
1975年の宿題をAIが48時間で片付けた話——エルデシュが残した「コイン分けの謎」

1975年のある日、ハンガリーの数学者パウル・エルデシュは論文の余白にさらりと書き残しました。「これはまだ誰も解いていないと思うのだが」と添え書きして。
それから半世紀。その問いは数学者の未解決問題リストにひっそりと収まり、誰に解かれるでもなく眠り続けていました。ところが2025年12月、人間とAIが手を組んでわずか48時間でその謎を解いてしまいます。数学界の大物テレンス・タオもその過程に加わり、「これは数学の進め方が変わる予兆かもしれない」とブログに書いています。
コインゲームで「問題の中身」を理解する
エルデシュの問いはシンプルなゲームで表現できます。
アリスとボブが向き合っています。アリスは100枚のコインを手にして、いくつかの山に分けます。たとえば「37枚・12枚・51枚」のように。次にボブの番で、山を左から順に見ながら「増えていく流れ」か「減っていく流れ」のどちらかを選び、その流れに乗る山のコインをまとめてもらいます。
「37→12→51」という並びなら、「37→51」は増えているので2山を選べば88枚を確保できます。一方、アリスが「34枚・33枚・33枚」とほぼ均等に分ければ、増える流れも減る流れも短くなってボブは不利になります。
エルデシュが問いかけたのはこういうことです。「山の数がいくつになっても、ボブは全体の何割を必ず確保できるか。その正確な割合を求めよ。」
直感で「山が多いほどボブに不利」とわかっても、「どのくらい不利になるか」を厳密に示す答えは、50年間誰も出せませんでした。
投稿されたその日に、世界中の数学者が動き出した
この問いは2025年9月12日、エルデシュ問題の公式サイトに「1026番」として登録されました。登録時の注記には「問題の意図がやや曖昧」という添え書きがありました。フィールズ賞受賞者のテレンス・タオが自身のブログで詳しく書いているように、問題の文言そのものを解釈し直すことから始まったのです。
投稿されたその日のうちに、オンラインコミュニティが一斉に反応しました。ある人が「確保できる割合c(n)として定義し直せばよい」と整理し、別の人が「n=3のとき答えは3分の2だ」と即座に計算し、さらに別の人が「nが増えるとc(n)はnの平方根に反比例しそうだ」と予測を絞り込みました。数時間のやりとりで問題の輪郭がみるみる鮮明になっていったのです。
その後、問題は約2ヶ月間、静寂に包まれます。
転機は12月7日——AIが証明を自律的に生成した
数学者ボリス・アレクシェフが「アリストテレス」というAIツールを使って、エルデシュ問題を系統的に調べていたところ、このツールが問題の核心部分を自律的に証明し、Lean(証明支援言語)で正しさが確認されました。タオはすぐにMastodonで発表し、同日自身のブログに詳しい解説を掲載しています。
証明のアイデアはシンプルで、既知の「エルデシュ=セケレシュ定理」を巧みに組み替える形でした。AIが見つけたのはいわば「既存の道具の意外な使い方」、人間が見落としていた組み合わせです。
翌日にはタオ自身が、Google DeepMindの「AlphaEvolve」を使って問題を深掘りします。AlphaEvolveはc(n)の値を次々と計算し、数列の中に美しい規則性を浮かび上がらせました。タオがその数列の並びを整理し直したところ、新たな予想が形になります。別の数学者がその予想を定式化し、またある数学者がAIの文献検索ツールで2024年発表の論文を発見して最後のピースが埋まりました。
問題の解決に必要なピースは複数あり、それが48時間で揃いました。タオは「人間だけで取り組んでいたら数週間、あるいは数ヶ月かかっていただろう」と述べています。
「AIが解いた」のではなく「AIと一緒に解いた」
問題を解釈し直したのも人間、パターンを読み解いたのも人間、論文を掘り当てたのも人間でした。AIはその間に、人間には荷の重い「大量の数値計算」と「証明の厳密な自動検証」を引き受けました。
タオはこのプロセスについて、「AIがもたらしたのは単なる文献検索ではなく、新しい数学的な洞察そのものだった」と強調しています。
「AIが数学者の仕事を奪う」のではなく、「AIが数学者の手の届かないところを補う」——そういう関係性が、この48時間には凝縮されていました。
エルデシュが旅した道を、AIが走り始めた
エルデシュはその生涯で1500本以上の論文を書き、世界中を旅しながら数学者たちと次々と共同研究を行いました。彼の信念は「ひとりでは解けなくても、集まれば解ける」ことにありました。
今回の出来事は、そのエルデシュ精神をデジタル空間とAIを介して受け継いでいるように見えます。問題がウェブに公開され、世界中の人々がリアルタイムで議論に加わり、AIがその場で計算と証明を担う。「分散型の数学」が、今まさに形になりつつあります。
50年間誰も解けなかった問いが48時間で片付いた——それは単なる速度の話ではなく、数学という営みの「形」が変わり始めているサインかもしれません。あのエルデシュも、現代のAIツールを見たらきっと驚くでしょう。そしておそらく、また新しい問いを余白に書き残すのではないかと思います。
参考記事
〇Mathematical AI helps researchers crack 50-year-old problem(2025年12月)
〇The story of Erdős problem #1026 (2025年12月8日)
〇Terence Tao Astonished: AI and Global Netizens Fill Math "Pit" Dug in 1975 in Just 48 Hours(2025年12月15日)
〇AI just solved an 80-year-old 'Erdős problem,' and mathematicians are amazed(2025年5月)
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