかたしくはなく、敎った静けさず気品のようなものが感じられる。
    「どうやらこの川を鎚川かもがわに芋立おおいるらしいが、浅瀬もいいずころだ」
     玠卿は指先を振り立お぀぀、ただ高説を続けおいた。
     土手の䞋に芗き芋える流れは、䞡偎から草の川原に迫られ、確かに狭苊しい。ひず跚ぎずはいかないが、たやすく飛び越えられそうな気さえする。
     ただ岞に沿っお続く桜䞊朚が、そこぞ差しかけおいる玅葉の鮮やかさばかりは、目を離せないほどだった。
    「もっずも京の郜ずお、明囜の城䞀぀の足元にも及ばんがな 順倩府じゅんおんふ、応倩府おうおんふはもちろんのこず、杭州こうしゅう、玹興しょうこう、寧波ねいは。どこを取っおもその雄倧さにおいお、この囜のあらゆる町をはるかにしのいでいる」
    「あれが倧内通に、築山通぀きやたやかたです」
     平䞃が筒袖の腕を䌞ばし、氎堀に囲たれた土塁の䞊を指し瀺した。
     瓊塀を巡らし、切劻きりづた砎颚はふの぀いた棟門むねもんが開いおいる。その巊右に薙刀を手にした番士が立ち尜くし、町の静謐を叞るような物々しさを挂わせおいた。
    「やはり京の宀町むろたち埡所ごしょを暡した、ずいう話ですな。なんせ先代から、倧内は䜕か事が起これば倧軍を匕き連れお䞊掛し、さんざ畿内の政情を匕っ掻き回しおきたしたゆえ」
    「あそこぞ忍び蟌むのか」
    「どうした。早々ず怖気づいたか、小僧っ子」
     玠卿がたた振り返り、冷笑を浮かべた。ずにかく口が悪い。自分で蚀うほど倧物らしく思われないのは、そういうずころだろう。
    「明囜ぞの䜿節ずもあろうほどのお方が、自分で匪賊ひぞく䞊みに手を䞋すっおわけか」
    「私の目でしか、芋極められないものがあるのでな。段平だんびらものを振り回すのは、お前の圹割だ。そのためにケシ粒のような呜を、氞らえさせおやっおいるのを忘れるなよ」
     どうであれ、ゞむの呜を奪ったのは確かにおのれだ。だからこの䞀身は、どうなろうず構わない。
     しかし、沌島の者たちの呜が人質に取られおいる。こい぀が卑劣なのは、ずっくにわかりきっおいるこずだ。
     入鹿は、今は深く考え蟌たないよう努めるしかなかった。
    「眉間に皺が寄っおおるぞ、楠葉」
     平䞃が倧きな口を開け、努めお明るく笑っおみせた。
    「そい぀は根暗なのさ」
     やはり平気で、人の気を逆撫でするようなこずを蚀う。
    「たア案ずるな。䜕も私たちだけでやり遂げようっおわけじゃない。前もっお、向こう偎にもちゃんず味方を䜜っおある」
    「向こう偎」
    「いかに矩興が名君名将だろうず、この倩地に䞀人の敵もいない、なんおこずはありえん話さ そうであればこそ、我らにもただ勝ち目は残っおいる、ずいうわけだ」

     通の背埌には、なだらかな山の皜線が䌏せおいる。
     その麓に沿っお、埀叀の墳䞘の裟野を東ぞ巡っおゆくず、広々ずした寺の境内に出た。
     仏殿、講堂、鐘楌、宝塔、庫裏くりなどが立ち䞊び、束林で食られた苑池も備えおいる。山腹たで点々ず続く赀土色の小屋根が、黄色ず緑の葉叢に半ば芆われおいた。
    「やはりこちらの瓊は赀いですなあ」
     ず、平䞃はたた独りごちおいた。
    「ここはどこだ」
     入鹿はどうにも萜ち着かず、蟺りをしきりに眺め回した。
    「倧内氏歎代の菩提寺、氷䞊山ひかみさん興隆寺こうりゅうじだ。たあ敵の裏庭のようなものよ」
    「倧䞈倫なのか、そんな所たでのこのこやっおきお」
     玠卿は暪目でこちらを睚み捚お、女じみた顔に冷笑を浮かべた。
    「鈍いな 蚀ったであろう、向こう偎にも味方を䜜っおあるず」
     東叞ずうすの暪を通り抜け、竹林の䞭の小さな庵ぞ近づいおいくず、半開きの舞良戞たいらどから小さな人圱が珟れた。
     それがわざわざ、沓脱石を螏んで降りおくる。頭を剃り䞊げおいるのか、もう生えおこないのかわからないくらいの老僧だった。
    「宋殿、お久しゅうございたす」
    「犅垫ぜんじ、わざわざ痛み入る」
     二人しお䞁寧に拱手きょうしゅし合っおいる。互いに明囜人の仕草だ。
    「こちらは宗蚭そうせ぀犅垫だ。この寺は犅林ではないので、䜏持ではあられないが、呚防囜内では䞊ぶもののない孊識を持っおおられる」
     傲慢なこの男が、らしくもなく人を持ち䞊げおいた。
     入鹿は、ほずんど盞手の顔を芗き蟌んでいた。ぶよぶよずした皺ですがんだ、梅干しのような顔の老人だった。袖の長い墚染衣すみぞめごろもに壊色えじきの絡子らくすを掛けおいる。䜕ず蚀うこずもない、平凡な僧䟶ずしか思われなかった。
    「倧内介は今、確かに安芞ぞ出埁しおいるのですな」
    「さよう、来月の初頭たでは垰っおきたすたい。ずは蚀え、ここではいかにも人目に立぀。䞭ぞお入りなされ」
     促されるたたに、䞀行は庵宀の䞭ぞ足を螏み入れた。
     匱い日差しが斜めに萜ちおいた。毛矜立った板敷きに、茵しずねほどの倧きさの眮き畳があるばかりで、ひどくがらんずしおいた。
     四人で䞊がり蟌むずどうにも狭苊しかったが、玠卿は構わず明かり障子の前に腰を䞋ろした。入鹿もぎこちなくそれに倣う。平䞃は簀子の濡瞁に立ったたたでいた。
    「我らはずもに明囜人でな」
     玠卿は問わず語りに話し始めた。
    「しかし、犅垫は順倩府、私は江南の生たれゆえ、たるで蚀葉が通じない。かえっおこの囜の蚀葉で話したほうが、手っ取り早いずいうわけよ」
     劙にはしゃいでいる。だずすれば、この萎びきったような老僧が、さっきから蚀っおいた「味方」なのだろう。
    「で、決行は」
    「今宵だ。こういったこずをぐずぐず遅らせるのでは、かえっお危うい。疟颚はやおのように割笊を奪い、そのたた筵垆むしろがを膚らたすように立ち去っおくれる」
    「おい。あんたが䜕を仕出かそうずしおるのか、こっちにもそろそろ䌝えおおけよ」
     入鹿は思わず口を挟んだ。二人は無蚀でこちらを芋返しおから、互いの目を芋亀わし合った。
    「この者が」
    「いかにも、畠山卜山の秘蔵っ子だ。阿波者どもが息をしおいれば、右京兆殿の呜を奪うために、こちらぞ差し向けられおいたのかもしれんな」
    「倧䞍里士タブリヌズ蟺りの顔立ちか」
     老僧は、聞いたこずもない響きの蚀葉を぀ぶやいた。
    「ずいぶんず若いようだが、腕は確かなのでしょうな」
    「それはもう、泣く子も黙る倭寇の盎系であるからな」
     銎れ銎れしくこちらの肩を叩いおきたので、入鹿はひどく驚かされた。そのような仕草は初めおのこずだった。
    「こっちの平䞃が、䜓でよくわかっおいる。これでも现川家䞭では、䞀二を争う勇猛で鳎らした兵぀わものだ。それがこの童に、ころころず床ぞ転がされおしたったのだからな」
     背埌で平䞃が、裞足で瞁偎をずんずんず螏む音が䌝わっおきた。
    「お恥ずかしい話ですが、この者の腕前に぀いおは、拙者が請け合い申す」
     船で沌島を出おから、入鹿は兵庫接ひょうごの぀を経お堺ぞ連れおゆかれた。幌いころの思い出にも増しお、賑やかで隒がしい町だず思った。
     そこの通で、现川の䞭間ちゅうげん小者たちずさんざん仕合わされた。朚刀での立ち合いだったが、舐めおかかっおくる倧男たちを、入鹿は片っ端から叩きのめしおいった。
     この異人がっ
     ずいきり立っお向かっおくればくるほど、その動きには無駄が生じ、愚かしいほど隙だらけになる。
     䜕も考えはしない。ただ䜓が動くたたに任せるだけだったが、こちらは䞀撃も济びせられるこずはなく、かえっおおのれの倪刀筋は男たちの脳倩を割り、鳩尟みぞおちを突き、脟腹ひばらや肩の骚を砕いた。
     高囜ず玠卿はひどく䞊機嫌で、
     卜山の眮き土産は悪うない、ならば日取りを早めお山口ぞ発ずう
     などずうなずき合っおいた。
    「倭寇ずは䜕だ」
     入鹿は尋ねおみたが、目の前の明囜人二人は䜕も答えなかった。
    「ずは蚀え、堎数が足りおおらんこずは吊めない。時さえあれば、本圓はもっず実戊を積たせたいずころだった。ちょうどそこの仁保川にほがわを枡った向こうに、『西の酒呑童子』が出るずいう雑説も流れおいるのでな」
    「酒呑童子」
     入鹿はたた、䞀぀芚えのように繰り返すしかなかった。
    「教逊のないお前などには、わからんか、ええ 平安の昔、京の也いぬいの倧江山おおえやたに盀螞し、郜ぞ繰り出しおは悪事を繰り返したずいう鬌の頭目よ。それほどではあるたいが、倜な倜な人を襲っおは食う鬌が出るずいう話がある」
    「人食い鬌か」
     話くらいでしか聞いたこずがないが、本圓にそのような化け物がこの䞖にいるのだろうか。
    「しかし、山口の者たちはさほど恐れおはおりたせん。むしろ芪しみさえ感じおおるようです」
     宗蚭ずいう老僧は、穏やかな声音で蚀い添えた。
    「ほう」
    「ず蚀いたすのも、襲うのが䞍逞の牢人や流れ者、山賊の類いばかりなのですな。むしろ山口の怜非違䜿けびいし、ず称賛する声さえある」
    「いずれにせよ、人を俵のように切り刻み、打ち捚おるこずに倉わりはない。そい぀をお前に退治させおから、どこたで䜿えるか芋定めたかった。が、今は時が惜しい。畠山卜山ず、その垫愛掲移銙斎の剣を、真に受け継いでいるず信じるしかないな」
    「お前ならきっず倧䞈倫だ、楠葉」
     平䞃は、むしろ爜やかに断蚀しおみせた。
    「陰の流、ずいうのは、俺にはよくわからない」
     ただゞむから、䜕幎も日々の手ほどきを受けおいただけだ。あたりに厳しく、぀らくもあったが、歊士になるための圓然の詊緎だず思っおいた。それがい぀の間にか、垞人を超える技量になっおいたらしい。
    「それでいい。今は䜓に染み぀いたものの呜ずるたたに動くこずこそ、お前の匷みだ」
    「拙僧は、宋殿らが割笊を奪ったず認められれば、すぐに呚防を抜けお豊埌ぞ向かいたす」
    「うむ。倧護院だいごいん殿の元ぞか」
    「さよう」
    「おい。割笊ずか、䜕ずか殿ずか、いい加枛かい぀たんで事情を話せ。こっちだっお呜を匵らせられるんだ」
     入鹿は臆しもせずに蚀い攟った。老僧の目぀きに促され、玠卿は口を曲げおうなずき返した。
    「いいだろう。もう䞉十幎も前の話になるが、倧内矩興には兄がいた」
    「いた」
    「正しくは、今もいる。しかしこの山口にではない。海を越えた先、豊埌囜ぶんごのくににいるのだ」

    2ぞ続く

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