
飲茶の思い出
当時、東京で飲茶を聞かれたら、広尾の香港ガーデンだった。
会社の人と何度も通った店だ。
広尾駅を降りて西麻布方面に歩く。
すぐ白亜の豪邸のような建物が見えてくる。その一階が香港ガーデン。
店内は、ここが本当に日本なのかと疑うほどの広さで、テーブルがずらりと並んでいて圧巻だった。
広尾や西麻布の空気とは明らかに違う、香港の飲茶ってこんな感じかな、とも思える。ツアーで行くと行くような店の内装。
あと、全体はどこか海外のリゾートレストランのような雰囲気があり、渋谷にあったチャールトンカフェも、どこか似た系統の店だったと思う。
「香港ガーデン 麻布迎賓楼」は一九九八年二月に設立され開業している。当時すでにバブルは弾けていたが、円高の影響で東南アジアへの旅行者が多く、飲茶を気軽に食べられるという空気が日本に広がりつつあった。
日本人が飲茶を初めて意識したのは、おそらく『美味しんぼ』だったと思うが、当時は高級なものというイメージが強かった。
海外では飲茶が手軽に食べられると知られるようになったのが、ちょうどこの頃で、それがこの店の開業にもつながったのだろう。
混雑した店内を、いくつかのセイロを積み上げたワゴンが縫うように進んでくる。点心だけではない。
炒め物、スープ、チャーハン、焼きそばなど美味しそうな料理が次々と回ってくる。五十品以上あるそうだ。厨房はガラス張りで、湯気に包まれた様子がよく見えた。
ワゴンを呼び止める。
テーブルがセイロで埋まっていく。大根モチ、北京ダックもあった。マンゴープリンはここで初めて食べた記憶がある。
二階の「麻布迎賓楼」はオーダーバイキングで少し高い。
ある日、帰り際芸能人が二階から何人かで降りてきたのを覚えている。一緒に行った女子社員がキャーキャー言っていた。
運営している香港ガーデン株式会社は伊藤ハムの完全子会社だったという。
大手食品会社が手がけていたのは知らなかった。
ただ経営は赤字が続き、うまくいかなかったようだ。その経験が、その後の食品開発に生きたのかもしれない。
香港ガーデン・麻布迎賓楼は、平成十八年十二月三十日をもって閉店したそうだ。
その後、南麻布にあった「のんほお」という小籠包を中心に飲茶を提供する店によく通うようになった。
上海語で「友達」を意味する店名だったという。この店は美味しかった。