
【10分エッセイ】大人になってわかったチークの偉大さ
コスメとメイクが好きだ。
こっくり深いブラウン、または偏光パールの入ったラメ入りアイシャドウ。
唇が小さくて、あまりリップメイクに楽しみを見出せなかったから、わたしにとってメイクのメインは目周りだった。
それはもう、ずーっと長いこと。
それが歳を重ね、肌にもシワやシミみたいなエイジングサインが見えるようになってきて、肌のくすみも実感してき始めてきた頃。
一気にお助けアイテムとしてトップに躍り出たのがチークだった。
肌悩みがたまにできるニキビだけだった頃、チークの可愛さがわからなくて、いつもつるっと明るく肌が見えたらいいと、最低限のベースメイクしかしなかった。
それがいま、チークもベースメイクに入っている。
パウダーよりはクッションチークの方がなじみが良くて好きだから、ファンデーションまで終わったらジョンセンムルのクッションチークをのせる。
顔色よくなったやん!
と思えたら、パウダーをのせる。
どうやったって、透明感は薄れていくし、肌のハリも徐々に失われていく。
生き物として、老いるのは当たり前なんだけど、やっぱり持っていたものを失くしていってるんだ…と実感するのは少し寂しい。
結局、生きている間に失わないものってなんだろうかな、と考えた時に、「生きている証=血色感」だと思った。
それすらも寒かったり、体の冷えで薄れてしまうこともあるんだけど、少し手を加えてそれを出せたら、とたんに元気そうな顔の自分が鏡の中にいる。
気持ちが落ちると顔もどんよりしがちだけど、顔が元気だと、逆に気持ちも少し明るくなれるから不思議だ。
自分のためにも、周りの人のためにも、なるべく表情は明るくいたい。だからこそ、その明るさをいっときでも作ってくれるチークって、偉大だったんだなぁ…と今更ながらに痛感している。
わたしは下手の横好きだから、まだまだお手軽なクッションチークだけど、いつかパウダーやリキッドも使いこなせるようになりたいな。
こちらのnoteは、わたしがnoteをなんとか続けられないかと思案した挙句に、毎日10分で書き切ってそのまま投稿している【10分エッセイ】です。
マガジンにまとまっていますので、よかったらほかもぜひ。
ヘッダーも作れずの記事ですので、素敵なクリエイターさんのものをお借りしています。
今日のヘッダーは、ぽっぽちゃんさんからお借りしました!ありがとうございます!