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深海魚は美味いのか?

    吾輩は父である。この度、長男とともに沼津港深海水族館なる処へ赴いた記録を残しておこうと思う。
    事の発端は、長男がかねてより深海生物に興味を示し、この水族館へ行きたいと幾度となく訴えておったことにある。ちょうど吾輩の両親と熱海へ旅行する約束があったため、熱海入りする前にひとつ、この願いを叶えてやろうということになった。

    ところが出発の朝になって、次男が急に熱を出した。ぐったりと横になる次男を見て、吾輩も一瞬、水族館どころではないと腹をくくりかけた。しかし両親がすでに宿を手配してくれておる手前、予定を丸ごと取りやめるわけにもいかぬ。妻は次男の額に手を当てながら、「大丈夫、こっちは任せて。長男と楽しんできて」と吾輩たちを送り出してくれた。かくして吾輩と長男の二人だけで、水族館へ向かうこととなったのである。

    道中、長男はママが一緒に来られぬことがどうにも不満な様子で、後部座席でむっつりと押し黙っておった。「ママも一緒がよかった」とぽつりとこぼす声に、吾輩も内心ひやひやしたものである。しかしその不満も、深海水族館への期待には敵わなかったと見える。しばらくすると「早く着かないかな」と身を乗り出し始め、これといった大事にもならずに到着したのは何よりであった。

    さて、吾輩自身は深海生物なるものにさしたる興味を持っておらなんだ。ところが水族館の前には長蛇の列ができておる。深海生物とは、これほどまでに人気を集めるものであったか。いささか驚きつつ列に並び、20分か30分ほど待って、ようやく中へ入ることができた。

    入り口ではリュウグウノツカイやメンダコを象った出迎えのオブジェが客を迎える。出発前、長男とは深海生物図鑑を何度となく読み込んでおったが、図鑑の中の存在を実物として目の当たりにすると、これは吾輩まで妙に胸が高鳴るものである。ダイオウグソクムシの水槽の前では、長男が「動かないね、生きてるのかな」と顔をくっつけんばかりにして覗き込み、タカアシガニの大きさには吾輩もつい「でかいな」と声が漏れた。長男は「図鑑で見たやつだ!」と何度も叫びながら、館内をひとしきり駆け回っておった。見学の締めくくりにはお土産売り場があり、長男はメンダコのぬいぐるみを一つ買い求めた。

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    水族館を出ると、ちょうど昼時であった。
    沼津港といえば、海鮮料理の店が軒を連ねる土地である。長男に何を食べたいか尋ねたところ、返ってきた答えは「パン」であった。パン? この沼津まで来て、パンか? といささか拍子抜けしたが、探してみると存外あっさりパン屋が見つかった。

    店に入ると、メニューの一角に「深海魚バーガー」なる、いかにも怪しげな一品を見つけた。これは話のタネにと吾輩はこれを、長男はクリームパンを購入した。車に乗り込み、熱海へ向かう道すがら、二人でパンを頬張ることにした。

    いざ深海魚バーガーを手に取ると、見た目はフィレオフィッシュのような至って普通の佇まいで、深海魚などという物々しい名にはとんと似つかわしくない。かぶりついてみれば、これがまた拍子抜けするほど癖がなく、ごくありふれた白身魚のフライといった味である。あの仰々しい名前は一体何だったのか。長男は美味い美味いとクリームパンを頬張っておったが、吾輩の胸中では、素通りしてきた海鮮丼への未練がいつまでも燻っておったのである。


     
     
    吾輩は父である。三十代、息子は二人おる。子を持つ前は仕事や旅で世界を歩き回っておったが、近頃はとんとご縁がない。今は子育てに明け暮れる日々。そんな子育ての話や折々、独身時代の海外旅行の思い出も書き残す所存である。

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