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Photo byamayadorinote

宿灜備忘録発第章話

    䞭森が再び矎圱の前に珟われたのは、矎圱の党身から痛みが抜け始めた頃。蒞し暑さで目が芚めた。窓は空いたたた。雚の残り銙がした。

    「起き䞊がれるなら、䜕か飲たない」
     
    緊匵感は続いおいたが、䜓に自由が戻っおきたおかげか、䞭森の蚀葉に耳を貞す䜙裕が生たれおいた。暑さのせいか、喉は異様に也きを蚎えお、矎圱は䞭森の提案を受け入れた。

    ゆっくりず起き䞊がり、ベッドを降りようずするず、足元に新品同様に綺麗な状態のスリッパが甚意されおいた。病宀のような癜い郚屋を出る。廊䞋も、倩井も癜。倩井のラむトは埋め蟌み匏で、灯りはオフ。
     
    廊䞋の突き圓りの壁にはガラスブロックがはめ蟌たれ、そこから射し蟌む光が䞭森を照らしおいる。䞭森は矎圱を振り返り、刹那目を倧きくしお芋せた。
     
    「こうしお離れおみるず、ほんっずにスタむルいいね。モデルさんみたい。髪の毛も綺麗な色だし、いいなぁ」
     
    そう蚀われおも、瀌を述べる気にはならない。矎圱にずっお㎝の長身ずひょろ長い手足は、䜙蚈な特城でしかない。おたけに極端な赀毛。街を歩けば無駄に目を匕く自分の特城を改めお自芚し、矎圱はため息を吐いた。
     
    「早くおいでよ。倧䞈倫、萜ずし穎ずか危険な仕掛けずかないから」
     
    埮笑む䞭森の右手は、別宀のドアノブに。矎圱は静かに足を進めた。
     
    「どうぞ、こちらぞ」
     
    䞭森はドアを開け、郚屋の䞭ぞ。矎圱の心臓は速いリズムを刻む。それを抑えるように、胞元の石をシャツごず握り締めた。
     
    「ほら入りなよ」
     
    郚屋をのぞき蟌む。黒ず癜、はっきりずしたコントラストがあった。
     
    郚屋の䞭倮。正方圢のテヌブル、぀の蟺に、怅子が脚ず぀眮かれおいる。ドアから䞀番遠い怅子に座っおいるのは、黒いシャツの男。その少し埌ろ、凛ず立぀華奢な茪郭。ひず぀に束ねられた癜髪に、癜い着物。襟は巊前。死装束。

    黒ず癜、人の芖線がほが同時に矎圱に向かう。矎圱はそれを受け、思わず足を埌退させた。

    「山護さんの垭、ここね。お茶入れるから、座っおお」
     
    䞭森は黒の正面の怅子の背もたれに矎圱のリュックをひっかけ、どうぞ、ずいうようにゞェスチャを芋せるず、郚屋の奥にあるキッチンぞ進んだ。
     
    矎圱は石を握り締めながら、郚屋の䞭ぞ。歩行はゆっくり。意識しお、ゆっくりず。明るさの割に倏の熱気を感じない。ドアの察面は窓。そこから入り蟌む颚は確かに湿気ず熱を垯びおいる。しかし、その熱に䜓が枩められる感芚がない。緊匵のせいだろうか。

    入っお巊偎、壁に沿ったシステムキッチン。䞭森は、そこにいる。右の壁は䞀面が本棚。雑誌や文庫本が行儀良く䞊べられおいお、䞀芋、危険な芁玠は芋圓たらない。

    「ほら座っお。ただ䜓痛いでしょ 無理しないで。ああ、そうだ。腕の絆創膏、取り替えようね」
     
    そういえば、ず矎圱は自分の腕を芋た。右腕に倧きな絆創膏。初めお芋るサむズ。転倒時に擊りむいた堎所だ。意識を倱っおいる間に手圓おされたらしい。傷口に痛みは感じなかったが、あの時の感芚がふいに再生される。

    宙に攟り出された䜓。硬いアスファルトの感觊。耳に流れ蟌む摩擊音。䜓に走った衝撃を思い出し、錓動がたすたす速くなる。心音が䜓からもれ出しそうで、矎圱は思わず胞元に右手を運んだ。
     
     
    ――萜ち着いお
      あの時なにが起こったのか
      聞かないず
     
    矎圱は黒の正面に。黒は、䜕も蚀わない。前髪がかかった涌しげな目元。通った錻筋。䞀文字に結ばれた口。ひず蚀でいえば、敎っおいる。黒の芖線はテヌブルの䞭倮に固定され、数秒芳察しおも動く気配を芋せない。呌吞もしおいないのではず思うほど、動きがない。
     
    黒の埌方、癜髪の男。䞭性的な顔立ち。青癜く、陶噚のような質感を持った肌。癜の県差しは矎圱に向かっおいる。目が合ったず認識した瞬間、癜の口元が僅かに持ち䞊がったように芋えた。しかし癜も、人圢かず思うほどの静。党身を取り巻く空気は、冷たく、密やか。そこにいるのに觊れられない。そんな印象が、矎圱の䜓に悪寒を走らせた。
     
    「お埅たせしたした」
     
    䞭森がトレむを運んできた。

    「緑茶、平気 冷たいのがいいかなず思ったけど、あったかいのがいい お湯沞かそうか」
    「あ、いえ、冷たいので倧䞈倫です。ありがずうございたす」
    「野菜ゞュヌスもあるよ。でもおにぎりには合わないか。あ、パンもあったなぁ。パンずゞュヌスにする」

    綺麗な緑色が泚がれたグラスが぀。コンビニのおにぎりが個。䞭森はそこに惣菜パン個ず玙パック入りの野菜ゞュヌスを远加し、矎圱の右偎に腰を䞋ろした。

    グラスにも、おにぎりにもパンにも、矎圱は手を䌞ばさない。䞭森はグラスず玅鮭のおにぎりを矎圱の前に眮き、ほら、ずいうように矎圱の右腕に觊れた。断る間もなく、絆創膏の亀換が始たる。手際よくこずを進めながら、矎圱に笑みを向けた。

    「毒なんか入っおないよ」
    「え」
    「譊戒しおるのかず思っお。毒芋したほうがいい」
    「あ、いえ  いただきたす」

    声は震えおいた。それに気づかないふりをしお、矎圱は目の前のグラスを手に取った。ひず぀息を吐き、グラスに口を。冷たい感觊は喉を滑り萜ち䜓の䞭心ぞ。最いを求める喉は曎なる䞀滎を求め、グラスはすぐ空っぜになった。

    矎圱がグラスをテヌブルに眮くず同時、

    「怪我をさせおしたっお、すたなかった」
     
    唐突に黒は立ち䞊がり、矎圱に頭を䞋げ、再び怅子に。黒が座るず、癜が矎圱に頭を䞋げた。
     
    前觊れなくなにかが起こっおしたう運気の䞭にいるのだろうか。矎圱はなにも蚀えず、人を亀互に芋たあず、䞭森に芖線を移した。
     
    「え、なに、その、これっおどういう状況ですか、みたいな芖線」
     
    その通り。矎圱は頷いた。

    「圌らのこずは、知っおるよね」
    「知っおるわけじゃないです。芋ただけです」
     
    矎圱は黒ず癜に芖線を投げる。

    「槙久遠だ」

    宙を走ったのは黒の声。短く、しかし明瞭に名乗った口は既に閉ざされ、衚情も芖線も倉わらない。ポヌカヌフェむスず蚀えばカッコいいのかもしれないが、矎圱には、ただ䞍躟で、無愛想な男に映った。男が曎なる蚀葉を発しないのは明癜で、矎圱は癜に芖線を移した。

    「灯銬です」

    芖線を受け、癜が口を開く。呟くように名乗ったその声は、優しく、萜ち着きのある響き。


    䞭森は、黙った久遠の顔を芗き蟌むように、テヌブルに身を乗り出す。久遠は、その仕草に答えるそぶりを芋せない。

    「以䞊、自己玹介終わり。じゃないよね、久遠君」
    「終わりです」
    「だそうです。はい、亀換終わり」
     
    叀い絆創膏をゎミ箱に捚お、テヌブルに戻るず、䞭森は自分のグラスを手に取った。
     
    「ごめんね山護さん。この子、いっ぀もこんな感じだから気にしないで。っお続きは僕が話すっおこずだね。ああもう、い぀になったら久遠君の察人スキルが䞊がるんだろう。えっず䜕から話せばいいかな。山護さん、䜕から聞きたい」
     
    蚀っお、緑茶を飲み干す。

    「䜕からっお  党郚です。なんでこんな状況になっおるのか、順序立おお話しおもらえるず助かるんですけど  できれば自転車で転んだ蟺りから」
    「順序立おお、か。自転車のくだりは僕じゃ説明できないんだよね。久遠君、そこは君から話しおよ」

    久遠の口が動く気配はない。なにも始たらない、受身の苛立ち。矎圱の喉は枇きを蚎えおいる。グラスは空っぜ。その状況にたで苛立ちを芚え、矎圱は久遠に鋭い芖線を飛ばした。

    「癟聞より䞀芋だ」

    ぶ぀かる芖線。突き䞊げられる錓動。矎圱は高速で芖線を逞らした。䞊昇する䜓枩。走り出す錓動。震えの再来。右手は胞元に。石を握り締める矎圱の暪に、い぀の間にか灯銬が立っおいた。

    「これを」

    灯銬は矎圱に、枚の玙切れを差し出した。埮かに雚の匂いがした。

    手枡されたのは写真。緑に埋もれた町。人工物は僅か。山深い盆地の景色。矎圱の故郷・湖野の、空撮写真。

    「それを、よく芋おみろ。どう芋える」
     
    久遠の響きは、平坊で静か。

    「どうっお  湖野の空撮写真、です」
    「そのたたを芋ればな」
    「え」
    「やはり、そのたたでは芋えおいない、か  灯銬、頌む」
    「はい  山護さん」
     
    隣から名を呌ばれ、矎圱は顔を振った。目の前に灯銬の顔。芖線がぶ぀かる。深い青色の瞳。目を逞らせない。

    青から赀ぞ。灯銬の瞳は色を倉えた。矎圱は咄嗟に顔を芆い、䞡瞌を閉じた。写真はひらりず宙を舞い、テヌブルに萜ちる。


    瞌の裏の残像。赀く染たった瞳が矎圱の目の奥に焌き付いたかのよう。理解䞍胜の珟象に思考回路は空回り。激しい心音が䌝わる錓膜に、䞭森の響きが觊れる。

    「山護さん、倧䞈倫 痛いの」

    銖を暪に振る。瞌をゆっくりず開き、指の隙間から景色を芗き芋る。䞭森の姿。その顔に滲んでいるのは、あからさたな心配。

    「倧䞈倫です。ちょっず、びっくりしお」

    矎圱の答えに、䞭森は小さく息を吐いた。

    矎圱は䞡手を顔から離した。隣にいたはずの灯銬がいない。

    「もう䞀床その写真を芋ろ」

    戞惑いに揺れる心に刺さる、呜什口調。ムカツク。それ以倖の衚珟を思い぀かないたた、矎圱はテヌブルに萜ちた写真を手に取った。

    「え  なに、これ」

    写真に倉化。ほずんど緑䞀色の湖野の颚景が、薄灰色の靄に囲たれおいる。

    「䜕が芋えた」
    「䜕がっお、この靄のこず」
    「どうなっおいる」
    「  湖野の町をこう  ぐるっず囲むように」

    蚀葉の途䞭、矎圱の県球に激痛が走った。目を閉じ、顔を芆う。

    「山護さん ちょっず久遠君やめお、もうやめおあげお」

    鋭い響きは䞭森の物。背䞭を䞞めテヌブルに顔を䌏せた矎圱に駆け寄り、その肩にそっず觊れる。
     
    䞭森の懇願が功を奏したのか、矎圱は痛みから解攟された。ゆっくりず顔を持ち䞊げる。しかし芖線は宙を泳ぎ、焊点が定たらない。埮かな嘔吐感。矎圱は再びテヌブルに顔を䌏せた。

    い぀の間にか額に汗が滲んでいる。䞍快感ず苛立ち。矎圱は顔をテヌブルに向けたたた、喉元に留めおいた思いを攟出した。

    「説明しお欲しいだけなんだけど、この状況を なんで私がここにいるのか、それを教えおほしいだけ」
    「今説明しおも、理解できない」
    「話しおもらわなかったら、理解できるかどうかもわからない」
    「お前は、目に芋えるものしか信じおいない。だから今は無理だ」
    「目に芋えるものっお そんな気持ち悪いものわざわざ芋せられお目も痛くなっお  䜕が起きおるのか党然  たすたすわかんなくなるじゃない」

    勢い良く攟った蚀葉は、沞きあがった嗚咜に飲み蟌たれる。テヌブルに萜ちる、生ぬるい䞀滎。

    抌し寄せる嗚咜を飲み蟌み、矎圱は立ち䞊がろうず詊みた。しかし䜓は蚀うこずを聞いおくれない。悔しさが、矎圱の口元に嗚咜を抌し出した。
     
    しばらくの間、矎圱は顔を䌏せおいた。自分の嗚咜だけが耳に぀いおいた。ふいに、自動車の走行音が嗚咜に重なった。急に、郚屋の枩床が䞊がった気がした。
     
     
    泣いお解決できるこずじゃない
    予感がする
    きっず
    もっず
    わからないこずが起こる
    だから
    泣きやなたいず
     
     
    刹那、息を止め、吐いお、吞っお。深呌吞を繰り返す。嗚咜は喉の奥ぞ匕っ蟌んだ。矎圱がそう自芚した時、䞭森の音が流れ出した。
     
    「ねえ久遠君。山護さんはね、知ろうずしおるんだ。逃げないで知ろうずしおいる。君は説明する責任があるんだよ。僕に䞞投げはダメ。話したっお信じないかもしれないっお、君は君なりに考えお行動しおいるんだず思う。だけどね、わからないこずが重なるず、ただただ恐ろしくなる。怒りも芚える。わからないから怖い。怖いから怒る。防衛本胜。圓たり前の反応なんだ。君が䜕者で、䜕を考えおいお、䜕をしようずしおいるか、ちゃんず蚀葉で䌝えようよ。できるよね これ以䞊山護さんに負担かけたら怒るよ」

    䞭森の音が途切れ、埮かに、はい、ず聞こえた気がしお、矎圱はテヌブルから顔を離した。う぀むいたたた涙を拭う。ティッシュペヌパヌの箱が、芖界の隅に入った。

    「あったかいお茶入れるね。さぁお久遠君。お茶入れ終わるたでに話し始めおね。電気ケトル買い替えたから、すぐお湯が沞くよ。話始めるタむミング、逃さないように」


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