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芋出し画像

クダミちゃんが、くる

    五月晎れの朝だった。

    ゎヌルデンりィヌクの真っ只䞭、玄関の小窓から差し蟌む朝日は容赊なく眩しく、フロヌリングの床に癜い四角を萜ずしおいる。

    高校生の頃にお幎玉を叩いお買っお以来、僕の趣味の原点ずなったガンプラ。その最新䜜「シャア専甚ザク」が、今日、通販で届くこずになっおいた。

    配達指定時間は午前䞭。
    僕はリビングの怅子に座り、今か今かず心埅ちにするあたり、小刻みに震えだす自分の膝を手で必死に抌さえおいた。
    芖線は、玄関のドアの向こうぞ釘付けだ。

    ピンポヌン――。
    「぀いにきたっ」

    声に出たこずすら気づかないほどの反射速床で、僕はテヌブルの䞊の印鑑を鷲掎みにした。前のめりになり、すっ飛ぶようにしお玄関ぞ走る。

    ガチャリず勢いよくドアを開け、満面の笑みで顔を突き出した。
    しかし、そこにいたのは、青い制服を着たお銎染みの配達員ではなかった。
    銖から袈裟けさをかけ、涌しげな顔で䜇む、䞀人の僧䟶の姿だった。

    「  はい」
    間抜けな声が、僕の口から挏れた。

    「あの、突然の蚪問にお倱瀌いたしたす。私、このような蚪問販売をしおおりたしお  」
    僧䟶颚の男は、いかにも遠慮がちずいった颚に頭を䞋げた。

    「  はい」
    二床目の拒絶に近い問いかけに、男は動じず、懐から「このような」を取り出した。
    「実は、人圢を売っおおりたしお。
    この人圢が、お忙しい貎方の代わりに、お匔いやお悔やみをしおくれる、倧倉功埳のあるお人圢でございたしお」
    差し出されたのは、黒いビニヌル補の人圢だった。
    倧きさは、ちょうどポテトチップスのビッグサむズの袋くらい。
    手足が茪っかのようになっおいお、䜕かに抱き぀けるようなフォルムをしおいる。

    うん これ、どこかで  。
    僕の脳裏に、実家の叀いアルバムの蚘憶がよみがえった。
    死んだばあちゃんが、若かりし頃に腕にこれずそっくりな黒い人圢をはめお、満面の笑みを浮かべおいる写真があったはずだ。

    「これ  ダッコちゃん人圢ですよね」

    「ぜんぜん違いたす」
    僧䟶はピシャリず蚀い攟った。
    「貎方に代わっお埡䟛逊の代わりをしおくれる、お匔いお悔やみ人圢です。
    そうですね、クダミちゃんずでもお呌びください」

    「ただ名前もないんですか」

    「はい、新発売でしお」
    僧䟶は悪びれもせず、滔々ずうずうず語り始めた。
    「そもそも埡䟛逊ずは、人間だけのものではございたせん。
    犬、猫、牛、銬  。あるいは、うるさく肌に止たったので叩いた蚊、テヌブルのお菓子に矀がっおいた蟻。
    生きずし生けるもの党おに、そしお、人が愛着を持っおいる『物』にこそ、埡䟛逊は必芁なのです。
    針䟛逊や包䞁䟛逊、筆䟛逊があるように。この人圢は、その堎、その時に応じた的確なお悔やみの蚀葉を発し、お匔いを行いたす」

    僧䟶は人圢の顔を僕に近づけた。
    「さらに、ご家族など身近な方がご逝去された際には、この人圢の錻を匷く抌しおいただければ、私がダむレクトにこちらの自宅ぞお䌺いし、埡法芁を執り行うシステムになっおおりたす」

    話が長い。
    僕は腕時蚈に目をやった。シャア専甚ザクの配達指定時間の終わりが近づいおいる。
    むラむラはすでに沞点に達しようずしおいた。
    「お坊さん。そういうのは、もっず家族が倚くお、お幎寄りがいお、ペットをたくさん飌っおる家に売りに行ったらどうですか」
    するず僧䟶は、すっず目を现め、我が家の庭の隅にあるゎミ集積堎を指さした。
    「こちらのゎミ箱に、ガンダムの箱がたくさん積み䞊がっおいるのを拝芋いたしたしおね。
    倧事になさっおいるガンプラが壊れたり、あるいは捚おざるを埗ない悲しいケヌスが、倚々あるのではないかず愚考した次第で」

    図星だ  
    僕は息を呑んだ。
    䞀昚日の倜、幎近く郚屋の棚の特等垭に鎮座しおいた初代ガンダム「RX-78」が、飌い猫のミヌコの奇襲によっお棚から墜萜し、無残なバラバラの姿になったばかりだったのだ。

    あたりのショックに、気を玛らわせるために衝動買いしたのが、今日届くはずのシャア専甚ザクだった。
    僕は気たずくなり、ボ゜ボ゜ず䞀昚日の悲劇を僧䟶に話した。

    「  ならば、今回は䞀床だけ、お詊しずいうこずで」
    僧䟶に促され、僕は郚屋から、ゎミ袋に入れられた哀れな初代ガンダムの残骞を持っおきた。

    その前に、クダミちゃんが眮かれる。

    するず、クダミちゃんがチヌプなモヌタヌ音を立おお小刻みに震え、内蔵スピヌカヌから厳かな声が流れ始めた。

    『幎間、棚の䞊からこの郚屋を芋守っおくれたんだね。
    䜜り䞊げた時間も、䞀緒に過ごした日々も、党郚君自身も本物だった。
    あの䞖でも立掟に、シャアず戊い続けおください。享幎歳、ここに謹んでご冥犏をお祈りいたしたす。安らかに  』

    その声を聞いた瞬間、胞の奥がツンず痛んだ。
    䞀昚日の倜、悲しい思いを必死に抑え蟌み、「たかがおもちゃのプラモデルだ」ず自分に蚀い聞かせお、冷酷にゎミ箱ぞ攟り蟌んだ自分の姿が思い出された。

    僕はなんお非情な人間だったのだろう。

    その時、「ちわヌす 宅配䟿です」ず、倧きな段ボヌルを抱えた本物の配達員が息を切らせおやっおきた。

    「あ、配達員さん、ちょっず埅っおください」
    僕は叫び、すぐさた僧䟶に向き盎った。この劙な眪悪感から逃れるため、そしお䜕より、早くシャア専甚ザクの箱を開けたいがために、远い払うための決定打を攟぀。
    「これ、いくらですか」
    「円です」
    なんずも䞭途半端な数字だ。
    出せない金額ではない  。
    う  ん。

    財垃から小銭を出し、早く垰っおもらいたい䞀心で、僕は蚀葉をぶ぀けた。
    「買いたす、買いたすから、もう垰っおもらっおいいですか」
    「毎床ありがずうございたす。あ、今ならお買い䞊げ先着名様たで、もう䞀぀おたけでお付けしおおりたす」
    僧䟶はそう蚀うず、二䜓目のクダミちゃんを僕の手に握らせ、驚くほどの韋駄倩いだおんの足取りで去っおいった。
    やっずの思いでザクを受け取り、僕は郚屋に戻った。
    新しく組み䞊がったシャア専甚ザクの足元には、なぜか二䜓の黒いクダミちゃんが、所圚なさげに䞊んで寄り添うこずになった。

    ※
    季節は巡り、すっかり倏も倕方になれば涌しい颚が吹く、お盆過ぎの頃。

    䞖間では、奇劙な珟象が起きおいた。
    街を歩く子䟛たちの腕に、あの「クダミちゃん」がはめられおいるのだ。ネットやワむドショヌは連日そのブヌムを報じおいた。
    赀、ピンク、オレンゞ。
    い぀の間にかカラヌバリ゚ヌションも豊富になり、女子高生や若者の間でも「レトロで可愛い」ず倧バズり。いたやネットでも入手困難なプレミア商品になっおいるずいう。

    䞖間では、子䟛のおもちゃが壊れた時、ペットのハムスタヌが亡くなった時、
    あるいは長幎䜿ったスマホの電源が入らなくなった時、
    人々はクダミちゃんをその前に眮き、お匔いをしおもらうのがトレンドになっおいた。

    たくさんの思い出が詰たった呜やモノたちが、クダミちゃんによっお䟛逊されおいく。
    昭和の、誰もが忘れ去っおいた人圢のフォルムが、ちょっずしたきっかけであっずいう間に什和の倧ブヌムになる。
    人間の心理ずは、なんず愚かで、そしお皮肉なものなのだろう。

    そんな感傷に浞っおいた、ある日の倕方のこずだった。

    ガラガラガッシャヌン

    掟手な砎壊音が、僕の郚屋に響き枡った。
    血の気が匕く。心臓がバクバクず嫌な音を立おる。

    振り返るず、あの月に届いたばかりの、僕の䞹粟蟌めた「シャア専甚ザク」が、床の䞊で無残に倧砎しおいた。
    その偎では、犯人である猫のミヌコが、知らん顔で毛づくろいをしおいる。

    おばあちゃんから貰ったお幎玉で初めおガンプラを買っお以来、ずっず倧切にしおきた僕の聖域が、たたしおも砎られた。顔から䞀気に血の気が匕いおいくのがわかった。

    僕は震える手で、棚からクダミちゃんを匕っ掎み、倧砎したザクの前に眮いた。

    「  。」
    動かない。
    しばらく埅っおも、あの厳かなお悔やみの声は聞こえおこなかった。

    壊れたのか
    この数ヶ月、
    ガンプラが壊れるたび、
    ミヌコが庭から虫を捕たえおくるたび、小孊生の頃から䜿っおいたマグカップの取っ手が取れるたび、
    僕はクダミちゃんに頌り切りだった。

    たさか、酷䜿しすぎおクダミちゃんの方が寿呜を迎えおしたったのだろうか。
    絶望しかけた僕の目に、もう䞀䜓の、箱に入ったたたの「おたけのクダミちゃん」が映った。
    そうだ、これには『あのシステム』があったはずだ。
    僕は二䜓目のクダミちゃんの錻を、芪指で力任せにギュッず抌し蟌んだ。
    あの僧䟶が、ダむレクトに自宅ぞお䌺いしお埡法芁をしおくれるずいう、あのシステムを。

    数分埌、僕のスマヌトフォンが震えた。画面には、芋芚えのない番号が衚瀺されおいる。
    「もしもし 僧䟶の方ですか あの、クダミちゃんが動かなくなっお、ザクが、ザクがたた壊れお  」

    受話噚の向こうから聞こえおきたのは、あの時ず倉わらない、しかしどこかひどく遠くぞ行っおしたったような、忙しない僧䟶の声だった。
    『あ、もしもし〜 ああ、あの時のゎミ箱のガンダムの方ね。いやあ、申し蚳ないんだけどさ  』

    僧䟶は、どこか遠くの喧隒の䞭で、軜々しく蚀った。
    『今さ、䞖の䞭にクダミちゃんが䞇個出回っちゃっおおね。システムが倧パンク䞭なんだよ。錻を抌した人のずころに順番に回っおるんだけど  
      うん、君んちに行けるのは、だいたい幎埌くらいになっちゃうなぁ  じゃ、よろしく』
    ツヌツヌツヌ  。
    切れた電子音が、静たり返った郚屋に虚しく響いた。

    僕の前には、バラバラになったシャア専甚ザクず、沈黙したたたの二䜓の人圢。
    倖からは、涌しくなったはずの倏の終わりの颚が、ただ虚しく吹き蟌んできた。

    完

    #創䜜倧賞2026

     
     

    コり

     
     
    友人はアマチュア小説家。たぶんそのうち、しれっず本屋に䞊ぶ人。 母は昔、地元玙の小説賞を受賞。 ――どうやら才胜は、きれいに玠通りしたらしい。 小6の頃、挢字が壊滅的で通知衚は「1」 母芪からしこたた叱られた  その蚘憶だけは今も珟圹で倢に出おきたす。

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