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Stardust in Disguise

    作成日:2025年11月9日

    ここからしばらく、私の個人企画として作った
    「藤本タツキ 17-26 セルフ・イメージソング・プロジェクト」
    の曲を、一曲ずつ紹介していきたいと思います。

    「藤本タツキ 17-26」を視聴して、それぞれのエピソードから受け取った印象や感情を、自分なりに一曲ずつ音にしていく。

    作品を観て、心に残ったものを歌詞に変えて、音に変えて、もう一度言葉に戻していく。
    そんな、かなり個人的で、かなり濃い創作の記録です。

    今回の曲は、エピソード1
    「庭には二羽ニワトリがいた。」
    のイメージソングとして作りました。

    少し作品内容に触れます。

    物語の舞台は、人類が宇宙人との戦争に敗れたあとの地球。
    かつて人間が暮らしていた街や学校、文化や生活の形だけが残り、そこには今、宇宙人たちが当たり前のように住んでいます。

    制服を着て、学校に通い、日常を過ごしている。
    一見すると、どこにでもありそうな青春の風景。
    けれど、その世界には、そこにいるはずの「人間」がいない。

    その不在が、あまりにも静かで、不気味でした。

    エピソード1から衝撃でした。
    宇宙人侵略ものとしてとても斬新で、面白くて、そして怖い。
    世界が壊れる瞬間を描くのではなく、すでに壊れた後の世界が、何食わぬ顔で日常を続けている。
    その感覚が、とても鋭く刺さりました。

    日常生活にしれっと溶け込んでいる宇宙人たちのコミカルさ。
    人類の文化を真似て、人間のように暮らしているのに、そこに人間だけがいないという無機質な空白。
    笑っていいはずの場面の奥に、現実と呼応するような不気味さが滲んでいて、観ているこちらの足元が少し冷たくなるようでした。

    そして、ふざけたようなニワトリの姿をした二人の人間、ユウトとアミ。

    その見た目は滑稽なのに、置かれている状況はあまりにも切実です。
    人間であることを隠し、ニワトリのふりをして生き延びている。
    世界の主役だったはずの人類が、今では見つからないように息を潜め、奇妙な姿に身を隠している。

    こんな人類の滅亡があるのかもしれない。
    そう思わせる作品でした。

    そして物語は、宇宙人に「人間」であることがばれてしまった二人の逃避行へと動き出します。

    私には、これは二人の愛の物語だったように思えました。

    滅びかけた世界の中で、それでも誰かを想うこと。
    逃げ場のない現実の中で、それでも一緒に生きようとすること。
    姿を隠し、名前を隠し、存在そのものを押し殺しながら、それでも消えきらない感情がある。

    この曲は、そんなユウトの心を歌った曲です。

    藤本タツキ17-26より、

    「庭には二羽ニワトリがいた。」
    のイメージソングです。
    出来れば、全話行く予定!#藤本タツキ17_26 #suno https://t.co/NJVlbGokmS pic.twitter.com/AAcksLrKjC

    — じゅんー。 (@magicaljun) November 9, 2025

    タイトルは「Stardust in Disguise」。

    直訳すれば、「変装した星屑」。

    最初は、潜んでいる小さな存在、隠れている儚い光のようなイメージでした。
    けれど考えてみると、星屑という言葉は、ただ小さいだけのものではない気がします。

    星屑は、もしかしたら、かつて大きな星の一部だったものかもしれない。
    宇宙のどこかで燃えて、砕けて、形を失い、それでもなお微かな光を宿しているもの。
    小さく見えるけれど、その奥には途方もない時間と、かつての大きさが隠れている。

    それは、この作品における人間の姿にも重なりました。

    かつて地球に文明を築き、世界の中心にいたはずの存在。
    けれど今は、ニワトリの姿に身を隠し、見つからないように、奪われないように、ただ生き延びようとしている。
    滑稽で、哀しくて、けれど完全には消えていない。

    その小さな姿の奥には、まだ人間だった頃の尊厳や、記憶や、愛が残っているように感じました。

    「Stardust in Disguise」という曲名には、そんな思いを込めています。

    何でもないもののふりをしているけれど、本当はかつて星だったもの。
    弱く見えるけれど、本当はとても大きなものを失ってきた存在。
    変装して、隠れて、怯えながら、それでも誰かを想う心だけはまだ光っている。

    ユウトの心には、そんな星屑のような輝きがあったのではないかと思いました。

    この作品の怖さは、派手な絶望ではありません。
    むしろ、絶望が日常の顔をしているところにあります。
    世界は終わっているのに、学校はある。
    人類は敗れているのに、笑い声はある。
    愛はまだ残っているのに、それを守る場所がない。

    そのちぐはぐさが、どうしようもなく藤本タツキ作品らしくて、心を掴まれました。

    この曲では、その不思議な温度を壊さないようにしたかったのだと思います。
    ただ悲しいだけではなく、ただ怖いだけでもなく、少し奇妙で、少し可笑しくて、でも最後には胸の奥に重たいものが残る。
    そんな感情を、音の中に閉じ込めたかった。

    「庭には二羽ニワトリがいた。」は、エピソード1にして、いきなり強烈な入口でした。
    発想の斬新さ、世界観の不気味さ、そしてその奥にある愛の切実さ。
    短い物語なのに、観終わったあと、しばらく心の中で鳴り続けるものがありました。

    作品を観て、ただ感想を書くのではなく、自分の中に残った感情を一曲にする。
    それがこのセルフ・イメージソング・プロジェクトでやりたかったことなのだと思います。

    これから全八曲、ひとつずつ紹介していく予定です。
    それぞれの作品ごとに、受け取った色も、音の形も、かなり違うものになりました。
    まずはこの「Stardust in Disguise」が、その最初の一曲になります。

    これまでに公開してきた他の曲も、Xのハイライトにまとめています。
    もしこの曲の空気感を気に入っていただけたら、そちらも覗いていただけたら嬉しいです。

    あの変装した星屑は、今もこの曲の中で、失われた星の記憶を抱いたまま、誰にも見つからない夜をそっと照らしている気がします。

     
     

    jun

     
     
    Sunoで音楽を作っています。 特に大切にしているのは、歌詞と、その曲の中に流れる世界観です。 Xではこれまでに150曲以上の楽曲を公開してきました。 このnoteでは、曲の紹介だけでなく、言葉に込めた想いや、音の向こうにある景色も一緒に残していけたらと思っています。

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