
「原稿をGoogleドライブに上げたらアカウントごとBANされた」漫画家・糸杉柾宏さんインタビュー
カバー画像:糸杉柾宏さん提供の自画像
2026年9月9日にインタビュー実施
(聞き手:荻野幸太郎)
Googleドライブに漫画の原稿と資料をアップロードしたところ、Googleアカウントを凍結されてしまった——。2026年5月にSNSで話題になったこの一件について、当事者である漫画家の糸杉柾宏さんに話を聞いた。何が起きたのか、巨大テック企業とのやり取りはどのようなものだったのか、そして今どのようにデータを管理しているのか。
普段通りのデータのバックアップで警告が
事の発端は、Xに経緯を投稿した1週間ほど前のこと、パソコンの乗り換えにあたって旧機のデータを整理していたときだった。
「昔描いた漫画のデータが出てきたので、ちょうどいいやと思ってバックアップのつもりでGoogleドライブにアップロードしたんです」と糸杉氏は振り返る。
アップロードの途中で規約違反を警告するメッセージが表示されて、作業が中断された。
糸杉氏は、漫画のタイトルや資料フォルダ・ファイルの名称など、何らかのキーワードが引き金になった可能性を疑っている。警告はアップロードが半分くらいの段階でリアルタイムで表示されたという。
「人間が監視しているというよりは、AIが画像を判断したのか、あるいは事前に用意されたキーワードやハッシュのようなものでスキャンして、機械的に判定された感じの印象でした」と糸杉氏。人力の監視ではなく、自動的な検知システムが働いた可能性が高そうである。
以前から同様の使い方をしていて何の問題もなかったこともあり、警告が出ても「ただの誤検知ですぐに解消されるだろう」と油断してしまった。「心の隙を突かれた感覚だった」と糸杉氏は悔やむ。警告文のスクリーンショットすら残していなかったという。
しばらくアカウントを使えていたため、糸杉氏は「特に問題はなかったのかな」と考えていた。しかし翌日、Googleアカウントはログインはできるものの、サービスは使えなくなっていた。
どのファイルが違反なのかは告知されない
Googleからメールで送られてきた通知には、児童の性的虐待・搾取に関するポリシーに違反した疑いがあると記されていたが、それがどのファイルのことなのか、具体的に示されることはなかったという。
「CSAM/児童ポルノ」と海外の一部の基準で解釈され得るファイルがあるとしたら、いわゆる二次元・創作物のどれかだろうと糸杉氏は推測する。自作の漫画原稿の他、資料としてネット上でクリップしていたイラストなどにも、そのような場面のある画像があった。だが、これまでも際どい表現を含む作品を何度もGoogleドライブにアップロードしてきたが、警告や制限を受けたことは一度もなく、今回が初めてだった。
異議申し立ては、ほとんど理由の説明もなく却下
アカウントが完全に凍結されるまでの猶予期間に異議申し立てができるとのことだったため、糸杉氏はGoogleにフォームから連絡をした。事前にどう対応するべきかの情報を調べたうえで、事実を包み隠さず、「自分がファイルを保存した。仕事上必要なものだった」という趣旨での申し立てを行ったが、判定は覆らなかった。
Googleとのやり取りは、異議申し立てを却下する旨の簡潔な回答のみで、それ以上の説明はなかったそうだ。
アカウントが凍結されるまでの間に、該当しそうなフォルダをすべて削除するという対応もとったが、それでも状況は覆らなかった。異議申し立てを繰り返すとさらに厳しい措置がとられる可能性があるとも聞いていたため、深追いはせずに諦めざるを得なかったと明かす。
完全凍結後、糸杉氏はGoogleアカウントを新たに作り直したが、今のところ属人的にサービスから締め出されるようなことはなく、通常通り使えているという。
アカウントが使えなくなり最も厄介だったのは、認証コードをメール宛に送るタイプの二段階認証を設定していた各種サービスが使えなくなったことだと糸杉氏は語った。認証コードの送信先であるGmailアカウント自体にアクセスできないため、ログインのしようがない状態に陥ったのだ。
海外からの「弁護するよ」というDM
この一件がSNSで広まったあと、糸杉氏のもとには事件を知った海外の人々からの支援の申出が相次いだという。投げ銭で創作を応援したい、検閲に負けるなという声が世界中から届いたという。
ただし、糸杉氏はこうした支援の申し出は受けず、金銭を受け取ることもしなかった。「そういうのは違うと思うので」というのがその理由だ。返信自体していないものも多く残っているといい、「返事しろよという話ですけど、すみません、放置してあります」と苦笑する。
その他、アメリカの弁護士らしい人物からプロボノで弁護する旨の申し出があったり、カンパをするので戦ってほしいといった声も寄せられたそうだ。
ただ、糸杉氏としては、巨大テック企業と最後まで戦い抜くほど強気には出られないと慎重姿勢だ。
理由のひとつは、自分がアップロードしたファイルについて、正直なところ内容すべてを完全に把握できているわけではないからだという。昔から、インターネットで見かけて少しでも気になったものは、仕事の参考になるかもと資料として何でもクリッピングしてとりあえず保存してきた。どういう出所のどういう画像なのか、そのすべてを正確に把握しているか、記憶しているかといわれると、とても精査できるような量ではないという。
クラウドサービスの使い分けへ
この一件を機に、糸杉氏はデータの保存方法を大きく変えた。「完全に安全なもの」だけをGoogleドライブに置き、それ以外は現在、スイスのクラウドサービス「Proton Drive」を利用している。運営会社自身もユーザーのデータの中身を確認できないセキュリティ設計のサービスで、暗号化の分だけアップロード・ダウンロードには多少時間がかかるが安心感があるという。

さらに、自宅にNAS(ネットワーク接続ストレージ)を構築し、バックアップ手段を複数持つようにもした。ただ、アシスタントや編集者とのデータ共有の利便性などでは、Googleドライブに及ばないことも多く、機動性の面では劣ると感じているそうだ。それでも「クラウドサービスに頼り切らない」という選択肢を持てたことは大きいと話す。

データをアップロードする際は、あらかじめZIP形式に圧縮してからクラウドに上げるようにもなった。「ファイル名を分かりにくくするなど工夫はできるが、やりすぎると自分自身も管理できなくなる」というジレンマもあるという。
テック企業に望むこと
最後に、今後テック企業にどうあってほしいかを尋ねた。
「理想を言えば、放置してほしいですけど…」と糸杉氏は率直に語りつつも、
実際に被害に遭う子どもたちが存在する以上、対策そのものを否定するつもりはないと問題の難しさを語った。
実際、現在利用しているProton Driveのように、運営企業自身も中身を確認できない設計のサービスも存在する。
「ここから先は個人の領域だから触れないでほしい、という一定の自由を持たせてもらえないか」とは思うものの、そうした仕組みが悪用の温床になりうるという指摘も理解しており、「簡単に答えが出る問題ではない」と話す。
エロ漫画評論家として知られる稀見理都さんの研究などを例に挙げ、資料として集めた雑多なデータが、後年になって研究や歴史的価値を持つ可能性もあると指摘。「一律に『危険なもの』としてアーカイブから排除してしまうことは、文化にとって望ましくないのではないか」と締めくくった。