
エッセイ|月を見る
月を見ることはしなかった。今年は。
去年も見なかった。
一昨年は見た。しかも月見団子も作った。
冷凍ご飯を解凍して、スプーンで潰して、団子状にしてみた。それをピラミッド(底面積2×2高さ2段の合計4+1=5個)のように積み重ねて、上からきなこを振った。
あの日、何でか知らないけれど子どもと妻は居なくて、僕ひとりで作った。
夕方か夜くらいにふたりは帰ってきて、月見をしながら喰った。
当時僕はどんな状態だったのだろう?
多分かなり体調は悪かったんだと思う。
それでも毎日ひとつくらいは何かしようとは思っていて、そんなことを苦し紛れにやったんだと思う。
今だって、あの頃と大して変わらないんだけど、精神的には大分落ち着いている。
これって、noteを書き続けていることが大きいと思う。noteは日常で感じたことをとりあえず書こうと思って始めただけだったけれど、創作をするようになってから、僕を苦しめたり邪魔したりしかしてこなかった妄想が居場所を得た。
文字になってそこに定着したら、僕の頭は大分楽になった。むしろ最近では妄想が浮かんでくるのを待っているくらいだ。
なんかいい歳こいて、色んな小さなことで傷ついたりしていたと思う。
頭がずっと妄想で忙しくて余裕がなかったし、日々を忙しくしていないと、余計に妄想が出てくるので、仕事を頑張ったりしていた。
でも僕は元々が怠け者で、頑張れば頑張るほど、周りに気の合う人は少なくなっていって、それで息苦しくなって、元々の怠け者が暴れ出した。
それで出世レース的なものから降りた。
そのあと僕は完全に一旦壊れて、10年間何も考えないように、必死に考えないようにして、僕を攻撃してくるヤツは刺し違えてでも、絶対にやり返してやる、みたいな乾いた気持ちでひたすら生きていた。
そんなことをしていたらコロナが来て、僕は少しだけ自分を取り戻した。
しばらくして僕は仕事を辞めた。
家族には申し訳なかったが、僕は単に困難を乗り越えたくなかったんだと思う。
そんな人間に巻き込まれた妻と子どもは、いい迷惑なのだけど、僕は変わることができないし、今もやっぱり同じ気持ちだ。
根っからのダメなやつなんだと思うし、同時にそんなどうしようもない自分じゃないと気分が落ち着かない。
スクラップアンドビルドと言ってしまうと簡単だけど、壊れてしまったものを作り直すことは困難だ。ちぎれてしまった肉片が培養液の中で、ゆっくり手足を伸ばすように、僕は少しずつ再生している途中だ。それは以前建っていた建物とは全く設計思想が違うのだが、以前よりもそれは自分の生態にフィットしているような気がする。
僕は自分のせいかつを守ることを最優先にする。それに反対する者なんて、元々誰も居なかったし、それが妄想だと気づけた自分はひとつ壁を乗り越えていると思う。
その壁は以前乗り越えたくないと思った壁とは全然違う壁で、だから僕は今、少しだけ気分が良い。
(終わり)
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