
時短勤務をやめて、失ったのは時間じゃなかった。
時短勤務をやめて、フルタイムで働くようになった。
小さな子どもを育てながらのフルタイム勤務。子どもはイヤイヤ期に突入したばかり。
始める前は、仕事も家事も育児も、本当に回るんだろうかと思っていた。
でも、実際に始めてみると、ズボラが活かされ、意外と何とかなった。
とはいえ、毎日バタバタしているし、余裕があるわけではない。
朝起きて、子どもを起こして、ご飯を食べさせ、連絡帳を書いて、着替えさせて、仕事に行く。
ちなみに、わが家は基本的に夫が保育園の送り担当。
仕事が終われば保育園に迎えに行って、ご飯を食べて、お風呂に入って、寝る。そしてまた朝が来る。
そんな毎日を、それなりに回せている。
ただ、ふとした瞬間に寂しくなることがある。
それは、保育園からの帰り道。
時短勤務だった頃は、子どもと手をつないで歩いて帰っていた。
道端のものを見つけては立ち止まったり、階段を何度も何度も上り下りしたり、橋の上から川を泳ぐ魚を見たり。
「さかなさーん!」 「トラック、おおきいねえ!」
そんな声に足を止めながら、同じものを見て、同じ景色を共有する時間だった。
10分で帰れる道を、30分かけて帰っていた。
でも、あの頃はそれが当たり前だった。
今は違う。
保育園に迎えに行ったら、子どもを電動自転車の後ろに乗せて、とにかく家を目指す。
早く帰らなきゃ。
ご飯を作って、お風呂に入れて、明日の準備もしなきゃ。
頭の中は、帰ってからやることでいっぱいだ。
ただ、不思議なことに、家に帰り着く時間は、時短勤務だった頃とほとんど変わらない。
それなのに、何かが違う。
子どもと過ごす時間が、単純に短くなったわけじゃない。
一緒にいる時間の、密度が変わったんだと思う。
手をつないで歩いていた頃は、帰り道そのものが親子の時間だった。
今は、家に帰るための移動時間になっている。
別に、フルタイムに戻ったことを後悔しているわけじゃない。
働き方が変わって、よかったこともある。
今の生活だって、決して嫌いじゃない。
ただ、あの帰り道はよかったなあ、と今でもふと思う。
子どもと同じものを見て、同じものに気づいて、他愛もない話をしながら歩く。
あの何でもない時間が、私は好きだったんだなあ。
たまには、また歩いて帰りたい。
時間休を取って、少し早く迎えに行くのもいいな。
それとも金曜日くらいは、帰りが遅くなってもいいやと割り切って、歩いて帰ろうか。
夕飯が少しくらい遅くなったって、きっと何とかなる。
だって、フルタイム勤務だって、始めてみたら意外と何とかなったんだから。
毎日は難しくても、たまには。
早く帰ることより、一緒に帰ることを楽しむ日があってもいい。
時短勤務をやめて、失ったのは時間じゃなかった。
あの帰り道にあった、小さな余白だったのかもしれない。