
「水を飲む。」 #シロクマ文芸部
水を飲む。
私の1日は水を飲むことから始まり、水を飲むことで終わる。
いつからだろう、水が好きになっていた。
もう覚えてはいないが。
気づけば、水の美味しさがわかる年齢になっていた。
たくさんのミネラルウォーターを試した。
硬水、軟水、海外メーカー、オシャレな瓶に入った水。
今ではもう見かけることはないが、Volvicが好きだった。
それでも、人生で1番美味しかった水は別にある。
学校の銀色の蛇口から出ていた水道水だ。
暑い夏だった。
照り返す日差しに、熱を持った校庭。
先生の笛が鳴る。
ピーッ。
私は走っていた。
理由もなく競争し、無駄に体力を削っている。
喉はからから、治まらない息切れ。
授業が終わり、一斉に水道へ向かう。
私は銀色の蛇口をひねる。
勢いよく流れ出した水に、躊躇いもなく口を近づける。
「冷たい!美味い!」
ただただ、がむしゃらに水を飲む。
ゴクッ。ゴクッ。
これほどの美味しい水を私は知らない。
名水ではない。
ましてや、独特な銅や鉄の混じる味だったのかもしれない。
あの日の喉の渇きと友人たちの笑い声は一生忘れないだろう。
世界はなんて単純で美しいものだったのか。
今の私には、もう味わうことはできない。
それでも今日も、水を飲む。
朝の日差しの中で、夜の静けさの中で。
そして時々、あの銀色の蛇口を思い出す。
あれに勝てる水を、私はまだ知らない。