
最近よく貯めている
若い頃は、増えたものがわりと分かりやすかった。
できること、知っていることが増えた。
お客さんが増えた。収入が増えた。付き合う人が増えた。
数字になったり、肩書きになったり、誰かに見せられたり。
増えたことが、わかりやすく外から見えた。
増えたら+ 減ったら- のこの世界
でも最近、
増えていくものが少し変わってきた。
人の話を、すぐに自分の正しさで切らないこと。
誰かの弱さを見たとき、簡単に答えを出さないこと。
自分とは違う生き方を、違うまま置いておけること。
そして、自分の中に嫌な感情が出てきても、
すぐに消そうとせず、
「私は何に反応したんだろう」と見られること。
どれも、残高には出ない。
心理を学ぶ前の私は、感情も、人間関係も、
起きたことをそのまま受け取っていた。
嫌なことをされた。だから腹が立った。
分かってもらえない。だから悲しい。
心理を学ぶ前から、過去と相手は変えられない、と思っていた。
起きたことは、起きたこと。
相手は、相手。そこをどうにかしようとは、あまり思っていなかった。
ただ、心理を学んで変わったことがある。
見方が増えた。
同じ出来事を、ひとつの場所からしか見ていなかったことに気づいた。
嫌なことをされた。腹が立った。ここまでは、今も変わらない。
でも、そこで終わらなくなった。
相手から見たら、何が起きていたんだろう。
私は、何をされたことより、何をされたと感じたんだろう。
なぜ、この出来事だけはこんなに引っかかるんだろう。
今の私が怒っているのか。昔の私まで、一緒に怒っているのか。
そして、相手を理解することと、相手を受け入れることは、
同じではないことも知った。
理解したうえで、嫌なものは嫌でいい。
事情が分かったからといって、
自分の痛みまでなかったことにしなくていい。
心理を学んで、正しい答えが増えたわけじゃない。
ひとつの出来事に対して、立てる場所が増えた。
正面からしか見えなかったものを、横からも見る。少し離れて見る。
相手の側からも見る。昔の自分からも見る。今の自分からも見る。
すると、出来事そのものは何も変わっていないのに、
自分の中に少し余白ができる。
過去は変わらない。相手も、私の都合では変わらない。
でも、私がひとつの見方に閉じ込められなくなった。
これが、心理を学んで私の中に増えたもののひとつ。
視座が高くなった。
増えたら+ 減ったら- のこの世界に、
人を思いやったからといって、思いやりが減るわけではない。
誰かを大切にしたから、次の人を大切にする分がなくなるわけでもない。
人を理解しようとした経験は、次に誰かと出会ったとき、また使える。
自分の感情やひとつ理解した経験も、
次に自分が揺れたとき、自分を連れ戻す力になる。
使ったのに、なくならない。むしろ、使ったぶんだけ、
自分の中に残っていくものがある。
最近、
私はこういうものを
よく貯めている。