
子供のためのオランジュリー美術館(200)ぼやけて見えないもの/ロダン、ターナー、モネ・線が揺らぐとき 「style flou」
ぼんやりとした曖昧な見え方を、フランス語で「flou(フルー)」と言います。
輪郭を描かずに柔らかい光や色を使ってわざとぼかした、スタイル・フルー(style flou)の絵を探してみましょう。
今日の作品 (最初にお話の絵を見てみましょう)
① ぼうっと光る景色。向こうに見えるのはなんでしょう。

② いろんな色が混ざってぼやけています。ここはどこでしょう。

③ 石の中に見えるのはなんでしょう。

よく見えないところにあるもの
印象派が始まる30年も前のことです。
ターナーは、ぼんやりと遠くに見えるブリストル湾を描きました。2つの川はすぐそこで合流して、海に流れていきます。

光は色と溶けあって、霧がかかっているみたい。景色はなんだかよく見えません。けれど、

一瞬白く見せた光をなぞっていけば、それは川、そして遠くの海は確かにピンクに光っているのです。
さあ、今度は水。
ここはみんなもよく知ってるジベルニー、あたり一面広い池です。

ゆれたり、にじんだり、ぼやけたり。
鏡のような水面には、なにがうつっているのかはっきりわかりません。

モネもまた、光や空気のゆらゆらただよう、ぼんやりした水面をどこまでも描き続けました。
ロダンのスタイル・フルー(style flou)
ロダンは、いつも必ず、生きているモデルを見て作品を作りました。
ところが、そんなロダンがモデルもなしに作ったのがこの浮き彫りです。亡くなった親友のお墓にそなえるためでした。その友達は詩人でした。
ロダンは、大理石に、女の人と、聖ヨハネを彫りました。ロダンが自分で考えて作った顔です。

大きい手が浮かび上がって、女の人の頬をなで、恐ろしい夢を見るヨハネの目をおおいます。

大理石の乳白色はうねり、影は柔らかく余白を残していて、それはまだ未完成にも見えました。

ロダンは、石の輪郭を丁寧に磨いてぼかしました。するとどうでしょう。
冷たい石は震えるような、どこか生きているような姿を見せたのです。
***
スタイル・フルー(style flou)の、ゆらぎやぼんやりとした曖昧さ。
それを感じると、作った人の見えない思いに、少しだけ近づけたような気がしませんか。

Joseph Mallord William Turner
Paysage avec une rivière et une baie dans le lointain ou Confluent de la Severn et de la Wye Vers 1845
Musée du Louvre
ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー
《遠くに川と湾のある風景》 または 《セヴァーン川とワイ川の合流点》
1845 ルーヴル美術館蔵
ターナーは、自然の雄大さや光の変化を詩的にとらえた、ロマン主義を代表する画家である。本作においても、彼は明確な輪郭をあえて排除し、色彩と光が溶け合うような表現によって、風景を視覚的な実在を超えたものとして描き出している。それは観る者の感覚や内面に直接訴えかける「印象」として立ち現れる。
このようなぼやけた描写(flou)は、本展の主題である「不明瞭さの美学」を先駆的に体現するものである。写真や印象派の登場に先立ち、ターナーはすでに視覚の「曖昧さ」や「不確かさ」を通じて、自然と感情、そして時間の流れまでも表現しようとしていた。
霧に包まれたような光景、流動する水の描写、そして遠くにぼんやりと見える湾の風景は、通常の視覚では捉えきれないものの存在を感じさせる。それは、はっきりと見えることだけが真実ではないという、象徴主義や印象派にも通じる芸術的認識を先取りする表現である。
本作は、視覚の明晰さよりも「感じること」を重視するという、19世紀末に芽生えた感性の源流として、印象派や象徴主義、さらには現代美術に至る潮流の中に位置づけられる、極めて重要な一作である。

Auguste Rodin
Dernière vision, L'Étoile du matin ou Avant le naufrage
1902 Marbre Paris, musée Rodin
オーギュスト・ロダン
《最後の幻影》、または《暁の明星》、あるいは《難破の前》
1902 大理石 パリ、ロダン美術館蔵
1890年代半ば以降、彫刻家オーギュスト・ロダンはその美学を進化させ、大理石の輪郭をぼかし、素材に震えを与えるようになった。絵画のユジェーヌ・カリエールや写真プリントのエドワード・スタイケンのように、彼は以降、すべてのものを「かすかなヴェール越しに見る」かのように感じているのである。
この夢幻的な象徴主義を帯びたバスレリーフは、未完成(ノン・フィニート)とスフマート(輪郭をぼかす技法)を融合させ、詩人モーリス・ロリナへのオマージュとなっている。大理石の塊から不釣り合いな手が現れ、内なる幻視にとらわれた洗礼者ヨハネの目を覆い隠しているのである。
詩人モーリス・ロリナ(1846-1903)の死後、ロリナを敬愛していたことを知る美術評論家・歴史家アルマン・ダヨが、ロダンに詩人への追悼胸像の制作を依頼した。しかしロダンは生きたモデルなしでの制作を拒否したため、「目的もなく、自身のためだけに、彼の驚異的な才能に触発された浅浮き彫りの制作を始めた」
その結果生まれた象徴的な作品は、ロダンの既存の彫刻の要素を組み合わせたものであり、亡き詩人の肖像を直接描いたものではない。ゆるく髪を下ろしたスラブ女性の頭部、洗礼者ヨハネの頭部、不釣り合いな大きさの手が大理石の塊から浮かび上がり、夢のような幻影を創出している。
この石彫作品「最後の幻影」は、ロリナが暮らしたフランス・クルーズ県フレッセリーヌの教会外壁に設置され、1906年10月21日にロダンの立ち会いのもと除幕式が執り行われた。美術館所蔵の大理石版は、ロダンが1907年に収集家に売却した第二作であり、1948年にロダン美術館が購入したものである。
この作品はロダンによる詩人ロリナへのオマージュであり、具体的な肖像ではなく、象徴的かつ夢幻的なイメージの組み合わせによって構成されているのである。

Les Nymphéas
連作 睡蓮 今回は部分
1914〜1926
お読みいただきありがとうございました。
今回は少し鑑賞の域を超えたお話になってしまいましたが、今オランジュリー美術館の企画展で取り上げているテーマを簡単にご紹介しました。
オランジュリー美術館の企画展、最近は現代美術の展示が多いのですが、この「スタイル・フルー」は現代美術にも欠かせない技法です。
この「フルー」のぼやけた曖昧な表現の美学は、実は歴史が古く、近代より以前ではルネサンス期の「スフマート」がありました。これは透明な絵の具を重ねることによって輪郭を曖昧にする技法でした。
ターナーのぼやけた構図の絵画は、印象派をもってさらに進み「フルー」は人の姿までも形のないものにしていきます。同時期に誕生した写真にもフルーを通して作者の視点が主張されていきます。
そういえば。
ピントが合わない写真だって、もしかしたら芸術作品になりうるかも!と思ったら、(ワクワク) 写真のゴミ箱をもう一度のぞいてみましょう。
そしてもちろん、小さなお子様は大芸術家。いきおい、直感でお子さんが撮ったぶれぶれ写真は、必ずや宝物になるでしょう。
オランジュリー美術館企画展デモビデオ1分

