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燻製の季節:ベーコン大好き(1)平野屋ベーコンの頃

    安い肉を美味しく食べる技法は様々にある。塩につけておいて抜いてチップで煙るのだ。ベーコンを素材から作ると、売っているベーコンは全く別物だと分かる。かつて、食肉加工業の免許をとり、本業としてベーコンを売っていた。昨年からまた始めた。勿論趣味としてである。

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    この記事は1997年当時にベーコンを作る会社を作った時のお話の一部です。

    その1(このお話)、その2、その3、その4

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    ベーコンは販売しておりません。小さなキャンプ用のスモーカーでも美味しいものが作れます。楽しいですよ。作ったら教えて下さい。火事には気をつけてね。かんたんなことでしたらアドバイス差し上げます。

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    もう20年近く前のことであるが、僕はベーコンを作って身を立てようとした。当初は趣味であった。

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    工場に勤めていた頃にべーコンの作り方を習って趣味でやっていた。キャンプ帖でベーコンを焼いたりしていたのである。結婚前のことである。

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    結婚後も社宅のベランダでスモーカーをモヤシたり大活躍であった。

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    こんな肉を買って皆ベーコンにしては友人に配布していた(笑)。

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    ヤハリ下ごしらえが大事である。

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    鉄工所が倒産後、父方の本家でソフト会社を始めたのだが、その事務所の奥には厨房があった。

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    厨房の奥に設置したスモーカーである。

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    いとこは社長だったのだが、なにか全国に売れるような高級なものを作りたいと言っていた。そこでベーコンを作ることにしたのだ。

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    ここで風乾をした。塩抜きをした肉を吊るして乾かすのである。

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    そこで食肉加工業の免許をってベーコンを作って売ることになったのである。

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    一週間塩つけして一晩抜いて、封緘して半日燻煙するのだ。最高のベーコンが出来たものだ。未だに当時の味を懐かしむ人もいる。

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    食肉加工業の免許はハードルが高かった。厨房の改造に400万円くらいかかったのを覚えている。新規事業の補助金をもらったが、ソフトの仕事からもつぎ込んだのである。

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    結局、ベーコン事業は軌道に乗らず、8年くらいで会社は廃業した。その後僕は国体の仕事を得て今の会社を作ったのである。

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    免許取る前の燻製メモ。1995年が初めての燻製であった。なんと25年も前のことである。

    めっも1

    めも3

    めも2

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    昨年、フレームを作ってまた始めた。今年も燻製を作ろうと思う。結構楽しいものだ。

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    2型糖尿病、検査値の異常は、食事に対する身体の当たり前の反応。生活習慣病という検査値の異常は将来の災厄の原因ではない。つつがなく人生を終わるには作るプロセスを大事にした食事こそ大事。 https://www.instagram.com/saito_masaya60/

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