
【エッセイ】哀愁漂う青梅
これといった派手な思い出がないのに、印象に残っている旅行がある。
これは確か、まだ私が小学生だった数年前のことである。とある秋だったか冬。
昭和レトロが大好きな私のために、青梅の昭和レトロ館に連れて行ってくれることになった。
当日は曇天。
青梅に着いた途端に寒くなってきた。雨雲が見える。この日はなぜか家族のテンションも低かった気がする。
私たち家族は雨と寒さになんとなく気分を落とし、トボトボと歩き始めた。
昭和レトロ館に向かう途中、「あ、クレーン車。」と弟が指差す。
古ーいビルが取り壊されている途中で、なんだか陰っている。
ビルの一階の歯医者。
いろんな人の思い出が詰まっているはずだ。虫歯、親知らず、ウィーンという歯科器具の音──。
私はなぜ旅行に来てまで歯医者に思いを馳せているのだろう。
青梅が名物として売り出している猫たちの絵がなんとなく不気味に見えてくる。
しばらくはその猫をネタに話していたが、人が多くなって一列になった途端、皆、口数が減った。
「なんで日本の政治はこうなんだ!!クソが!!」
と、おばさんが叫びはじめた。
おばさんが創り上げた微妙な空気感は半径5mに伝染し、元々口数の少なかった私たちも、黙りこくっていた。
猫たちの目、曇天と寂しさのあるビル、そしておばさんの叫びで気分が落ち込んだ私たち家族はそのまま黙って歩いた。
昭和レトロ館に着くと、中は明るいオレンジ色の光に包まれている。あの哀愁が嘘のように消え、私たちは気分が良くなり、話が弾み始めた。思い出のおもちゃや昔の雑誌、レトロが大好きな私はワクワクしながら早口で捲し立てていた。
しばらく鑑賞したのちに目的地に向かおうとすると、
「雨が降っているので傘を忘れずにね」
と店員さんが声をかけてくださった。お客さん全員が雨を嘆いている。
歩いているううちにお腹が空いてきた。何か食べに行こうかという話になったが、どこも混んでいたのでとりあえずコンビニへ向かう。
「セブンイレブンなら地元でも行けるのに…。」とみんなが思ったはずだが、歩いて疲れ果てていたので誰もそんなことを言う気力はない。
コンビニを出て傘を差し、私たちは山へ向かった。山というより小さな丘にある鉄道公園である。
歩いて行くと猫だらけの町を抜け、ようやく近くの坂で見た本物の猫は私たちをしばらく見つめたのち、綺麗な家の中に入っていた。寒いから、私も家の中に入らせてほしい。
息を切らしながら鉄道公園に着き、しばらく鉄道を見ていると雨が止んでいた。
こんな旅行でもいいよな、と思って木のベンチに座った。例の雨によって湿っている。
…というのが私の青梅の思い出である。
一度、思い出の場所にうっかり青梅を答えてしまったことがあり、この哀愁の魅力を伝えられず変な空気になってしまった。晴れの日に行けば、印象が変わるだろうか。
もう一度行きたい。