メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【スペシャル旅日記】もみじと鹿の奈良公園

    こちらの【スペシャル旅日記】は、マガジン「大純はるのトラベル・チャン〜ス」「大純はるの奈良ご近所探訪」の購入特典となっております。
    (単体で読んでいただくこともできます。
    また、メンバーシップにご参加いただいても読めます!)
    盛りだくさんの内容になっているので、ぜひみなさまに見ていただきたいです!
    それではどうぞ〜

    奈良といえば、奈良公園。
    たくさんいる鹿(天然記念物)。
    紅葉の名所でもあります。

    お昼の奈良公園(鹿バトル)

    画像
    ファイッ!

    この時期、角切りのあとの鹿は気が荒いです。
    鹿せんべいをケチったり、意地悪でもしようもんなら、反対に頭突きをかまされることも…
    (私も頭突かれたことあります)

    画像
    画像
    画像
    しかけつ
    画像
    紅葉踏み分け鳴く鹿の〜
    画像
    画像

    空を映す池の水面が美しい。

    大乗院庭園〜奈良ホテル

    画像
    今に残る大乗院庭園

    中世から戦国末期まで奈良を支配していたのは、興福寺。
    荘園を集積し、大和国内の武士たちを衆徒国民に組織することで、守護権さえ行使していました。

    兵庫津、尼崎、渡辺など摂津の「河上五ヶ関」の支配権を握り、莫大な財源を保持。
    そんな興福寺の二大塔頭たっちゅうが筒井党の一乗院、そして古市氏の支える大乗院です。

    画像
    画像

    二大といってもその実力差は大きく、衆徒の数は実に一乗院の方が六倍にものぼる。
    ところが大乗院の門主が代々詳細な日記を残したため、今語られる歴史は、ほとんど大乗院側からの視点になっています。

    記録を残す、というのがいかに大切か、ということですね。

    画像
    興福寺三重塔を裏側から
    画像

    奈良ホテル。
    この場所は元々菊薗山城きおんざんじょうといい、興福寺の詰城でした。
    それを築いたのが、他ならない大乗院門跡の経覚きょうがく。
    歴代門主で最も戦闘的といってよく、一乗院と筒井党に対し、飽くなき闘争をしかけ続けました。
    拙著「花、散りなばと」では、その生涯を詳しく描いています。

    夕方の奈良公園

    京終きょうばてをぐるりと巡り、再び奈良公園へ。

    画像
    おねだりちゃん
    画像
    画像
    画像

    氷室神社。
    平城京の時代に創建された、氷の神様。
    往時はここから宮中へ氷を献上していたそうです。
    今は古の舞楽を伝える場所。
    「納曽利」の舞なんかを見ていると、かなり大ぶりかつハイテンポで、例えばのちの能楽の抑制したスローさとは比較になりません。
    大陸の遊牧文化の影響下にある、華々しさを感じさせます。

    画像
    高台から若草山を望む
    画像

    この記事が参加している募集

    あなたへのおすすめ