
あなたの周りにある「贈与」に、気づいていますか?(世界は贈与でできている:近内悠太/#88 読書ノート)
26年62目の読了作品。
今年の初めに1回読み、スタエフの放送のために、2回目の読了した作品。
近内悠太さんの作品は以前から注目していたので、読んでみた。
書店では哲学書の本棚に置かれているので、少し敬遠していたが
今年5本指に入る位、感動した作品。
作品名:世界は贈与でできている。
副題:資本主義の「すきま」を埋める倫理学
著者:近内悠太(教育者、哲学研究者)
出版社:NewsPicks パブリッシング社 発売日:2020年3月13日
分類:人文学書
(この作品の概要)
僕たちは普段、「何かを与えたら、何かを返してもらう」というギブ&テイク、つまり「交換」の世界で生きている。しかし、僕たちの人生を振り返ってみると、お金では買えないものや、対価を払わずに受け取ってきたものがたくさんある。近内悠太さんの『世界は贈与でできている』は、こうした「贈与」という視点から、僕たちが生きている世界を捉え直す作品だ。
本作品で語られる贈与とは、単に「誰かに何かをプレゼントすること」ではない。大切なのは、自分がすでに何かを受け取っていたことに気づくことだ。
僕たちは、自分一人の力だけで生きてきたわけではない。誰かの知恵や行動、過去から受け継がれてきたものなど、数え切れないほどの贈与を受け取りながら生きている。そして、自分が受け取っていた贈与に気づいたとき、今度は自分も誰かに渡したいという気持ちが生まれる。その贈与は、受け取った相手に直接返す必要はない。次の誰かへ渡していくことで、贈与は社会の中を循環していく。
「自分は何を受け取って、ここまで生きてきたのか」
普段は当たり前だと思っている日常を、「贈与」という視点から見つめ直すことで、これまで見えていなかったものに気づかせてくれる作品だ。
(この作品の中で、とても響いた3つの事例)
①サンタクロースは「名乗らない贈与者」
なぜクリスマスプレゼントは、「親から」ではなく「サンタクロースから」なのだろうか。僕はこれまで、そんなことを考えたこともなかった。
著者は、世界的に有名な「名乗らない贈与者」として、サンタクロースを挙げている。
僕たちは普段、お金を払って商品を受け取る「交換」の世界で暮らしている。何かをもらえば、「自分も何か返さなければ」と考えることもある。
しかし、クリスマスプレゼントは違う。親が直接渡すのではなく、サンタクロースという存在を間に入れることで、「これは親からの贈与」というメッセージが消える。だから子どもは、親に何かを返さなければと考えず、無邪気にプレゼントを受け取ることができる。贈与者が名乗らないのは、相手からの返礼を求めないためだ。
そして、プレゼントを受け取った子どもは、いつか大人になり、今度は自分が誰かに何かを贈るかもしれない。贈ってくれた人に直接返すのではなく、受け取った贈与を次の誰かへ渡していく。
サンタクロースとは、単なるクリスマスの物語ではなく、贈与を次の人へと流していく装置でもある。そう考えると、毎年当たり前のように見てきたサンタクロースが、少し違って見えてきた。
②自分の「受信装置」の精度を上げる
著者は、すでに受け取っている贈与に気づくためには、自分の「受信装置」の精度を上げる必要があるという。本書では、認知症を患った母親のエピソードが紹介されている。その母親は、毎日16時になると外へ出て行ってしまう。息子はそれを「徘徊」だと思い、なんとか止めようとするが、母親は激しく抵抗する。
なぜ、決まって16時なのか。介護職員が親戚に話を聞いていくと、その理由がわかった。16時は、息子が幼かったころ、幼稚園のバスで帰ってくる時間だったのだ。母親は意味もなく外へ出ていたのではない。幼かった息子を迎えに行こうとしていた。息子はそこで初めて、母親の行動の意味に気づく。数十年の時間を超えて、自分に注がれていた母親の愛情が「贈与」として目の前に現れたのだ。
一見すると、意味のない行動に見える。しかし、その「なぜ?」を少し掘り下げると、そこには誰かへの愛情や、目には見えない贈与が隠れていることがある。僕たちは、すでにたくさんの贈与を受け取っているのに、気づいていないだけなのかもしれない。
だからこそ、目に見えるものだけで判断せず、目に見えない贈与を受け取れるように、自分の「受信装置」の精度を上げていきたい。
③『テルマエ・ロマエ』から考える贈与
『テルマエ・ロマエ』は、古代ローマの浴場設計技師ルシウスが、現代の日本にタイムスリップする物語だ。作中には、ルシウスがシステムバスのショールームで、初めてウォシュレットを体験する場面がある。当然、古代ローマには存在しない。その機能にルシウスは驚く。
しかし、この驚きを通して考えてみると、僕たちが普段、当たり前のように使っているものも、実は多くの人たちから受け取ったものだと気づく。
ウォシュレットも、お風呂も、電気も、水道も、自分たちで一から生み出したわけではない。先人たちが試行錯誤し、積み重ねてきた知恵の上で、僕たちは便利な生活を送っている。
そう考えると、**先人たちの知恵もまた、僕たちが受け取っている「贈与」**なのかもしれない。
そして大切なのは、受け取って終わりにしないことだと思う。先人から受け取ったものに、自分なりの工夫や知恵を少しだけ加えて、次の人へ渡していく。僕たちが今、当たり前のように受け取っているものも、そうやって長い時間をかけて受け継がれてきたのだろう。
受け取った贈与に、自分の仕事を少しだけ足して、次の世代へ贈る。そんな贈与の積み重ねによって、世界は少しずつ良くなってきたのかもしれない。
(執筆後記/このNoteも一つの贈与)
自分が今持っている知識や考え方は、ゼロから一人で生み出したものではない。本を読み、人と出会い、誰かの話を聞く。その中で受け取ったものが、自分の中に少しずつ蓄積されている。それもまた「贈与」なのだ。
著者自身も、この作品をゼロから生み出したわけではない。これまで受け取ってきたものを、自分がメッセンジャーとなって読者へ手渡す。そのために書かれたのが『世界は贈与でできている』なのだと思う。
そう考えると、僕がこうしてNOTEで本を紹介することも、一つの贈与なのかもしれない。本から受け取ったものに、自分なりの解釈や経験を加え、文章にして誰かへ渡していく。
著者から僕へ。僕からこの記事を読んでくれた人へ。そして、そこからまた次の誰かへ。このNOTEも、そんな贈与の流れの一つになればうれしい。
(この作品をおすすめしたい人)
・今、生きている世界にどこか満足できていない人
・「贈与」とは何か、その意味を深く知りたい人
・先人から受け取った「贈与」を、次の誰かへ渡していきたい人
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①祝うと祝われる、どちらが嬉しい
②助けてあげる。で、あなたは何をしてくれるの
③サンタクロースの正体
➃自分の受信装置の精度を上げる
⑤テルマエ・ロマネから考える贈与
⑥この作品も贈与