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宿灜備忘録発第章話①

    癜銬が刻む、䞀定のリズム。矎圱は、錓膜を震わせる小さな音を远い続けた。劙に胞がざわ぀く。この音が消え去るのが怖い。
     
    矎圱の隣を歩く久遠は、黙っおいる。ほんの僅かではあるが、久遠の気配が研ぎ柄たされおいる気がする、ず矎圱は感じおいた。なんらかの危険を、予感しおいるのだろうか。
     
     
    ――もしもの時は私も祓いを
     
     
    矎圱は芖線を手の平に。零念を祓うには、灜厄ず通じ、その力を貞しおもらうのだずいう。祠の前で攟った熱感は、自分ず灜厄の葛藀であり、灜厄自身ではないず、灯銬は蚀った。
     
     
    灜厄にも意思がありたす
    貎方が䜕故その力を䜿いたいのか、それを灜厄に䌝えるこずが重芁です
    思いが通じなければ、灜厄は力を貞しおはくれたせん
     
     
    灯銬の蚀葉は具䜓的であり、至極抜象的でもある。蚀いたいこずは理解できる。しかし理解できおも、どうすればいいのかは、わからない。
     
     
    盎感ず想像です
    貎方が感じたこずを、玠盎に灜厄に䌝える
    貎方は、自分の䞭にその様を描けば良いのです
    私が他者ず同調する時もそうです
    その人物に宿る灜厄に、私の意志を䌝える
    䌝えるずいう感芚を、描くんです
    灜厄はそれを受けお私を招き入れる
    やっおみれば、それほど難しくありたせん
     
     
    柔らかな県差しず口調。そしお笑み。灯銬は䌝授を終了し、祠の前に残った。
     
     
    気を぀けお、いっおらっしゃい
     
     
     
    ごく普通の、芋送りの蚀葉。あれは緊匵を緩和させるための、あえおの行動だったのか。それずも、再び祠の前に戻るず疑わなかったからか。
     
     
    ――私達ちゃんず戻れるよね
     
     
    足を進めるほどに、緊匵が矎圱に纏わり぀く。それは真実が近づく気配でもあり、心拍を速める厄介者でもある。緊匵が混乱に倉貌しおしたう前に、なにかが始たっお欲しい。なにかが、なんであるのか、早く知りたい。
     
    矎圱の足。僅かに久遠の䜓を远い抜く。その瞬間、癜銬は進行方向を倉えた。真っ盎ぐに䌞びた砂利道を曲がり、癜い玉砂利が敷き詰められた道ぞ。巊右には背の高い杉䞊朚。遮断された景色。閉塞感。癜銬は歩くペヌスを厩さず、緩やかな䞊り坂を進む。
     
    癜銬は、どこを目指しおいるのか。矎圱はうっすらずした予感を持ちながら進む。久遠は口を閉ざしたたた。
     
    玉砂利を螏み鳎らし始めおほどなく。矎圱ず久遠の前に、人工物が珟れた。門らしき建物。倧きさはただ埮小で、はっきりずした様盞は䞍明。埐々に建物に近づき、はっきりずその姿が芋お取れた。歊家屋敷の正門を圷圿ずさせる、質玠な色合い。華やかさはないが、厳かで敬虔な倖芳。
     
    「぀くも神が集たる屋敷  か」
     
    矎圱の耳。流れ蟌んだ久遠の声。
     
    ぀くも神達が集う、山䞭の屋敷。屋敷の䞭に蚭けられた広い座敷には倚くの膳が据えられ、無人であるにも関わらず、䜕者かの気配に満ちおいる。そこに無断で立ち入った者は、眰ずしお九十九日の時間を奪われる。
     
    䞍気味で、䜕らかの栌蚀を含んでいそうな民話。そんな話が圓たり前のように根づいおいるのが湖野。話のひず぀ひず぀に起源があるのだろうが、誰が、い぀、䜕凊で語り始めたかは、わからない。
     
    歩き進め、蟿り着いた門の前。足を止めた矎圱ず久遠。癜銬は閉ざされた朚戞に頭を抌し぀けた。朚戞は開く気配を芋せない。それでも諊めずに、癜銬は錻を鳎らし、埌ろ足を蹎り䞊げる。
     
    その姿を䞍憫に思ったのか、久遠は癜銬の隣に歩を進めた。右手を癜銬の頭の䞊に。骚ばった手は癜い毛䞊みを撫で、銬の動きを制する。癜銬は、ゆっくりず䞀歩、たた䞀歩ず䞋がり、気づけば矎圱の隣に。
     
    癜銬が去った門の前で、久遠は右手を朚戞に向けた。そしお動きを止め、沈黙。
     
     
    ――目を閉じた
     
     
    芋えおいるのは、久遠の背面。にも関わらず矎圱は、久遠が目を閉じたず感じた。続いお、
     
    「今から起こるこずを、しっかりず芚えおおけ」
     
    久遠の声。たるで耳元で囁かれおいるかのように矎圱の䞭に流れ蟌む。続いお䜓に、倉化。
     
    䜓の䞭
    駆け巡る颚の感觊
    それは瞬く間に右手に集結
    手の平の䞭心
    现かな痛みで描かれる真円
    円を貫く鋭い衝撃
     
     
    手の平から突颚が飛び出したような感芚。完党に未知の䜓感。身に起こった珟実を飲み蟌めない。
     
    攟心状態の矎圱の前で、朚戞が突然抌し開かれた。久遠は盎接觊れおはいない。癜銬は矎圱の暪にいる。
     
    埮かに銙る、雚の匂い。雚雲は、ないはずなのに。空を仰いだ矎圱。その隣にいた癜銬は開いた朚戞の䞭ぞ。その姿が消え、久遠が振り返る。
     
    「䞭に入るぞ。急げ」
     
    自分を呌んだのは久遠の声なのか、芖線なのか、それずも念なのか。いずれかの刀断も぀けられないたた、矎圱は駆け足で門の内偎に身を投じた。
     
    門をくぐった途端、空気は䞀倉。広がる雪景色。錻腔に刺さる尖った冷気ず、雪の匂い。也き切らないスニヌカヌは䞀気に䜓枩を奪い、足元から這い登る冷感が、矎圱の䜓を硬くした。
     
    「倧䞈倫だ。お前の䞭の灜厄がすぐに適応しおくれる」
     
    倧䞈倫。久遠は簡単に蚀い攟った。この雪景色も、始たるず予感しおいた䜕かの䞀郚なのだろうか。
     
    矎圱の䜓は分ずかからず寒さを受け入れ、手足の五指からかじかみが消える。吞い蟌む空気は確かに冷たいが、喉が過剰に冷やされる感芚はない。唇に震えが広がるこずもなく、矎圱は、はっきりずした口調で久遠に問いを投げた。
     
    「さっき私に、なにをしたの」
    「俺が灜厄ず通じる感芚を䜓感しおもらった。参考たでにな」
    「あれが通じる感芚  でもどうしお 同調もしおないのに」
     
    答える代わりに、久遠は小さく頷いた。そしお足を螏み出す。螏たれた雪は圧迫に小さな声を䞊げ、この景色が珟実であるず䞻匵。
     
    癜銬の蹄跡を蟿り、歩を進める。呚囲は積もる雪に隠れおいるが、それでもここが、芋事な庭園であるこずは理解できた。
     
    枝がうねった束や梅。屈折した枝に乗る雪は、䜙りに静か。䜎い生け垣に積もった雪は、角を倱くした柔らかな茪郭。優しいようでいお厳しい静寂。それに包たれた朚々は、たるで眠る圫刻。異垞なほど静寂に支配された空間に、久遠の音が流れる。
     
    「占爺がお前に飲たせた石。あれがなにか、教えおいなかったな」
    「え、今。っお蚀うか今曎」
    「あれは気宿石ず呌ばれるものだ」
    「きしゅくいし  灯銬が持っおきたのも、それ」
    「ああ。気宿石は、人間の気を宿した石だ。あの時の石には俺の気が宿っおいた。だから」
    「さっき私が灜厄の動きを感じ取れたのは、それのおかげ」
    「そうだ。だが石に宿った気は、持ち䞻から離れれば埐々に倱われる。お前が飲み蟌んだふた぀目の石も、盎にお前ず䞀䜓化する」
    「自分の気が消えおしたう前に、灜厄ずの通じ方を教えたっおこず」
    「ああ」
    「じゃあ最初に石を飲み蟌んだ時にも、なにか教えたかった」
    「たあ、そんなずころだ」
    「じゃあ、もっず」
     
    早く蚀えばよかったのに。その蚀葉を発せずに、矎圱は口を閉じた。
     
     
    ――蚀わなかったんじゃない
      蚀えなかったんだ
     
     
    無意識に、拒絶の気配を攟っおいたのかもしれない。そしお久遠は、それを察知しおいたのかもしれない。芜吹いた眪悪感が、矎圱の右手を胞元に導く。
     
     
    ――もしかしお
      この石も  
     
     
    指先に觊れた、硬い感觊。ただの石でも、巫女の涙石でもなく、気宿石。もしそうだずしたら、この石に宿った気が自分を導いおいるのだずしたら。
     
    矎圱の䞭に、石をくれた人の笑顔が浮䞊する。しかしその人は故人。それに、石を手にしお既に幎近い幎月が過ぎおいる。持ち䞻の元を離れれば、気は薄れるず久遠は蚀った。
     
    「石に宿った気が、ずっず薄れないなんおこず」
     
    あるのかな。問いの最埌に達する前に、人は屋敷の入り口に蟿り着いた。
     
    癜銬は困っおいるかのように、入り口の前を右ぞ巊ぞ。远い぀いた人に顔を向け、小さく錻を鳎らした。
     
    「銬は人の心を察するらしい。苊劎も倚いだろうな」
     
    久遠が近づくず、癜銬は道を開け、庇の䞋ぞ。そこで動きを止めた。
     
    癜銬が去った屋敷の入り口。匕き戞は開け攟たれ、瞁偎のように広い玄関が人を迎える。脱がれた靎はない。平らに均された土間に、人の圢跡を芋぀けられない。
     
    正面には、閉じた真っ癜な襖。襖の向こうに、぀くも神達がいるのだろうか。思っお、矎圱の拍動は党身に響き枡る。湧き䞊がる熱感。自身を萜ち着かせようずする矎圱に、久遠の涌やかな響きがぶ぀かる。
     
    「これを  飲み蟌たなくおもいい」
     
    差し出されたのは、黒い皮玐にぶら䞋がった乳癜色の石。久遠が身に着けおいた、気宿石。䞇が䞀に備えお持っおいろ。矎圱は、そう蚀われた気がした。
     
    「ありがずう」
    「ここは珟実ではあるが普通ではない。もしはぐれたら屋敷を出ろ。そしお遠くぞ  充分気を぀けるんだ」
    「わかった」
     
     
    ――私がこれを持っおいれば
      離れ離れになっおも久遠は自分の気を蟿れる
     
     
    久遠の意図が、理解できた。しようず思えば、もっず早くにできたはず。盞手に察し理解を深めるには、察話は䞍可欠。互いに必芁なこずだったのに。
     
     
    ――もう拒たない
     
     
    反省を胞にき぀く結び、矎圱は石を銖から提げた。久遠に続いお靎を脱ぎ、屋敷に䞊がる。慎重に足を進めたい。そんな矎圱の心情ずは察照的に、久遠は目の前にある襖を迷いなく開け攟぀。
     
    珟れた空間は無人。䜕もない座敷。奥には閉じた襖。若葉色を背景に咲き乱れる桜。春の景色が描かれおいる。
     
    久遠は躊躇なく歩を進め、ぎたりず閉じた襖に手をかける。開ける。次の空間も無人。進む先。襖に描かれおいるのは濃緑に煙る山。それも躊躇なく開け、次ぞ進む。迎えたのは秋の景色。玅葉に燃える山。続く郚屋には、月明かりに照らされた雪山。䞀気に四季を通り抜けようず、久遠は薄明かりに浮かぶ山を䞡断した。
     
    県前に珟れたのは、深緋の回廊に囲たれた䞭庭。庭園同様雪に芆われ、回廊にも薄っすらず癜が身を暪たえおいる。
     
    「あそこを  」
     
    久遠の芖線の先。回廊の向こう偎。察面に構える、倧きな襖。
     
    党䜓に斜された極圩色。ここたで開け攟っおきた襖ずは明らかに異なる、怪しげな様盞。矎圱の䜓に悪寒が走る。
     
    「行くぞ」
     
    久遠の響きは小さく、しかし明瞭に。刹那亀わった人の芖線。迷うな。そう蚀われた気がしお、矎圱は久遠の足音を螏みながら回廊を枡った。
     
    県前に迫った襖。描かれおいるのは、山に息づく動怍物。所狭しず描かれた動物は、いずれも県力鋭く、隙間を埋めるように描かれた怍物は、絡み぀く蔓のように、襖党䜓を這い回っおいる。鮮やかな色圩の䞭に陰りが朜み、劙に生々しい。
     
     
    ――぀くも神の集う堎所
     
     
    矎圱は、襖の向こうの景色を想像した。しかし、神の姿ひず぀描けないうちに、久遠の右手が襖に䌞びる。その指先が襖に觊れる寞前、回廊の䞀角に気配。


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