
ここでは、普通だから。
長く同じ場所にいると、飲み込んできたことが増えていく。
ここでは普通だから、みんなそうしてきたから。そう言われて、それ以上は聞かなかったこと。
納得したというほどでもないけれど、毎日の仕事は、そのまま進んでいく。
そこへ、新しく来た人から、どうしてなのかと聞かれる。
事情を説明しようとして、口から出るのは、自分がかつて聞いたのと同じ言葉だったりする。
いつの間に、答える側になったのだろう。
宮城県石巻市北上町十三浜のワカメ漁師、阿部勝太さんの話を読んで、そんなことを考えた。
阿部さんは、漁師の三代目だ。
小さい頃から、漁師は大変そうだけれど格好いいと思っていた。家業を継ぐつもりはあったが、その前に一度、外の世界でも働いてみたかった。
高校卒業後は仙台の旅館で営業の仕事に就き、その後、自動車関連の工場やNTTドコモでも働く。
五年経ったら戻る。その約束まであと少しというところで祖父が倒れ、浜に帰った。
会社員時代は、週末の休みに加えて有給休暇も取れ、残業には手当も付いた。
浜に戻ると、朝三時から海に出て、収穫のあとはワカメを湯に通し、塩を絡める。夜は漁協で箱詰めをする。
繁忙期には、この日々が六十日、休みなく続く。年間で休めるのは、四十日ほど。
十三浜では、阿部さんの実家が一番稼いでいた。
それでも、子どももいる阿部さんの家族に渡されるお金は、月十五万円ほどだった。
一番稼ぐ家で、これなのか。
阿部さんは、この働き方を「割に合わない」と語る。
自営業だから、一次産業だから、漁師だから仕方ない。
周りがそう受け止めていたことを、おかしいと気づけたのは、外で働いた経験があったからだった。〔1〕
休みの少なさも、仕事の厳しさも、そこで働く人なら身にしみている。
それでも、つらいことと、おかしいことは、同じにならない。
みんなが同じように働いていると、自分だけ休みたいと言い出すにも、気が引ける。
先輩も、その前の世代もそうしてきたのなら、ついていけない自分を疑ってしまう。
私なら、家業について「割に合わない」と言うことにもためらいそうだ。
そこで働いてきた家族の苦労まで、否定するように聞こえないだろうか、と。
けれど、阿部さんには、会社員として働いた日々があった。
「漁師だから」と言われても、その一言では、もう片づかなかったのだろう。
外で働いた人が戻ってきて、前の職場の話をする。
聞く側なら、ここにはここの事情がある、と返したくもなる。こちらも、好きで苦労をしているわけではない。
ただ、そう返した瞬間に、考えなくて済んでしまうこともある。
この働き方でなければ、本当に漁師はできないのか。
二〇一一年の震災で、阿部さんは家も船も加工場も失った。
それでも漁業を諦めきれず、再出発にあたって、震災前から感じていた課題にも向き合っていった。〔1〕
その後、阿部さんはシフト勤務を導入した。交代で休みを取れるよう、仕事の組み方を変えた。
仲間と取り組むフィッシャーマン・ジャパンでも、新しく人を迎える漁師たちに、働き方の見直しを勧めた。
繁忙期だけ手を借りるのではなく、一年を通して給料を払い、社会保険なども整えていく。〔2〕
交代で休めると聞けば、よかったと思う。
けれど、その仕組みができる前に提案を聞いたら、ここにはここの事情がある、と答えなかった自信はない。
これからこの浜に来る人も、やがて誰かに仕事を教えるようになる。
「ここでは、みんなそうしているから」
それが、交代で休む話だったらいい。
今日もまた、そんなことを考えている。
参考記事
〔1〕浜田敬子「津波で家も船も失った。震災前からの課題解決に集まった多様なキャリア【フィッシャーマン・ジャパン・阿部勝太3】」Business Insider Japan、2021年3月10日
https://www.businessinsider.jp/article/230565/
〔2〕浜田敬子「漁師という『職場』を改革。行政や漁協も巻き込み担い手増やす【フィッシャーマン・ジャパン・阿部勝太2】」Business Insider Japan、2021年3月9日
https://www.businessinsider.jp/article/230558/