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麻雀自伝 『泥と牌』――格上の壁と、ゲーマーの矜持。第2部


    第7章: 「洗礼」


    その機会は、案外早くやってきた。
    闇が深まった21時。師匠から突然声がかかった。

    「今日は、人が足らないし、懐が厚い面子じゃないから、試しに入ってみるか?」

    と。

    それまでは後ろで見ているだけだった「札が舞う卓」に、10万円のズクを5~6個握りしめて座る。

    まどマギで中段チェリーを引くより、 取引先へ営業へ行った時より、心臓が跳ねていた。
    自分で自分の心臓の音がわかる。こんなことはそれまでの人生で初めてだった。

    レートを細かく言うのは省くが、

    28000点クビ 東風戦の「ビンタ麻雀」

    だ。

    高レートでも先ヅモありなので回転が早い。また、昨今の麻雀のように、「手を止めて腕組んで悩む」なんてのはご法度の世界。

    フリーが先ヅモOKだから、ある程度は早く打つことに慣れていたが、 高レートはフリーの比ではなかった。昼間の爺さん達と違い、手に悩まない。全員がツモってきて1秒もせずに河に捨てる。
    なんなら先切りまである。
    明らかに俺のところで毎回リズムが崩れるのがわかった。

    そして
    「ダン!ダン!」と響く、威嚇のような打牌音。

    昼間の穏やかなママの教えや、店で培った牌効率や基本の手組なんてものは、始まる前にその音にすべてかき消された。
    焦れば焦るほど、自分の指先が震えるのがわかる。
    和了っても振り込んでも顔が紅潮する。点数申告も覚えたてで覚束無い。

    そして、

    牌をこぼさないように、

    それだけで精一杯だった。

    「本物」の博打打ちとギャンブルをしたのはこの時が初めてだった。

    世の中にはこんなにおっかねえ大人達がいるんだとその時初めて知った。

    雀荘において、リズムを止めることは「隙」を晒すことだ。
    自分のリズムを崩してもそこに「勝利」は訪れない。

    迷っていることがバレれば、ハイエナのように付け込まれる。
    自身のリズムが悪ければ、牌も寄ってこない。

    そんなこともまだ知らず、無邪気な俺は、とにかく卓を止めないように、スムーズに打つことで精一杯だった。

    「おい、毎回お前んとこで止まってんぞ。寝てんのか?」

    「お前が座んのはまだはえーだろ。」

    下家の男の、冷え切った声が鼓膜に刺さる。


    自分が「社長」として現場を回していた自信も、独立して掴み取った自負も、この卓の上では1円の価値もなかった。

    そして、フリーのテンピンで、それなりに打てるようになっていた俺の小さな自信すらも粉々に打ち砕かれた。


    東風戦も初めてだった。

    ビンタ麻雀も初めてだった。

    一本場1500点の重みも知らなかった。

    お試しのような感覚で座ったその卓で、俺の財布は簡単に空になった。


    わずか2~3時間の出来事だった。
    作業着のポケットをまさぐっても、出てくるのは千円札数枚と、現場で使うビスの欠片だけ。

    独立して以来、忘れていた「持たざる者」の惨めさが、夜の静寂と共に込み上げてきた。

    だが、絶望と同時に、体の奥底で何かが熱を帯び始めたのを感じた。

    実家を飛び出したあの頃とおなじ。自分の知らない世界の扉が開いたあの感覚、この未知の世界で、自分がどこまでの男になれるのか試したい。

    ギャンブルが好きだった。

    負けず嫌いだった。

    負けっぱなしで終わるつもりは毛頭なかった。
    現場の叩き上げとして。俺の「ハック」は、このどん底から始まった。



    8章 「萌芽」



    店を出て、静まり返った夜道を一人で歩く。
    財布が軽くなったのと比例して、あれだけテンパっていた俺の脳は、異常なほど冴え渡っていた。

    普通なら「運が悪かった」で済ませる場面。
    だが、俺の思考回路はそれを許さなかった。

    俺には簡単に負けを許すことができない性があった。

    実は、現場の「社長」である前に、俺は一人の「ゲーマー」だったからだ。

    当時17.18.19歳、プロゲーマーなんて言葉は、

    格ゲーの神ウメハラ一人にしか許されていなかった頃。俺はFPSの黎明期であった『CS:GO』で日本トップ層に身を置き、後に世界へ羽ばたく『Absolute』の面々と練習試合(スクリム)で火花を散らしていた。

    別タイトルのFPSでは日本2位の称号を得たこともある。

    また、格闘ゲーム『ウルトラストリートファイターIV』ではリュウを使い、8000戦超で勝率70%という数字を背負って都内のゲーセンを闊歩していた。

    そして、現在APEXで名を馳せるsakuを、まだ無名だった頃にチームに引き込み、表舞台へ送り出したのもチームリーダーとして戦術を組んでいた俺だ。
    「対人戦」において、俺は常に管理者であり、喰らう側の人間だった。

    FPSで俺が重視していたのは、エイム(射撃精度)じゃない。「立ち回り」だ。
    相手の現在地と移動速度から、数秒後の交戦ポイントを逆算する。いかに有利な地形で、相手の裏をかいて引き金を引くか。
    そしていかにチームを有利な状況を作り出すかに精を出した。
    時にはあえて自分の位置を晒し、相手を特定のエリアへ誘い出す。

    相手の癖を読み、フレームの隙間を突き、心理誘導さえ行い、ハメ殺す。


    その「読みの力」には絶対の自信があった。





    なのに、今日の卓ではどうだ。

    FPSで言えば、角を曲がるたびに、置きで頭を抜かれている。
    正面の打ち合いも勝てない。
    立ち回りも、エイムも、到底及んでいない。試合になっていなかった。

    格ゲーで言えば、すべての攻撃がガードされ、最大反撃を食らっている。 相手の攻撃の対処法も分からず攻め続けられている。 粉々にされるのは当たり前だ。

    みんなと同じように効率通りに打っているはずなのに、なぜか俺だけが、俺の当たり牌だけが、狙い澄ましたかのように吸い込まれていく。



    何故負けたか分からなかった。
    運が悪かっただけだと、思考を放棄したかった。
    イカサマされたか?と疑った。


    ただ、それはただの逃げだった。
    そんなのは自分の負けの美学に反していた。

    負けを認め、何故負けたかを精査し、次戦に活かす。
    同じ轍を踏まないことが、上達への近道だと俺は知っていた。


    そして、湧き上がる麻雀の知的探究心を止めることはできなかった。


    知っているようで、全く知らなかった「麻雀」というゲーム、さらに「奴ら」を倒したいという闘争心。

    今すぐじゃなくていい。

    技術を学び、盗み、応用し、自己昇華し、高みに登る。

    そう決意し、深い眠りについた。




    翌日、俺は再びあの雀荘の門を叩いた。
    今度は「打ち手」としてではない。後の師匠である社長の「後ろ」に立つためだ。


    その日から、俺の狂気的な研究が始まった。。


    第3部へ続く〜

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