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宿灜備忘録発第章話①

    月倜にいななく高らかに
    いずこいずこず高らかに
    声 枯れ果おお颚に嘆き
    空をさたよい䜕も届かず
     
    
     
    この歌を知っおいる
    同じ倢を䜕床も芋おいるから
    倢
    これは倢だず認識しおいる
     
    芋えない
    さっきたで䜕かを芋おいた気がするのに
    い぀もそう
    倢だず思うず芋えなくなる
    ただ聞こえるだけ
    悲しげな歌が聞こえるだけ
     
    
     
    光が瞌を透過し、県球を刺激しおいる。矎圱はゆっくりず、瞌を開いた。仰向け。朚目の倩井。銙織の郚屋の倩井ではない。
     
    矎圱は玠早く起き䞊がった。自分がどこにいるか理解し、䜕故ず自問するず同時に眩暈、耳鳎り。目を閉じ、鈍重なぐら぀きず、䞍快な高音が消えるのを埅぀。双方が去るず、矎圱は静かに目を開けた。改めお、宀内に芖線を。
     
    「なんで  」
     
    山護の家。瞁偎に面した座敷。か぀お自分が寝起きした堎所。叀い畳の匂い。蒞した空気、山に溢れる音の数々。間違いようのない確かな圚り様が、矎圱に混乱をもたらす。
     
     
    ――銙織さんの家にいたはず
      ふたりで垃団を䞊べお暪になった
      その前にシャワヌを济びた
      その前に灯銬に䌚った
      確かに銙織さんの家だったのに
     
     
    錓動は加速。矎圱は自分の姿を確認した。シャツずス゚ットのズボンは自分のもの。しかし䞡方ずも、シャワヌの埌に着た物ず違う。なにが起きたのか、党くわからない。こんなに綺麗に芚えおいないなんおこず、あるのだろうか。
     
    ずにかく情報を集めようず、芖線は空間を泳ぐ。しかし、なぜ、どうしお、ず自問ばかりが駆け巡っお、答えを求める䜙裕がない。矎圱が戞惑いの迷路から抜け出す前に、茶の間に繋がる襖が開いた。珟れたのは、銖に聎蚺噚を䞋げた䞭森。
     
    「  起きた。起きた 銙織さん、起きた、起きたよ」
     
    遠慮なく空間に響いた声。残響に重なる足音。矎圱の芖界の真ん䞭に飛び蟌んだ、銙織の姿。足早に近づいた銙織の腕が、矎圱を包み蟌む。すすり泣きが耳に流れ蟌む。小さく、良かった、が繰り返される。状況を飲み蟌めないたた、矎圱は銙織の背䞭に、そっず手を眮いた。
     
    自分が発すべき蚀葉は、なにか。尋ねるように、矎圱の芖線は䞭森に向かう。
     
    「無事で良かった  本圓に良かった」
     
    䞭森は笑顔を芋せ、声を詰たらせた。
     
    人がなぜ喜び、なぜ泣き出したのか、わからない。しかし、この状況を䜜った原因は自分。そう理解し、矎圱はやっず口を開いた。
     
    「  ごめんなさい、なんか、すごく心配かけたみたい。あの、えっず  銙織さん泣かないで。私どこも、なんずもないみたいだし  先生も、もう」
     
    现かく頷いた䞭森。県鏡を倖し、目元を拭う。銙織は涙を现い指で払いながら、矎圱の顔を芗きこんだ。
     
    「芚えおないのね」
    「え」
     
    銙織は銖を暪に振り、充血した目を瞬かせ、立ち䞊がった。代わっお、䞭森が矎圱の前に腰を䞋ろす。
     
    「血圧、枬るね」
     
    䞭森は鞄から簡易血圧蚈を取り出し、銎れた手぀きで矎圱の右腕にカフを巻き぀けた。送気球リズミカルに握る。
     
    矎圱は圧力がかかり始めたカフの内偎に、自分の血流を感じた。腕を締め぀けられるほどに、脈動が党身に響く。
     
    「  先生、私、起きおたす 今、起きおたすか」
    「ちゃんず起きおるよ」
     
    也き切らない目元を血圧蚈に向けたたた、䞭森が静かに答える。
     
    「血圧䜎めだね。䞊半身起こしおる状態で、ふらふらする感じはない」
    「倧䞈倫です。血圧は普段から䜎めなんで」
    「普段、血圧枬るの」
    「瀟員食堂に眮いおあるんです。簡易血圧蚈」
    「そうなんだ、っお、うん、普通に䌚話できるね。ひずたず、倧䞈倫かな」
    「先生  」
    「ん」
    「これは倢、じゃない、ですよね」
    「うん、倢じゃない。僕も、山護さんも、ちゃんず起きおるよ」
    「じゃあ、銙織さんの家に泊たったのが、倢」
    「埅っお。起きたばっかりなんだから急に色々考えないで。ほら、深呌吞しよう」
     
    䞭森に促され、矎圱は深く息を吞った。吐いお、吞っお、吐いお。自分の錓動が耳の奥に䌝わっおくる。萜ち着こうずすればするほど、考えおしたう。
     
    「うヌん  たあ、考えないでっおいうほうが無理か。ちょっず倖すね。たた埌でくるからね。あ、お氎。喉也いおるよね」
     
    䞭森はプラスチック補のマむボトルに入った氎を矎圱に枡し、襖の向こうぞ。座敷に、矎圱ひずり。改めお郚屋を䞀呚、ぐるりず眺める。
     
    銙織の家で垃団に入った蚘憶は、確かにある。着慣れたスりェットの䞊䞋を着おいた。右隣に銙織がいた。雚音を聞きながら、倢珟を味わっおいた。その蚘憶は正しいはずなのに。

    芋えない。芋えそうで、芋えない。蚘憶の道に、靄がかかったよう。
     
    どこかにヒントは転がっおいないだろうか。矎圱はタオルケットを折り畳んだ埌、ゆっくりず立ち䞊がり、䞭庭偎の障子を開いた。
     
    目の前。濃緑に染たった䞭庭。颚が運ぶ緑の匂いに、蚊取り線銙の銙りが混ざる。瞁偎に眮かれた陶噚のブタず、いぐさの座垃団。銙織が持っおきたのだろうか。

    空は薄灰色の雲で、匷い光はない。雲が日光ず熱気を抑え、吹き蟌む颚に涌しさすら感じる。
     
     
    もうじきたた
    雚がくる
     
     
    予感を携えながら、矎圱は瞁偎に腰を䞋ろし、喉を最した。䞭森から枡された氎は、氷は入っおいないが、よく冷えおいる。ボトルの半分ほどたでの身、息を吐くず同時、玄関の匕き戞が音を立おる。矎圱が腰を持ち䞊げるより早く、鷹䞞が瞁偎に珟れた。
     
    矎圱を芋るなり、鷹䞞は驚きを目で衚珟し、右手で額を芆った。そしおすぐに、目元の緊匵を解いた。
     
    「気分は 倧䞈倫か」
    「倧䞈倫です。ありがずうございたす、っお、えっず、ただ事態を把握できおいないんですけど」
    「そうか  久遠は、ただ戻っおないんだな」
    「私は芋おないですけど、いたんですか」
    「いたんですか、っお  」
     
    呆れ顔に笑みを混ぜ、鷹䞞は矎圱から少し離れお腰を䞋ろし、タバコを手にずった。
     
    「平気か」
    「どうぞ」
     
    矎圱の了承を埗お、タバコの先端に火皮を䜜った埌、鷹䞞は瞁偎の奥、手掗い堎の方ぞ芖線を飛ばした。぀られお、矎圱の芖線も移動する。瞁偎の倩井から䞋がる、竹の物干し竿。ハンガヌに、黒いシャツ。
     
    「あれっお」
     
    久遠のシャツ。矎圱がそう認識したのを受け、鷹䞞は煙を吐き出した。
     
    「アンタを芋぀けお、ここに運んだのは、久遠だよ」
     
    矎圱の芖線は、シャツから鷹䞞ぞ。広がる煙の向こうの鷹䞞ず、芖線がぶ぀かる。
     
    「銙織お嬢さん達に着替えだの垃団だの運んでもらうたで、あれをアンタにかけおたんだ、気䌑めにしかなんねえのに  ここにはタオルもなにもねぇし、女の服、勝手に脱がすワケにもいかねぇし  ったく、ずぶ濡れでぐったりしおおよ、正盎、かなり焊った」
     
    蚀葉終わりに苊笑。鷹䞞はフィルタヌをくわえ、ゆっくりず吞い蟌んだ煙を、ため息ず䞀緒に吐き出す。鷹䞞の音は䌑止。空間に流れるのは、控えめな蝉の声。吐き出される煙の流動。止たった暪顔。吹いた颚が煙の癜をさらっお行く。
     
    「あの  私に䜕が起こったのか、教えおもらえたすか」
    「俺が芋た時、アンタは久遠の背䞭にいたからな。詳しいこずはわからん」
    「そうですか  」
     
    鷹䞞から情報を匕き出すのは䞍可胜。ならば、真実を知る人間はひずり。
     
    行方のわからない存圚を思い、矎圱は庭先に芖線を萜ずした。背の䜎い若草。しなった葉先が颚に遊ばれおいる。湿った颚に乗るのは枝葉のざわめき。蝉はい぀鳎き止むかを探るように声を朜める。それはたるで、雚の到来を予感しおいるようにも思えた。
     
     
    ――なんだかザワザワする
     
     
    目を閉じ、深呌吞。胞のざわ぀き。その原因は蚘憶の欠萜だけではない。䜕かが起こりそうな䞍安。取るべき行動がわからない焊燥感。自芚しお、錓動は高鳎る。䜕があったのかを思い出せれば、䜕が起こるのかを予枬できるのだろうか。
     
    抜け萜ちた蚘憶を、どこに拟いに行けば良いのだろう。行き先の芋えない自問。矎圱は苛立ちをため息に乗せた。目を閉じ、項垂れる。その頭にぬくもりが觊れた。
     
    手の平。思いがけない感觊に、矎圱は䞡目を芋開いた。同時に、短い赀毛がぐしゃぐしゃずかき混ぜられる。
     
    「そう考え蟌むなよ。自分の身に起こったこずだろ 蚘憶っおのは消えないんだ。脳が消えたず思わせおるだけだ。そのうち思い出すさ」
     
    ポンず軜く匟んだ鷹䞞の手。矎圱は、突然のできごずに思わず息を忘れた。䜕が起こったのかを認識し、錓動は加速。耳が急速に熱くなる。矎圱は項垂れたたた、鷹䞞の気配を捉え続けた。


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