
【ショートショート】落とし物(手帳)の持ち主|拝啓文芸部
会社からの帰り道、街灯に照らされた薄暗いアスファルトの上に、それは落ちていた。
黒い革張りの、いかにも高価そうな手帳だった。
「誰かの落とし物か……」
男は周囲を見渡したが、人影はない。
警察に届けるのも面倒だ。中を確認して、持ち主の連絡先が分かれば、明日にでも届ければいい。そう考え、手帳を持ち帰ることにした。
部屋に戻り、缶ビールを片手に手帳を開いた。
しかし、最初のページを目にした瞬間、男の手が止まった。
『さて、どうやって殺そうか』
丁寧な筆跡で、そう書かれていた。
男は息をのんだ。
その下には、さらに文章が続いていた。
『ターゲットの女性を、深夜の橋から突き落として殺す。……これではない』
背中に冷たい汗が流れた。
慌てて次のページをめくる。
『さて、どうやって殺そうか』
『ターゲットの男を、背後から包丁で刺して殺す。……これではない』
次のページも、その次のページも同じだった。
毒殺、絞殺、事故に見せかけた殺人。さまざまな殺害方法が書き連ねられている。しかし、そのすべてが最後には『これではない』という一言で締めくくられていた。
「な、なんだ、これ……。殺人鬼の計画書か?」
男は慌てて手帳を閉じた。
誰かが本当に人を殺そうとしているのかもしれない。そう思うと、手帳を持っていることさえ恐ろしくなった。
一刻も早く警察に届けよう。
そう決めた男は、手帳を机の引き出しに押し込み、その夜は落ち着かない気持ちのまま眠りについた。
◇
翌日の帰り道。
男は警察に手帳を届けようと、昨日それを拾った場所へ向かった。
すると、街灯の下で、若い女性が地面を探すようにうろうろしているのが目に入った。
(まさか……あの手帳の持ち主か?)
手帳に書かれていた内容が頭をよぎり、男の足が止まった。
殺人計画を立てるような人物なのだから、厳つい男か、見るからに怪しい人物だろう。勝手にそう思い込んでいたのだ。
ところが、そこにいたのは、小柄で可憐な若い女性だった。
女性は男の視線に気づくと、遠慮がちに声をかけてきた。
「あの……すみません。このあたりに、黒い革の手帳が落ちていませんでしたか?」
「えっ……。あ、はい。拾いましたけど」
男がぎこちなく答えると、女性の顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか! よかった……!」
女性は胸に手を当て、心底ほっとした様子で息をついた。
「実はあの手帳、私が書いているサスペンス小説のネタ帳なんです。ボツにした殺害方法やトリックがたくさん書いてあって……。大切なものなので、失くしたときは本当に焦りました」
「ああ……小説のネタ帳だったんですか!」
男の胸から、すっと緊張が抜けていった。
そういうことか。『これではない』というのは、小説の展開やトリックとして採用しなかったという意味だったのだ。
本物の殺人計画などではない。すべては小説を書くためのアイデアだった。
「なんだ、そうだったんですね。いやあ、びっくりしましたよ」
男はようやく笑顔を見せた。
女性は申し訳なさそうに頭を下げた。
「驚かせてしまってすみません。もしよろしければ、今から手帳を受け取りに伺ってもいいでしょうか? もちろん、お礼もさせていただきますので」
改めて見ると、女性はかなりの美人だった。
殺人計画書だと思っていた手帳が、ただの小説のネタ帳だと分かった途端、男の心には恐怖に代わって別の感情が芽生えていた。
美人の女性を自分の部屋に招く、またとない機会ではないか。
「ええ、もちろん。家はすぐそこですから、ご案内しますよ」
「ありがとうございます。本当に助かります」
男は鼻の下を少し伸ばしながら、女性を先導して歩き始めた。
お茶でも出そうか。小説の話を聞いてみるのもいいかもしれない。
そんな浮かれた想像を膨らませながら、男はすっかり警戒心を失っていた。
その後ろを歩く女性は、黙って男の背中を見つめていた。
先ほどまでの可憐な表情は、もうそこにはなかった。
その瞳には、冷たく静かな光が宿っていた。
(……ふふ。ちゃんと読んでくれたのね)
女性は口元に、薄気味悪い笑みを浮かべた。
(さて――どうやって殺そうか)
ふと、思いついたのでもうひとつ作ってみました。今回は全体のプロットを自分で書き、それを元にあとはAIに書かせてみました。