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モザイクを避けたら、あっち向いた鬼

    背中フェチらしい。


    ──うしろに立たれるのは、嫌なのに。


    見つかる前に。

    美容院の最後の、あれが苦手。
    「うしろはこんな感じです」

    「ああ、どうも」
    と鏡越しにうなずく。
    でも、ほとんど見ていない。

    録音された声とおなじ。
    自分のことだからといって、全部知らなくてもいい。

    背中側に人がいると落ち着かない。
    助手席でも、お葬式でも。

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    そのくせ、人の背中は追いかけてしまう。
    最初は、顔にモザイクをかけるのが面倒だったから。
    性格が悪い。


    ──そういえば、
    「だるまさんがころんだ」が好きだった。

    鬼があっちを向いているあいだだけ、好き勝手できる。
    だから、見つかる前にちょっとだけ。

    もし振り返られたら。


    ──たぶん、すごく気まずい。



    01|鼻歌は別会場で


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    「子ども何歳になった?」
    と聞かれる。

    別に一言も、子どもの話なんてしていない。

    スーパーで、茄子の値段を見ているときとか、
    バスに揺られているときとか。

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    ▲ 今日は背中を向いていてね。
    (Vienna)


    今住んでいる国は、人との距離が近い。
    このくらいの年齢なら、たぶんそのへんの話でしょう、と。
    助走もなく。


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    ▲ 隠しごとができない近さ。
    (Drottningholm)


    「兄弟の子どもと、あなたの子どもどっちが賢い?」

    ──(いや、いないんだけど)

    孫とのテレビ電話に参加させられたりする。
    気まずさを、きれいな包装紙で包んで、丁寧に渡されるよりずっといい。

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    ▲ 天真爛漫に、勝てた試しがない。
    (Oahu)


    前に、インターナショナル病院でインド人の女医にあたった。

    三歳になる娘の話をしていて、
    流れで「あなたは?」と聞いてきた。

    いない、と答えると、

    ──“Enjoy life.” と、言う。

    「塩とって」
    くらいの気軽さで。

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    ▲ 雑な励ましは、呪文性がある。
    (Stockholm)


    子どもの昔の動画を見せながら微笑んでいる。
    どうやら、あのツボは経験者限定らしい。

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    ▲ どの玄関にも、別の朝ごはん。
    (Singapore)


    「私も子どもがいなかったら、もっと旅行してたし、言語もできたかも」と言われたことがある。

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    ▲ 隣コースに、隣の話題。
    (Beijing)



    スーパーで試食のウインナーをもらったときみたいな気分になる。ありがたいし、美味しい。
    でも、喉が渇く。


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    ▲ ベビーカー、待機中。
    (Stockholm)


    ──締切に間に合わなかったのか、
    そもそも別会場だったのか。

    よくわからないけど、茹でたパスタに粉チーズをかけて、まあ悪くないと思っている。


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    ▲ まだ赤も、似合う気がする。
    (Salzburg)


    朝から、床を張り替える業者さんが来ている。
    鼻歌を歌いながら、板を剥がしてくれている。

    その人の電話が鳴り、
    電話口の向こうで、幼い声がした。


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    ▲ 「そのうち」が、口ぐせになった。
    (Helsinki)


    「帰ったらしてやるからな」

    声が、家の中の声になった。

    ああいう声は、ドラマの名場面ではなく、
    火曜日の午前に使われている。

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    ▲ 人の季節は早送り。
    (Shanghai)


    電話を切ると、その人はまた、サビしかない鼻歌を歌い始めた。

    ピカピカになっていく床と、
    五月の日差しと、
    午前のままの部屋。

    そういうものを、ちゃんと嬉しいと思っている。



    02|埃と、あの三日月


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    家で映画を流している。

    画面の中のブダペストのホテルは、今夜も大忙し。
    人が走り回り、恋は甘く、誰かは遺産を狙っている。

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    ▲ この日常が終わる日なんて来ないかのように。
    (Tashkent)


    食卓には夫が作ってくれたローストビーフと赤ワイン。
    映画が面白くて、手をつけないままになっている。

    ふと目を上げる。
    照明の根元に埃が見えた。
    結構な大きさだった。

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    ▲ あれ、こんな色あったっけ。
    (Stockholm)


    うちはわりと掃除をする。
    花も飾って、好きな色を並べて、いらないものもずいぶん捨てた。

    なのに、なかなか立派な埃。
    急に現れたみたいに見えるけれど、たぶん違う。

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    ▲ きっとずっと前からいた。
    (Porvoo)


    窓の外には三日月。
    氷みたいな夜空に、まつ毛のように細くかかっている。

    月はいつも、気づくとそこにいる。
    見つけるたび、得をした気分になる。

    埃も三日月も、
    「今来ました」という顔をしているけど、
    だいたい前からいる。

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    ▲ いつも遅れて知る。
    (Tallinn)


    よく通っていたレストランがなくなっていた。

    そこには若い店員さんがいて、私たちの顔を見るなり、
    「白ビール!」と奥に声を飛ばした。

    名前は知らない。
    でも、私たちはお互いに白ビールの人だった。

    それが、留守をしている間に、
    まったく別の店になっていた。


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    ▲ 最後の一皿は、あとから最後になる。
    (Barcelona)


    看板も違う。
    店の中も違う。
    もちろん、その人もいない。

    聞けば、一か月前には閉店していたらしい。

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    ▲ 知ったのは今日だったけど。
    (Stockholm)


    なんで教えてくれなかったの、と一瞬思う。

    でも、誰にだろう。
    少し考えてやめた。

    今でもその前を通ると、
    白ビール!と叫ばれそうな気がする。

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    ▲ 場所には、声が残る。
    (Shaoxing)


    なくなるのは、店だけじゃない。
    南スペインにいたとある冬の朝、私は近しい人の死を知った。

    街は、陽に焼けた壁の色をしていた。
    オレンジの実が落ち、犬が眠っていた。
    その人のいない世界は、とっくに始まっていたのに。

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    ▲ 傘は、あとから開く。
    (Cordoba)


    ──死角って、やさしい。

    気づく頃には、
    もう怒る相手も見つからない。

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    ▲ 角を曲がると、続きがありそうなのに。
    (Venice)


    映画はまだ続いている。

    三日月は窓の外にいて、
    埃も照明のところにいる。
    ローストビーフも、まだそのまま。

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    ▲ グラスの向こうは、まだ知らない。
    (Vienna)


    今も誰かが、知る数秒前にいる気がする。
    私も、先に食べておこうと思う。



    03|狐の嫁入りに五万円


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    東京でカフェに入った。

    隣の席で、女性が恋バナをしている。
    ただの雑談かと思ったのだけど、途中からふわふわし始める。

    「飛行機に乗ると、必ずトラブルに巻き込まれるんです」
    「それは前世ね。ゼロ戦に乗ってたから」

    ──ああ、占いか。

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    ▲ 神託より先に、コーヒーが冷める。
    (Estonia)


    女性は結婚したいらしかった。
    相手が二人いて、決められない。

    占い師が、さくさくと物語を組み立てていく。

    「こっちの人とは魂で繋がってるわ」
    「亡くなったおじいさまがサインをくれてるわ」
    「その真珠のピアス、お向かいに住んでる人の念を拾ってる」

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    ▲ とうもろこし売りと預言者のあいだ。
    (Bukhara)


    ちょうどその時、お天気雨が降ってきた。

    占い師は言う。
    「ほら、狐の嫁入りっていうでしょう? 
    流れが来てるのよ」

    ──すごい。

    おじいさまとお向かいさん、それに前世と狐まで集まった。

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    ▲ その気になれば伏線だらけ。
    (Alberobello)


    女性は、泣きそうな顔で頷き、
    五万円を払って席を立った。

    隣で聞いている分には、ええ……と思う。

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    ▲ どこの神様も多忙。
    (Siem Reap)


    でも、五万円で物語を買いたい日も、
    たぶんある。

    「あなたは特別よ」とか。

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    ▲ 「もうすぐ動くわ」とか。
    (Visby)


    飛行機の遅延もサインになり、
    ピアスはお向かいさんつきになる。

    おかげで私は、お天気雨の日になると、狐を連れて飛行機に乗るあのお姉さんが頭に浮かぶ。
    なんだか、負けた気がする。


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    ▲ 狐の披露宴、終わったかしら。
    (Guizhou)


    夫は、前世や魂などまるで興味がない。
    でも、花や鳥には、あっさり心を動かされる。
    母は、虹の橋があると思っている。

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    ▲ 信じるという初期スペック。
    (Milan)


    ただの“バッタリ”は運命になり、
    雨は、祝福にも涙にもなる。

    忙しい。
    でも、ロマンがあって嫌いじゃない。

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    ▲ 偶然にしては赤い。
    (Granada)


    今日、お天気雨が降っていた。
    あのお姉さんに、いい知らせが届いているといい。

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    ▲ 応援団は、多いほど心強い。
    (Xi'an)


    ──さて。

    今ごろ私も、
    誰かの物語に登場させられているかもしれない。
    できれば、黒幕じゃないほうで。



    04|トマトを齧り、北を向く


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    「最近、髪にツヤがなくなっちゃって」
    「最近、引きこもりで」

    どう見ても、そうは見えない。
    それでも本人は、それなりに悩んでいるっぽい。

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    ▲ 本題は、照れて出てこない。
    (Porvoo)


    たまに、嫌味なのかなと思うことがある。
    でも、本題はだいたい別のところにある。

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    ▲ ラスボスは別にいる。
    (Vienna)


    人生をずっとレ・ミゼラブルとして上演している人がいる。
    毎週なにかを失い、季節ごとに人生が終わる。
    なのに翌週には、普通にランチを食べている。

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    ▲ そういう星なのよと、言いながら。
    (Beijing)


    私にもある。

    一番細かった頃より3kg増えたことを、気にしている。

    病気でも、
    別れでも、
    革命でもなく、
    たった3kg。

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    ▲ 一匹だけ、納得していない。
    (Hong Kong)


    3kgの話だけでもない。

    前なら平気だったこととか。
    戻らないものとか。
    本当は、別のところが引っかかっている。

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    ▲ よく喋るのは前座だけ。
    (Helsinki)


    ──最近の私は、トマトと北枕。

    大のトマト嫌いだったのに、最近は毎日のように食べている。
    罪悪感対策でもあり、
    体にいいと言われたからでもあり。

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    ▲ それぞれの整え方。
    (Salzburg)


    そしてこの頃、北枕で寝ている。

    深夜のひとり妄想を止めたくて、シーツを替え、パジャマを替え、最後には方角を疑い始めた。


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    ▲ こっちかもしれない。
    (Stockholm)


    ──南。東。西。北。

    最後にとっておいた北向きにしたら、驚くほどよく眠れた。
    以来、ずっと北を向いて寝ている。

    朝起きるたび、やっぱり北だったか、と思う。
    それだけで、勝った気がする。

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    ▲ 小さな勝利は、結構効く。
    (Burano)


    トマトとか、北枕とか。
    みんなそれぞれ勝手な方法で整えている。

    だから、人の演目をあまり笑わないことにしている。
    ときどき、笑ってしまうけど。

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    ▲ 干してる人がいたり。
    (Wuyuan)


    本題は今日も、照れて出てこない。



    05|サイコロは、たぶん嘘


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    とある寒空の夕方。

    夫と予定がずれて、
    私はマドリードにひとりでいた。

    手持ち無沙汰だったから、
    ティーサロンに入って、エクレアを頼んだ。

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    ▲ 会話の続きが、席を外す。
    (Vienna)


    甘いものが好きじゃなくても、
    テーブルに、砂糖が必要な午後はある。

    あと、
    「ひとりでも別に平気です」
    みたいな顔をしていたかった。

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    ▲ 戻ってくるまで、景色と相席。
    (Matera)


    うちは甘いもの担当は夫で、
    スイーツはだいたい彼の前にスライドされる。

    その日の朝まで、
    甘い何かが出てくると、
    当たり前みたいに「いる?」と聞いていたのに。

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    ▲ 一人だと当たり前が狂う。
    (Vienna)


    ──
    ひとくち食べる。

    甘い。甘すぎる。

    反射みたいに皿をスライドしかけて、
    あ、いないんだった。

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    ▲ 「いる?」が言えないから、一人。
    (Venice)


    エクレアは、“半分コ”するためのお菓子みたいだった。
    結局、半分残してしまった。

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    ▲ 大きさが合わない。
    (Bukhara)


    申し訳ないのでコーヒーをおかわりし、半分残ったエクレアを「最初からこういうオブジェでした」みたいにして店を出た。

    誰にも叱られない小さな敗北を、
    大人はたくさん持っている。

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    ▲ 三人寄れば、だいたい言い訳。
    (Vienna)


    ──大学時代、仲のいい友人がいた。

    芝居ばかりしていて、
    毎日のように会っていた。

    夜道の自販機の明るさとか、
    ゼミのレジュメと稽古着が、同じ鞄の中でしわくちゃになっていることとか。

    そういうものまで共有していたのに、卒業すると、「また今度ね」のまま、平気で何年も経ってしまう。

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    ▲ 連絡先より、居場所を知っている。
    (Chiang Mai)


    ある夜、
    その子から電話があった。

    「今日でも、また今度でもいいんだけど、会わない?」

    会えば絶対笑うんだろうけど、遅い時間だったし、お互い、今日はもういいかという空気があった。

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    ▲ 明日、は今夜もある。
    (Granada)


    すると彼女が言った。

    ──「今たまたまサイコロ持ってるの。
    偶数なら会う。奇数ならまた今度!」

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    ▲ そういうゲームを普通に始めそうだった。
    (Urumqi)

    少し間があって、彼女が喋り出す。

    「“1”だって。奇数。
    今日は会うなってことだわ」

    その日は会わなかった。

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    ▲ またね、は坂の上に置いて。
    (Madrid)


    ──それが最後だった。

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    ▲ 犬はまた来る気でいる。
    (Hallstatt)


    何かあると、すぐ探偵みたいになる。

    「あのとき元気がなかった」とか、
    「鳥がやたら集まっていた」とか。

    結末を知ると、
    昨日まで普通だったものまで、意味ありげになる。

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    ▲ 路地まで、証拠を隠していそう。
    (Granada)



    あの夜会っていたら、とか。
    偶数が出ていたら、とか。

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    ▲ 残った半分を考える。
    (Tallinn)


    でも、あの子は普通に眠くて、
    私も着替えるのが面倒だった。

    1が出て、会わなかった。

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    ▲ たぶん、それくらいの夜だった。
    (Samarkand)


    それに今思うとあの子、
    サイコロなんて持っていなかった気がする。

    そういうことをする子だった。



    06|殺されない朝のベテラン


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    週末になると、
    マンションの下の食堂“Jamaica Blue”へ行く。

    何棟ものマンションが並ぶ敷地の一角にある、住民たちのたまり場みたいなお店。

    名前のわりにジャマイカ感はないし、青くもない。
    街の景色はずいぶん変わったけれど、
    その店はずっとそこにある。

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    ▲ 気づけば、そこが持ち場。
    (Wuzhen)


    決まった時間になると、
    西洋人のおじさんが、一人でやって来る。

    あまり目が見えていない。

    前は、もう少し見えていた気がするけど、
    今では杖で段差を探しながら、ゆっくり歩いてくる。

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    ▲ 舟の横顔は、もう古株。
    (Burano)


    おじさんはいつもの席に座る。
    いつものパソコンを開き、いつもの声で注文する。
    店員も、いつもの声で返事をする。

    犬たちまで、
    「その席、空けてあります」という顔をしている。

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    ▲ “常連”という職種。
    (Vienna)


    気づけば、おじさん込みでJamaica Blueみたいになっている。
    彼を見るたび、「あなたもまだいるのね」と思う。
    向こうも、私を見て「いつもの人」と思っているかもしれない。

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    ▲ 光にも、定位置。
    (Firenze)


    あのおじさんを見ていると、いつも思い出す。

    ノーベル賞作家が、こんなことを書いていた。

    ロックスターになりたかったし、
    映画監督にもなりたかった。
    でも、人生は思ったより短かった。

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    ▲ 長く座れば自分の席。
    (Tashkent)


    一つしか選べないと思ったとき、
    書くことがあてがわれていた。

    「燃えるような恋ではなく、
    お見合い結婚みたいなものだった」と。

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    ▲ 降りる理由もなかった。
    (Siem Reap)


    立派な成果を残すと、
    最初からそこに座る人だったと言われる。

    本人は、「たまたま空いていただけなんだけど」くらいに思っているかもしれないのに。

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    ▲ 馬も御者も、雨とは旧知の仲。
    (Sevilla)


    ──そういえば、今朝ひとつ判断をした。

    午前七時。
    パソコンの隅に、小さな蜘蛛がいた。

    殺さずにおいた。

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    ▲ 座り続ける才能。
    (Samarkand)


    “夜の蜘蛛は、親に似てても殺せ。
    朝の蜘蛛は、敵の顔でも殺すな。”

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    ▲ 乗りかかった船だから。
    (Venice)


    顔なんて付いていたら、どれだけ気味が悪いかと思うけど、蜘蛛にとっても、朝の持ち場というのはややこしい。

    殺されはしないけど、
    “敵顔設定”はされている。

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    ▲ 人間界のローカルルール歴、長め。
    (Chiang Mai)


    朝番の蜘蛛は、
    たぶん、いつもどおり出勤しただけだった。

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    ▲ 巻き癖まで、顔馴染み。
    (Helsinki)


    みんなそれぞれの持ち場のベテランになっていく。

    Jamaica Blueのおじさんも、
    ノーベル賞作家も、
    朝の蜘蛛も。
    もしかしたら、私も。

    気づいたら今日も、そこへ向かっている。
    選んだような、選ばされたような顔をして。



    07|六月と十一月の人たち


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    美術館ほど、人の背中をじろじろ見ても許される場所を、あまり知らない。

    クロークに荷物を預けると、みんな身軽になる。
    コートとか、傘とか、
    帰る家の匂いとかも一旦どこかに置いて。

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    ▲ 無防備な背中は雄弁。
    (Leopold Museum)


    ──そうして残るのは、ただの背中。

    この街で暮らしている人かもしれないし、
    どこかの空港から流れ着いた人かもしれない。

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    ▲ 額縁を抜けてきた人。
    (Palazzo di Brera)


    二人で来ている人もいる。

    さっきまで、一緒に笑っていたのに、
    絵の前に立つと、よそよそしくなる。

    同じ絵を見ていても、数十センチ横で、別の季節を見ているみたいに。

    ──春と秋とか。
    ──六月と十一月とか。

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    ▲ 沈黙にも、それぞれの柄。
    (Vienna Secession)


    絵を観ながら、絵の中のこの人は今から恋人を振りに行くのだろうか、とか、この犬は絶対に性格が悪い、とか。

    それより夕飯はどうしようか、とか。

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    ▲ それぞれ別の昨日を連れて。
    (Kunsthistorisches Museum)


    そして、いつのまにか、絵よりも背中ばかり追いかけている。
    靴の減り方とか、連れとの距離感とか、
    今朝の喧嘩をまだ引きずっているのかも、とか。

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    ▲ ちがう暮らしは、いい匂い。
    (Uffizi)


    もっと若い頃、
    美術館に行くと、
    帰るたびに変なものを持ち帰った。

    急にスペイン語を勉強したくなったり。
    意味もなく真っ赤な口紅を買ったり。

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    ▲ まるで鏡のように。
    (Leopold Museum)


    今は、せいぜい丸ふちのメガネをかけたくなるくらい。
    だいたい、その日のうちに飽きる。


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    ▲ 黄色のワンピースのほうが主役。
    (Uffizi)


    それにしても、どの人も決まって、

    「芸術とは──」

    みたいな顔で立っている。

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    ▲ 人も、作品ぶる。
    (Belvedere)


    夫も、そう。
    顎に手をやって、「芸術とは」の顔をしている。
    でもあとで話すと、見ていたものが驚くほど違う。

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    ▲ 同じ屋根の下にいても。
    (Minsheng Museum)


    美術館には、交わらない人生がうろうろしている。
    いろんな場所から来た人たちが、たまたま同じ絵の前で立ち止まる。

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    ▲ 犬は私を見てくれている。
    (Fotografiska)


    私は絵を見ている人を、見ている。
    人間のほうが、目が離せない。

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    ▲ 六月と十一月が居合わせる。
    (Leopold Museum)


    夫も。
    エゴン・シーレも。
    もう少し若かった頃の私も。

    ずいぶん、わかったような顔をしている。



    08|媚びないひとが、いちばん甘い


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    愛想のない人が好き。

    正確に言うと、
    その先が気になる。

    誰にも見せていない趣味とか。
    変なこだわりとか。
    ひとりで上機嫌になっている時間とか。

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    ▲ 暮らしの色は漏れる。
    (Matera)


    ミラノのお菓子屋の太っちょのおばさんは、聞いたことにしか答えない。

    「どれがオススメですか?」と聞いても、
    「まあね」くらいの顔をする。

    でも、ショーケースのケーキだけは異様に綺麗に並べている。
    そこだけは譲れないらしい。

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    ▲ ツンとしてても、色には甘い。
    (Hallstatt)


    ウィーンのトラムでは、運賃支払いの機械の前でもたついていたら、真緑のマニキュアのおばさまが、

    「そんなの、タダで乗っちゃえばいいのよ」と言う。

    たぶん駄目だと思う。

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    ▲ 堂々としている人には、風が味方する。
    (Stockholm)


    北京でもよくいる。

    客が並んでいても猫を撫でるのが先なおじさんとか、レジより縫い物を優先するおばさんとか。

    そういう人に限って、半径三メートルには妙に甘い。

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    ▲ ルールより機嫌を優先する。
    (Beijing)


    私はまだ、一応ちゃんとしておこうと思っている。

    返事をするとか、予定を入れるとか。
    決まった日に律儀に贈り物やお供えを用意するとか。そういうやつ。

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    ▲ 気持ちだけは皆勤賞。
    (Chiang Mai)


    それにまだ、ちゃんと俗っぽい。

    写真を撮る前に、コップを動かしたり。
    「せっかくだし」にも、ちゃんと負ける。
    褒められたら、やっぱり嬉しい。

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    ▲ 閉店間近でも、急がない。
    (Vienna)


    でも、最近、荷物は減った。

    遠出でも、機内持ち込みのスーツケースひとつ。
    予備は、だいぶ置いていくようになった。

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    ▲ 柄は減らせない。
    (Salzburg)


    でも現地に着くと、「せっかくだし」が始まる。

    あの市場も。
    あの教会も。
    昨日とはちがう喫茶店にも入りたい。

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    ▲ 壁までかわいくしてしまう。
    (Sevilla)


    本当は、一週間ずっと同じカフェに通って、同じ席で、同じコーヒーを飲んで、本だけ読んで帰るような旅をしてみたいのだけど。

    でも、三日目くらいには、「せっかくだし」が勝ってしまう。

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    ▲ 水着だけ、昨日と違う。
    (New Caledonia)


    愛想のない顔で、ピンクの靴を履いてたり。
    無口な人が、帰り際だけ「またね」と笑ったり。

    ああいうのは、本人も気づいていない。
    だから、かなわない。

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    ▲ ふとしたときほど、その人。
    (Salzburg)


    私は、愛想がないことだけは、クリアしているんだけど。
    ……そこだけは、わりと昔から。

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    ▲ 甘さは、まだ見習い中。
    (Milan)



    09|思い出ガチャ


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    ┈┈୨୧┈┈

    「あの世に持っていけるのは思い出だけだから」ですって。

    へぇ、と相槌を打った。
    信じてないけど。

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    ▲ 手ぶらで乗るらしい。
    (Stockholm)


    人も動物も、死の前に記憶を呼び起こすらしい。
    いわゆる走馬灯というあれ。

    科学的にそうらしいので、それはすこし気になる。
    最後に、なにを見せられるのだろう。

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    ▲ 名場面集が流れるのか?
    (Turpan)


    いや、何が出てくるかは人それぞれらしい。

    なんだ。
    最後までガチャなのか。

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    ▲ 記憶係の趣味は信用できない。
    (Udon Thani)


    結婚式の帰り道のこと。
    酔っ払ったサラリーマンが自転車をなぎ倒した。

    漫画みたいに自転車がドミノ倒しになり、
    男は、「お前、ぜんぶ直しとけよ」と言った。

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    ▲ 結婚式は一日だけど、
    なんでもない木曜日は何千日もある。
    (Drottningholm)


    なぜ私が直すのだ。
    ウェディングドレスより、自転車ドミノのほうを覚えている。

    ただ、
    本当に三十台も倒れたのかは怪しい。

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    ▲ 思い出は、盛って育つ。
    (Vienna)


    去年、亡くなった祖母の財布をもらった。
    いい財布だった。

    小銭入れの中に、小指の先ほどのカエルが入っていた。
    金運のお守りらしい。

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    ▲ サブキャラは長生き。
    (Uzbekistan)


    最近、目が二つとも取れてしまった。
    接着剤でつけようと思ったけれど、まだ目なしのまま。

    財布のほうがずっと立派なのに、祖母を思い出す時、なぜかそのカエルが出てくる。

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    ▲ 脇道ばかり覚えている。
    (Gotland)



    走馬灯の前で、
    「それでは、どの思い出を流しますか」と言われたら──

    もたもたしているうちに、
    係員がガチャガチャを差し出してくる気がする。

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    ▲ 「後ろがつかえておりますので」
    (Vienna)


    しぶしぶ回す。

    ころん。

    出てくるのは、たぶん薔薇色系ではない。
    ドミノ倒しとか、目なしカエルとか、そのへんだと思う。

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    ▲ あんなことまで覚えてた。
    (Helsinki)


    そしたら、
    「やっぱりお前か」と言いそう。

    カエルも、
    「だから申し上げたでしょう」
    という顔をするかもしれない。

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    ▲ ──目もないくせに。
    (Milan)


    ばれないうちに。

    自分の背中って、一生で何回見るんだろう。

    もしどこかで、誰かのカメラに写り込むことがあるなら、
    「あの背中、ご機嫌そうだこと」
    くらいには思われたい。

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    ▲ 隣がいるだけで、背中は乙女。
    (Vienna)


    ……いや、やっぱり気まずいか。



    この前、美術館のエレベーターに乗った。
    ドアが閉まる──

    やられた。

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    ▲ 鬼が振り返っていた。
    (Stockholm)


    ──どうやら、お遊びはここまで。



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    色フェチです。北京在住🥢「旅×写真×文字」を更新中📚“カラフル”を肴に、今宵も晩酌がてら、ニンマリひとつ。早稲田大学政経学部卒。創作大賞2025中間選考通過(エッセイ部門)🍷 旅の役には立ちません。暮らしの役にも、たぶん。 夫(🇯🇵)と二人暮らし。 ──なお、ブタは仮の姿です。

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