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干すという、ささやかな革命

    創作大賞2025 エッセイ部門 
    中間選考に残らせていただいた記事です😱


    つい洗濯物を探してしまう。
    日々の暮らしの中で、旅先で──。

    知らない誰かの家の軒先。色とりどりの洗濯物。
    〝誰かの人生〟が、無造作に吊られてる。
    悪趣味なのだけれど、ついカメラを構えてしまう。

    誰かがそこでごはんを食べ、服を洗い、明日もまた着る。
    すぐそばにあるのに、どこか遠くて、でも懐かしいような。
    誰かの営みのリズム。


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    ▲ヨーロッパの色合い(ベネチア)
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    ▲中国の色合い(乌镇)


    話は少し逸れるけれど、夫の駐在で北京に住みはじめ、気づけばもう13年。この街でごはんをつくり、もちろん洗濯物を干している。

    ごくたまに「まだ北京にいるの?」と聞いてくる人がいる。
    まるで長くいることが不思議だというように。
    まるで、もう十分だろう、というような響きで。


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    ▲敦煌(中国)


    もしこれが、ミラノだったら?パリだったら?ロンドンだったら?
    ここではないどこかだったら、
    「かっこいいね」「国際人だね」「羨ましい」
    ──なんて言われたのかもしれない。


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    ▲アルベロベッロ(イタリア)
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    ▲乌镇(中国)


    でも北京。
    “おしゃれ”とはちょっと縁遠いかもしれないけど、
    私の13年が詰まった場所。
    最初は正直、イヤイヤついて来た。でも、気がつけば季節が巡って──なんだかんだで、ここでちゃんと愛を持って暮らしてきた。撮った写真を見返すと、どれもカラフルで、味があるなあと思う。

    ここでたくさんの人の営みに触れてきたし、出会う人はだいたい、なんだかかわいらしい。そして今日も、この空の下で洗濯物を干している。(私は街の中心のタワマン暮らしなので、ローカルに外干しはできないけれど)


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    ▲ブラーノ島(イタリア)


    それがイケてる国であれ、どこであれ、
    人々の日々のタスクは、さほど変わらない。
    そこにあるのは東京タワーかもしれないし、
    エッフェル塔かもしれないし、天安門かもしれない。
    でも、洗濯物は、だいたい同じように干されてる。
    何者かが生息しているということを、静かに証明しながら。


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    ▲新场(中国)


    時にはブラジャー。
    いろんなサイズの靴。
    そして──魚や肉。豚丸ごと。

    干し方や、内容に〝お国柄〟が出ることはあるけれど、干されてるモノはだいたい同じ。さほど〝ナショナリティー〟は感じない。
    私が惹かれるのは、きっとその無言の普遍性だと思う。

    静かな革命のように、「俺はここにいますけど、何か?」と、
    ドヤ顔で干されている。


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    ▲紹興(中国)


    次、世界のどこかで洗濯物を見つけたら──
    たぶんまた、シャッターを切ってしまう。
    悪趣味だけど、やめられない。

    名も知らぬ誰かの、
    ──干すという、ささやかな革命に、
    どうしても目をやってしまうのだ。

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    ▲上海(中国)
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    ▲トルファン(新疆ウイグル自治区)
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    ▲ブラーノ島(イタリア)
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    ▲シンガポール
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    ▲杭州(中国)
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    ▲洗濯物のある風景がとにかく好き


     
     
    色フェチです。北京在住🥢「旅×写真×文字」を更新中📚“カラフル”を肴に、今宵も晩酌がてら、ニンマリひとつ。早稲田大学政経学部卒。創作大賞2025中間選考通過(エッセイ部門)🍷 旅の役には立ちません。暮らしの役にも、たぶん。 夫(🇯🇵)と二人暮らし。 ──なお、ブタは仮の姿です。

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