
モザイクを避けたら、あっち向いた鬼
背中フェチらしい。
──うしろに立たれるのは、嫌なのに。
見つかる前に。
美容院の最後の、あれが苦手。
「うしろはこんな感じです」
「ああ、どうも」
と鏡越しにうなずく。
でも、ほとんど見ていない。
録音された声とおなじ。
自分のことだからといって、全部知らなくてもいい。
背中側に人がいると落ち着かない。
助手席でも、お葬式でも。

そのくせ、人の背中は追いかけてしまう。
最初は、顔にモザイクをかけるのが面倒だったから。
性格が悪い。
──そういえば、
「だるまさんがころんだ」が好きだった。
鬼があっちを向いているあいだだけ、好き勝手できる。
だから、見つかる前にちょっとだけ。
もし振り返られたら。
──たぶん、すごく気まずい。
01|鼻歌は別会場で

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「子ども何歳になった?」
と聞かれる。
別に一言も、子どもの話なんてしていない。
スーパーで、茄子の値段を見ているときとか、
バスに揺られているときとか。

(Vienna)
今住んでいる国は、人との距離が近い。
このくらいの年齢なら、たぶんそのへんの話でしょう、と。
助走もなく。

(Drottningholm)
「兄弟の子どもと、あなたの子どもどっちが賢い?」
──(いや、いないんだけど)
孫とのテレビ電話に参加させられたりする。
気まずさを、きれいな包装紙で包んで、丁寧に渡されるよりずっといい。

(Oahu)
前に、インターナショナル病院でインド人の女医にあたった。
三歳になる娘の話をしていて、
流れで「あなたは?」と聞いてきた。
いない、と答えると、
──“Enjoy life.” と、言う。
「塩とって」
くらいの気軽さで。

(Stockholm)
子どもの昔の動画を見せながら微笑んでいる。
どうやら、あのツボは経験者限定らしい。

(Singapore)
「私も子どもがいなかったら、もっと旅行してたし、言語もできたかも」と言われたことがある。

(Beijing)
スーパーで試食のウインナーをもらったときみたいな気分になる。ありがたいし、美味しい。
でも、喉が渇く。

(Stockholm)
──締切に間に合わなかったのか、
そもそも別会場だったのか。
よくわからないけど、茹でたパスタに粉チーズをかけて、まあ悪くないと思っている。

(Salzburg)
朝から、床を張り替える業者さんが来ている。
鼻歌を歌いながら、板を剥がしてくれている。
その人の電話が鳴り、
電話口の向こうで、幼い声がした。

(Helsinki)
「帰ったらしてやるからな」
声が、家の中の声になった。
ああいう声は、ドラマの名場面ではなく、
火曜日の午前に使われている。

(Shanghai)
電話を切ると、その人はまた、サビしかない鼻歌を歌い始めた。
ピカピカになっていく床と、
五月の日差しと、
午前のままの部屋。
そういうものを、ちゃんと嬉しいと思っている。
02|埃と、あの三日月

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家で映画を流している。
画面の中のブダペストのホテルは、今夜も大忙し。
人が走り回り、恋は甘く、誰かは遺産を狙っている。

(Tashkent)
食卓には夫が作ってくれたローストビーフと赤ワイン。
映画が面白くて、手をつけないままになっている。
ふと目を上げる。
照明の根元に埃が見えた。
結構な大きさだった。

(Stockholm)
うちはわりと掃除をする。
花も飾って、好きな色を並べて、いらないものもずいぶん捨てた。
なのに、なかなか立派な埃。
急に現れたみたいに見えるけれど、たぶん違う。

(Porvoo)
窓の外には三日月。
氷みたいな夜空に、まつ毛のように細くかかっている。
月はいつも、気づくとそこにいる。
見つけるたび、得をした気分になる。
埃も三日月も、
「今来ました」という顔をしているけど、
だいたい前からいる。

(Tallinn)
よく通っていたレストランがなくなっていた。
そこには若い店員さんがいて、私たちの顔を見るなり、
「白ビール!」と奥に声を飛ばした。
名前は知らない。
でも、私たちはお互いに白ビールの人だった。
それが、留守をしている間に、
まったく別の店になっていた。

(Barcelona)
看板も違う。
店の中も違う。
もちろん、その人もいない。
聞けば、一か月前には閉店していたらしい。

(Stockholm)
なんで教えてくれなかったの、と一瞬思う。
でも、誰にだろう。
少し考えてやめた。
今でもその前を通ると、
白ビール!と叫ばれそうな気がする。

(Shaoxing)
なくなるのは、店だけじゃない。
南スペインにいたとある冬の朝、私は近しい人の死を知った。
街は、陽に焼けた壁の色をしていた。
オレンジの実が落ち、犬が眠っていた。
その人のいない世界は、とっくに始まっていたのに。

(Cordoba)
──死角って、やさしい。
気づく頃には、
もう怒る相手も見つからない。

(Venice)
映画はまだ続いている。
三日月は窓の外にいて、
埃も照明のところにいる。
ローストビーフも、まだそのまま。

(Vienna)
今も誰かが、知る数秒前にいる気がする。
私も、先に食べておこうと思う。
03|狐の嫁入りに五万円

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東京でカフェに入った。
隣の席で、女性が恋バナをしている。
ただの雑談かと思ったのだけど、途中からふわふわし始める。
「飛行機に乗ると、必ずトラブルに巻き込まれるんです」
「それは前世ね。ゼロ戦に乗ってたから」
──ああ、占いか。

(Estonia)
女性は結婚したいらしかった。
相手が二人いて、決められない。
占い師が、さくさくと物語を組み立てていく。
「こっちの人とは魂で繋がってるわ」
「亡くなったおじいさまがサインをくれてるわ」
「その真珠のピアス、お向かいに住んでる人の念を拾ってる」

(Bukhara)
ちょうどその時、お天気雨が降ってきた。
占い師は言う。
「ほら、狐の嫁入りっていうでしょう?
流れが来てるのよ」
──すごい。
おじいさまとお向かいさん、それに前世と狐まで集まった。

(Alberobello)
女性は、泣きそうな顔で頷き、
五万円を払って席を立った。
隣で聞いている分には、ええ……と思う。

(Siem Reap)
でも、五万円で物語を買いたい日も、
たぶんある。
「あなたは特別よ」とか。

(Visby)
飛行機の遅延もサインになり、
ピアスはお向かいさんつきになる。
おかげで私は、お天気雨の日になると、狐を連れて飛行機に乗るあのお姉さんが頭に浮かぶ。
なんだか、負けた気がする。

(Guizhou)
夫は、前世や魂などまるで興味がない。
でも、花や鳥には、あっさり心を動かされる。
母は、虹の橋があると思っている。

(Milan)
ただの“バッタリ”は運命になり、
雨は、祝福にも涙にもなる。
忙しい。
でも、ロマンがあって嫌いじゃない。

(Granada)
今日、お天気雨が降っていた。
あのお姉さんに、いい知らせが届いているといい。

(Xi'an)
──さて。
今ごろ私も、
誰かの物語に登場させられているかもしれない。
できれば、黒幕じゃないほうで。
04|トマトを齧り、北を向く

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「最近、髪にツヤがなくなっちゃって」
「最近、引きこもりで」
どう見ても、そうは見えない。
それでも本人は、それなりに悩んでいるっぽい。

(Porvoo)
たまに、嫌味なのかなと思うことがある。
でも、本題はだいたい別のところにある。

(Vienna)
人生をずっとレ・ミゼラブルとして上演している人がいる。
毎週なにかを失い、季節ごとに人生が終わる。
なのに翌週には、普通にランチを食べている。

(Beijing)
私にもある。
一番細かった頃より3kg増えたことを、気にしている。
病気でも、
別れでも、
革命でもなく、
たった3kg。

(Hong Kong)
3kgの話だけでもない。
前なら平気だったこととか。
戻らないものとか。
本当は、別のところが引っかかっている。

(Helsinki)
──最近の私は、トマトと北枕。
大のトマト嫌いだったのに、最近は毎日のように食べている。
罪悪感対策でもあり、
体にいいと言われたからでもあり。

(Salzburg)
そしてこの頃、北枕で寝ている。
深夜のひとり妄想を止めたくて、シーツを替え、パジャマを替え、最後には方角を疑い始めた。

(Stockholm)
──南。東。西。北。
最後にとっておいた北向きにしたら、驚くほどよく眠れた。
以来、ずっと北を向いて寝ている。
朝起きるたび、やっぱり北だったか、と思う。
それだけで、勝った気がする。

(Burano)
トマトとか、北枕とか。
みんなそれぞれ勝手な方法で整えている。
だから、人の演目をあまり笑わないことにしている。
ときどき、笑ってしまうけど。

(Wuyuan)
本題は今日も、照れて出てこない。
05|サイコロは、たぶん嘘

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とある寒空の夕方。
夫と予定がずれて、
私はマドリードにひとりでいた。
手持ち無沙汰だったから、
ティーサロンに入って、エクレアを頼んだ。

(Vienna)
甘いものが好きじゃなくても、
テーブルに、砂糖が必要な午後はある。
あと、
「ひとりでも別に平気です」
みたいな顔をしていたかった。

(Matera)
うちは甘いもの担当は夫で、
スイーツはだいたい彼の前にスライドされる。
その日の朝まで、
甘い何かが出てくると、
当たり前みたいに「いる?」と聞いていたのに。

(Vienna)
──ひとくち食べる。
甘い。甘すぎる。
反射みたいに皿をスライドしかけて、
あ、いないんだった。

(Venice)
エクレアは、“半分コ”するためのお菓子みたいだった。
結局、半分残してしまった。

(Bukhara)
申し訳ないのでコーヒーをおかわりし、半分残ったエクレアを「最初からこういうオブジェでした」みたいにして店を出た。
誰にも叱られない小さな敗北を、
大人はたくさん持っている。

(Vienna)
──大学時代、仲のいい友人がいた。
芝居ばかりしていて、
毎日のように会っていた。
夜道の自販機の明るさとか、
ゼミのレジュメと稽古着が、同じ鞄の中でしわくちゃになっていることとか。
そういうものまで共有していたのに、卒業すると、「また今度ね」のまま、平気で何年も経ってしまう。

(Chiang Mai)
ある夜、
その子から電話があった。
「今日でも、また今度でもいいんだけど、会わない?」
会えば絶対笑うんだろうけど、遅い時間だったし、お互い、今日はもういいかという空気があった。

(Granada)
すると彼女が言った。
──「今たまたまサイコロ持ってるの。
偶数なら会う。奇数ならまた今度!」

(Urumqi)
少し間があって、彼女が喋り出す。
「“1”だって。奇数。
今日は会うなってことだわ」
その日は会わなかった。

(Madrid)
──それが最後だった。

(Hallstatt)
何かあると、すぐ探偵みたいになる。
「あのとき元気がなかった」とか、
「鳥がやたら集まっていた」とか。
結末を知ると、
昨日まで普通だったものまで、意味ありげになる。

(Granada)
あの夜会っていたら、とか。
偶数が出ていたら、とか。

(Tallinn)
でも、あの子は普通に眠くて、
私も着替えるのが面倒だった。
1が出て、会わなかった。

(Samarkand)
それに今思うとあの子、
サイコロなんて持っていなかった気がする。
そういうことをする子だった。
06|殺されない朝のベテラン

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週末になると、
マンションの下の食堂“Jamaica Blue”へ行く。
何棟ものマンションが並ぶ敷地の一角にある、住民たちのたまり場みたいなお店。
名前のわりにジャマイカ感はないし、青くもない。
街の景色はずいぶん変わったけれど、
その店はずっとそこにある。

(Wuzhen)
決まった時間になると、
西洋人のおじさんが、一人でやって来る。
あまり目が見えていない。
前は、もう少し見えていた気がするけど、
今では杖で段差を探しながら、ゆっくり歩いてくる。

(Burano)
おじさんはいつもの席に座る。
いつものパソコンを開き、いつもの声で注文する。
店員も、いつもの声で返事をする。
犬たちまで、
「その席、空けてあります」という顔をしている。

(Vienna)
気づけば、おじさん込みでJamaica Blueみたいになっている。
彼を見るたび、「あなたもまだいるのね」と思う。
向こうも、私を見て「いつもの人」と思っているかもしれない。

(Firenze)
あのおじさんを見ていると、いつも思い出す。
ノーベル賞作家が、こんなことを書いていた。
ロックスターになりたかったし、
映画監督にもなりたかった。
でも、人生は思ったより短かった。

(Tashkent)
一つしか選べないと思ったとき、
書くことがあてがわれていた。
「燃えるような恋ではなく、
お見合い結婚みたいなものだった」と。

(Siem Reap)
立派な成果を残すと、
最初からそこに座る人だったと言われる。
本人は、「たまたま空いていただけなんだけど」くらいに思っているかもしれないのに。

(Sevilla)
──そういえば、今朝ひとつ判断をした。
午前七時。
パソコンの隅に、小さな蜘蛛がいた。
殺さずにおいた。

(Samarkand)
“夜の蜘蛛は、親に似てても殺せ。
朝の蜘蛛は、敵の顔でも殺すな。”

(Venice)
顔なんて付いていたら、どれだけ気味が悪いかと思うけど、蜘蛛にとっても、朝の持ち場というのはややこしい。
殺されはしないけど、
“敵顔設定”はされている。

(Chiang Mai)
朝番の蜘蛛は、
たぶん、いつもどおり出勤しただけだった。

(Helsinki)
みんなそれぞれの持ち場のベテランになっていく。
Jamaica Blueのおじさんも、
ノーベル賞作家も、
朝の蜘蛛も。
もしかしたら、私も。
気づいたら今日も、そこへ向かっている。
選んだような、選ばされたような顔をして。
07|六月と十一月の人たち

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美術館ほど、人の背中をじろじろ見ても許される場所を、あまり知らない。
クロークに荷物を預けると、みんな身軽になる。
コートとか、傘とか、
帰る家の匂いとかも一旦どこかに置いて。

(Leopold Museum)
──そうして残るのは、ただの背中。
この街で暮らしている人かもしれないし、
どこかの空港から流れ着いた人かもしれない。

(Palazzo di Brera)
二人で来ている人もいる。
さっきまで、一緒に笑っていたのに、
絵の前に立つと、よそよそしくなる。
同じ絵を見ていても、数十センチ横で、別の季節を見ているみたいに。
──春と秋とか。
──六月と十一月とか。

(Vienna Secession)
絵を観ながら、絵の中のこの人は今から恋人を振りに行くのだろうか、とか、この犬は絶対に性格が悪い、とか。
それより夕飯はどうしようか、とか。

(Kunsthistorisches Museum)
そして、いつのまにか、絵よりも背中ばかり追いかけている。
靴の減り方とか、連れとの距離感とか、
今朝の喧嘩をまだ引きずっているのかも、とか。

(Uffizi)
もっと若い頃、
美術館に行くと、
帰るたびに変なものを持ち帰った。
急にスペイン語を勉強したくなったり。
意味もなく真っ赤な口紅を買ったり。

(Leopold Museum)
今は、せいぜい丸ふちのメガネをかけたくなるくらい。
だいたい、その日のうちに飽きる。

(Uffizi)
それにしても、どの人も決まって、
「芸術とは──」
みたいな顔で立っている。

(Belvedere)
夫も、そう。
顎に手をやって、「芸術とは」の顔をしている。
でもあとで話すと、見ていたものが驚くほど違う。

(Minsheng Museum)
美術館には、交わらない人生がうろうろしている。
いろんな場所から来た人たちが、たまたま同じ絵の前で立ち止まる。

(Fotografiska)
私は絵を見ている人を、見ている。
人間のほうが、目が離せない。

(Leopold Museum)
夫も。
エゴン・シーレも。
もう少し若かった頃の私も。
ずいぶん、わかったような顔をしている。
08|媚びないひとが、いちばん甘い

┈┈୨୧┈┈
愛想のない人が好き。
正確に言うと、
その先が気になる。
誰にも見せていない趣味とか。
変なこだわりとか。
ひとりで上機嫌になっている時間とか。

(Matera)
ミラノのお菓子屋の太っちょのおばさんは、聞いたことにしか答えない。
「どれがオススメですか?」と聞いても、
「まあね」くらいの顔をする。
でも、ショーケースのケーキだけは異様に綺麗に並べている。
そこだけは譲れないらしい。

(Hallstatt)
ウィーンのトラムでは、運賃支払いの機械の前でもたついていたら、真緑のマニキュアのおばさまが、
「そんなの、タダで乗っちゃえばいいのよ」と言う。
たぶん駄目だと思う。

(Stockholm)
北京でもよくいる。
客が並んでいても猫を撫でるのが先なおじさんとか、レジより縫い物を優先するおばさんとか。
そういう人に限って、半径三メートルには妙に甘い。

(Beijing)
私はまだ、一応ちゃんとしておこうと思っている。
返事をするとか、予定を入れるとか。
決まった日に律儀に贈り物やお供えを用意するとか。そういうやつ。

(Chiang Mai)
それにまだ、ちゃんと俗っぽい。
写真を撮る前に、コップを動かしたり。
「せっかくだし」にも、ちゃんと負ける。
褒められたら、やっぱり嬉しい。

(Vienna)
でも、最近、荷物は減った。
遠出でも、機内持ち込みのスーツケースひとつ。
予備は、だいぶ置いていくようになった。

(Salzburg)
でも現地に着くと、「せっかくだし」が始まる。
あの市場も。
あの教会も。
昨日とはちがう喫茶店にも入りたい。

(Sevilla)
本当は、一週間ずっと同じカフェに通って、同じ席で、同じコーヒーを飲んで、本だけ読んで帰るような旅をしてみたいのだけど。
でも、三日目くらいには、「せっかくだし」が勝ってしまう。

(New Caledonia)
愛想のない顔で、ピンクの靴を履いてたり。
無口な人が、帰り際だけ「またね」と笑ったり。
ああいうのは、本人も気づいていない。
だから、かなわない。

(Salzburg)
私は、愛想がないことだけは、クリアしているんだけど。
……そこだけは、わりと昔から。

(Milan)
09|思い出ガチャ

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「あの世に持っていけるのは思い出だけだから」ですって。
へぇ、と相槌を打った。
信じてないけど。

(Stockholm)
人も動物も、死の前に記憶を呼び起こすらしい。
いわゆる走馬灯というあれ。
科学的にそうらしいので、それはすこし気になる。
最後に、なにを見せられるのだろう。

(Turpan)
いや、何が出てくるかは人それぞれらしい。
なんだ。
最後までガチャなのか。

(Udon Thani)
結婚式の帰り道のこと。
酔っ払ったサラリーマンが自転車をなぎ倒した。
漫画みたいに自転車がドミノ倒しになり、
男は、「お前、ぜんぶ直しとけよ」と言った。

なんでもない木曜日は何千日もある。
(Drottningholm)
なぜ私が直すのだ。
ウェディングドレスより、自転車ドミノのほうを覚えている。
ただ、
本当に三十台も倒れたのかは怪しい。

(Vienna)
去年、亡くなった祖母の財布をもらった。
いい財布だった。
小銭入れの中に、小指の先ほどのカエルが入っていた。
金運のお守りらしい。

(Uzbekistan)
最近、目が二つとも取れてしまった。
接着剤でつけようと思ったけれど、まだ目なしのまま。
財布のほうがずっと立派なのに、祖母を思い出す時、なぜかそのカエルが出てくる。

(Gotland)
走馬灯の前で、
「それでは、どの思い出を流しますか」と言われたら──
もたもたしているうちに、
係員がガチャガチャを差し出してくる気がする。

(Vienna)
しぶしぶ回す。
ころん。
出てくるのは、たぶん薔薇色系ではない。
ドミノ倒しとか、目なしカエルとか、そのへんだと思う。

(Helsinki)
そしたら、
「やっぱりお前か」と言いそう。
カエルも、
「だから申し上げたでしょう」
という顔をするかもしれない。

(Milan)
ばれないうちに。
自分の背中って、一生で何回見るんだろう。
もしどこかで、誰かのカメラに写り込むことがあるなら、
「あの背中、ご機嫌そうだこと」
くらいには思われたい。

(Vienna)
……いや、やっぱり気まずいか。
この前、美術館のエレベーターに乗った。
ドアが閉まる──
やられた。

(Stockholm)
──どうやら、お遊びはここまで。