メインコンテンツへスキップ
見出し画像

味劇場チカ、七回裏二死一・三塁

    四万十の夜は、 酒が先に酔う。
    味劇場チカの赤提灯は、 川面みたいに揺れていた。

    カウンターには、 焼き鯖寿司。

    脂が照明を跳ね返して、 まるで一本の銀色の魚雷だった。

    画像

    徒然さんは、 捕鯨を猪口に注ぐ。

    とくとくとく。

    その時、 店のテレビがざわついた。

    2004アテネオリンピック準決勝。 日本対オーストラリア。


    七回裏、 二死一・三塁。

    店中が、 箸を止める。

    「来たぞ…」
    誰かが呟く。


    画面では、 豪州ベンチが動いていた。


    「ピッチャー交代」

    そして現れた左腕。


    ジェフ・ウィリアムス。


    店の空気が、 一瞬で阪神戦になる。
    「うわぁ……」


    奥のおっちゃんが、 捕鯨を飲み損ねた。

    しかも打席は、 藤本敦士。

    阪神。 対。 阪神。


    味方同士が、 突然、 敵になる。



    画像

    店の隅では、 柳ジョージの 『土佐の鯨』。
    湿ったギターが、 四万十川みたいに流れていく。

    大将だけは、 無言で焼き鯖寿司を切っていた。

    シュッ。

    シュッ。

    テレビでは、 藤本の打球が高く上がる。

    「抜けろ!」

    誰かが叫ぶ。

    だが白球は、 ふわりと失速し、 三塁手のグラブへ落ちた。

    三飛。


    店から、 同時にため息が漏れる。
    「終わった」

    九回。

    ウィリアムスは、 また抑える。
    阪神ファンなら知っている、 あの絶望的な低め沈むスライダー。

    打てそうで、 打てない。

    テレビが試合終了を告げた時、 大将がぽつりと言った。


    「阪神ファンが一番、打てん思うちょったろうな」

    誰も笑わなかった。
    ただ、 捕鯨だけが静かに減っていった。

    その途中で、私は眠ってしまったらしい。
    夢の中で、私はチカにいた。

    薄暗い通路で、誰かが遠くから笑っている。
    何かを待っている場所だった。


    画像

    「徒然さん、起きて下さい」
    目を開けると、検査室の白い灯り。


    はちきん看護師が、やや口を開けて笑っていた。


    「夢みてました?」


    #小噺 #病院文学 #夢日記 #検査室 #はちきん看護師 #阪神ファン #捕鯨 #短文小説 #シュール文学 #note創作 #創作大賞2026

     
     

    徒然

     
     
    俳句・川柳・短歌、エッセイ、小噺などを徒然なるままに書き留め、画像とともにお届けします。最近は自前の歌詞に曲も発表してます。 毎日1作品を目安に発表中。 川柳や俳句のリズム「575」を楽しみながら、日々の小さな発見や情景もお届けします よろしくお願いします。

    あなたへのおすすめ