
「患者さんの人生のいちサポーターでありたい」―吉田絵理子医師インタビュー

2026年4月から、まちだ丘の上病院に、吉田絵理子先生が着任されました。吉田先生は、まちおかでは、主に訪問診療と内科外来(外来担当は木曜の午後)を担当されています。
大阪大学医学部を卒業後、医師としては、研修医時代に、公害喘息の患者さんが苦しんでいることを知り、呼吸器内科医を志します。そして、その後「医師として患者さんの全身を診ていきたい」と考え、総合診療医を志します。
また、まちおかでの勤務以外ではLGBTQの活動をなさるなど、精力的に活動されています。
なぜ、吉田先生は総合診療医としてのキャリアを歩んで来たのか。そして、患者さんにどのように向き合っているのか?
そんな、吉田先生の幼少期の出来事やご自身の歩んで来た半生を伺うことで、その魅力をお届けしていきたいと思います。

複雑な家庭環境から芽生えた医師になろうという想い
― 医師になったきっかけを教えてください
吉田絵理子先生(以下「吉田」) 2つあります。ひとつは私の父は統合失調症を患っており、社会的に困難を抱える人が身近にいる家庭だったということです。
2つ目は、私の母が小学生の頃に、くも膜下出血で亡くなった出来事です。母は「頭が痛い」と救急に行ったのですが、もしかするともう少し適切に医療にかかっていれば、結果は違っていたのではないかという子供ながらの怒りのような思いがありました。
だから、「次、家族に何かあったときは私が一番(家族の病気について)わかる人になりたい」という気持ちがありましたね。それが、医師を目指したきっかけです。怒りからのスタートでした。
家庭環境が複雑だったというのもあって、週一回食事を一緒に食べさせてくれる友達の家がありました。とてもあったかくて、友だちや友だちの家族には本当に支えてもらったなと感じています。
その後、高校生になり、いざ、大学選択をするようになると生死にかかわるようなことが私にできるのか不安になってしまい、京都大学理学部に入りました。しかし、理学部って「研究、研究・・・」という感じで周りの研究熱がすごくて、少し自分がやりたいことと違いがありました。 再度、 自分が没頭できることは何か? を考えたときに、医師という職業ということに気づき、理学部を卒業したうえで大阪大学医学部に入り直しました。

「患者さんのため」を培った研修医時代
ー大学卒業後の研修医時代のことを教えてください
吉田 大阪大学の医学部卒業後は、初期研修は実家の近かった川崎協同病院に行くことにしました。大学病院のような病院だと、研究機関という位置づけもあるがために、なかなか患者さんを最期まで診るような医療に関わることが難しいと感じていました。それで、いろいろな病院がある中で一番患者さんに近い立ち位置で医療を提供していると感じたのが川崎協同病院でした。
やっぱり地域のためになる医療がやりたかったんだと思うんです。大きな病院では科が分断されている感じで、「私がやりたいこととはちょっと違うかな」って。川崎協同病院はコミュニティの中から生まれた病院だから、コミュニティのためっていうことも明確でした。
初期研修後、一度はしっかりと大きな病院で専門性を身につけたほうがいいのではないかと思い、聖隷三方原病院で後期研修を受けることになりました。内科医、その中でも呼吸器の専門医になろうと思っていました。
呼吸器を選択したのは、川崎の公害喘息の問題を目の当たりにしていたからなんです。将来的には川崎に戻ることを考えていたので、本当に生活をむしばむ公害喘息の現状に関わり、地域の人々の暮らしに少しでも貢献したいと考えるようになっていまいた。

総合診療との出会い、医療を底上げしていきたい想い
― 総合診療という専門分野にはどのように出会ったのでしょうか?
吉田 後期研修で学んでいた三方原病院は、大学病院規模のとても大きな病院で、医療のレベルは各科ともに素晴らしいものがありました。それでも、感じたのは診療科ごとに分断されていること。糖尿病は内分泌内科、高血圧は循環器科、そして私は呼吸器科でみたいな。薬一ついじるのも各科で電話して調整しなければならないみたいな状況があって。それが、すごくもどかしかったんです。
そんなことを感じて戻った川崎協同病院時代に、家庭医療(総合診療)に出会いました。その当時は家庭医療はまだすごくマイナーだったのですが(専門医制度でも総合診療が19番目の専門医として確立する前)、家庭医療を学ぶ機会をいただいて、自分が感覚的にやっていたことを学術的に体系的に学び直すことができました。
川崎協同病院では、もともと初期研修のころから家庭医療的な視点を持ちながら患者さんを診ることを教わってきた背景があったんですよね。だから、その後自分が総合診療専門医になってそれを教える立場になっていくというのは、自然の流れだったのかもしれないですね。その後、川崎協同病院総合診療専門研修プログラムの責任者を担うようになっていました。
その背景では、医者はもっともっとみんなでレベルアップしていかなければならないという想いがあったんだと思います。そして、そうでなければ地域もそこで暮らす人も幸せにならないと。

これから出会う患者さんに伝えたいこと
― 吉田先生の熱量はどこから来るのでしょうか。そして、患者さんにも一言お願いいたします
吉田 目の前の「人」とのかかわりが私の原動力ですね。医師として目の前の患者さんと向き合う力も、LGBTQの活動も。友だちからの「医療にかかるのが大変」ということを聞いたり、他人とのかかわりの中で原動力が生まれている気がします。
まちだ丘の上病院は、名前の通り「丘の上」にあり、アクセスが悪いところもあろうかと思いますが、私もまちおかに着任し、どの医師も丁寧に診療していると感じています。私もみなさんの人生を医療の面からサポートしていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

おわりに
インタビューいかがでしたでしょうか。吉田先生のさまざまな一面を見せていただくことが出来ました。こんなにもいろいろな経験をし背景を持つ先生は、きっと、患者さんにもあたたかな診療をしていただけると思います。
まちおかには吉田先生の他にも、個性あふれる先生たちがいらっしゃいますので、ぜひウェブサイト、ブログ記事をチェックしてみてください。