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【原稿公開】エアバスはどうやって日本市場を開拓したのか(第五章、第六章)

第五章      星になった巨人機導入計画

JALがA300-600Rの全機売却を発表した少し後、ANAから日本の航空業界を変える発表がされました。ANAと香港の投資ファンド、ファースト・イースタン・インベストメントグループが共同で出資し、関西国際空港を拠点にしたLCCを設立する事で合意し、合意書を締結したのです。

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この頃世界の航空業界では欧米はもちろん、東南アジアやオセアニアでもLCCが台頭し、既存のレガシーキャリアを脅かす存在となっていました。一方、日本ではスカイマークが単一機種や格安運賃、ノンフリルサービスと言ったLCCのビジネスモデルの一部を取り入れてはいたものの、参入規制が高かった事に加え、LCCのビジネスモデル自体が既存の航空会社と異なることから、完全なLCCのビジネスモデルで就航した航空会社はありませんでした。しかし、東南アジアに続いて韓国や台湾でもLCCの設立が相次ぎ、大韓航空やアシアナ航空もLCC子会社を設立して日本路線に就航すると、日本でもLCCは身近な物となってきます。
このまま何も手を打たなければいずれ日本市場は海外LCCの草刈り場になってしまうと危機感を持ったANAは、2008年頃からLCCの研究を開始。新会社は敢えてANAの子会社とはせず、ブランドも経営も完全に別にして、新会社には口を出さないことにします。ANAからは井上慎一をはじめとしたエース級の人材を何人も新会社に送り込みましたが、出向ではなく転籍という「片道切符」で送り出して、徹底的に関与せず、自力で軌道に乗せるよう求めました。

新会社の設立は日本初の本格的なLCCとして注目されましたが、エアバスやボーイングもこの新会社の機材選定に熱い視線を向けました。LCCのビジネスモデルの一つは「単一機材による多頻度運航」であり、大抵はボーイング737かエアバスA320のどちらかになります。
一度使用機種が選定されれば基本的にはずっと同じ機種を使うことになり、少なくとも十数年は機種変更することはないですし、エアアジアやジェットスターなどの成功したLCCの例を見ても、うまく成長軌道に乗れば将来的には数十機から百機単位での受注が見込めます。逆に受注に失敗したら、その会社に売り込むことは十数年単位で敵わなくなってしまいますので、LCCで最初の機種選定を制することは、その会社を制することと同じでした。


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多分LCCで両方使っている会社はないかな?


今回の新会社の場合、親会社ベースで考えたら737もA320も使用しているので、運航ノウハウや整備協力という意味ではどちらにも可能性があります。しかし、ANA本体では737が次々と納入される一方、A320は新規発注もなく、ゆっくりながらも退役が進んでいたので、エアバスにとっては不利な条件でした。
しかし、新会社自体はANAは資本的にも経営的にも口出ししないと明言しており、機材選定に関してはゼロベースで検討されます。実際、新会社社内では737にするかA320にするか、最後まで迷ったそうですが、最終的には2011年2月14日、新会社の機材はエアバスA320に決定しました。
エアバスにとっては久しぶりの新規受注であり、関連会社のLCCとは言え、ANAグループとの関係を何とか繋ぎ止めた形となりました。その後、5月24日にはLCCのブランド名を「ピーチ」、会社名も「ピーチ・アビエーション」に変更し、機体デザインとブランドコンセプトも発表されました。日本初の本格的なLCCは着々と準備が進められていったのです。

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一方、ライバルのJALもANAのLCC設立に危機感を持ったのか、オーストラリアのカンタスと三菱商事と共同で「ジェットスター・ジャパン」を立ち上げます。まだ経営再建中のJALには一からLCCを立ち上げるだけの体力はなく、同じワンワールドメンバーであり、LCC事業でも成功を収めているカンタスと組んだ方が早く設立できると踏んだのです。ジェットスターはアジア各地に設立した子会社も含めてA320とA330で機材を統一しており、日本法人も当然のようにA320を選定しました。


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更にジェットスター・ジャパンと同じ頃にANAとマレーシアの大手LCC、エアアジアとの合弁で設立されたエアアジアジャパンもA320を選択。エアアジアもグループ全体でA320とA330に機種統一していたので、この選択も当然と言えば当然なのですが、奇しくも日本で相次いで設立されたLCCが3社ともA320を選択したのは、日本では風前の灯火だったエアバスにとっては、反転攻勢の大きなきっかけとなったのです。

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そのエアアジアジャパンも今はもう・・・

その一方で、国内外でのLCC参入に危機感を抱いていたのが、元祖新規参入会社のスカイマーク。この頃のスカイマークは創業以来使用していたボーイング767を退役させ、機種を737-800型に統一。サービスも簡素化する代わりに運賃を下げるなど、どちらかと言うとLCCに近いビジネスモデルで利益率を高め、日本の航空会社でもダントツの利益率を誇っていました。
しかし近隣国からLCCが乗り入れてくると、いずれ日本でも本格的なLCCが台頭してくると危機感を持っていました。実際、ANAが新事業としてLCC立ち上げを計画している噂もあり、日本でLCCが当たり前になるのは時間の問題だったのです。

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当時では一番勢いがあり、一番将来性が危ぶまれてました

そんなある日、A320のセールスに来たエアバスの担当者が持ってきたカタログに掲載されていたA380に西久保は目を奪われます。
その後西久保は乗客として日本路線に就航しているA380に搭乗し、すっかりこの巨人機に魅了されました。そこで西久保は、A380を導入して長距離国際線へ参入するというプランを思いつきます。
今のビジネスモデルはLCCのやり方に近く、日本でLCCが台頭したら価格競争に陥って収益性が悪化するのは目に見えていました。かといって中国や韓国、台湾と言った近距離国際線は、既に各国のLCCが台頭して既存の大手でさえ押され気味。残されたブルーオーシャンは未だLCCの手が及んでいない、欧米などの長距離国際線でした。

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