
男の「趣味がない」は、たいてい下手なことをやりたくないだけだ
「趣味は何ですか」と聞かれて、「特にないです」と答えるのが、もう十年くらい続いています。
正確には、ないわけではない。たまに走るし、本も読む。ただ、人に「趣味です」と言えるほどのものではない、と思っている。走ると言っても月に二回で、本は読んだ数より積んである数の方が多い。
三十八歳の男が「趣味がない」と言うとき、たいてい時間がないわけでも、興味がないわけでもありません。
下手なことを、人前でやりたくないだけです。
仕事では、できることしかやらなくなっています。十五年やってきて、自分がどこで失敗するかは分かっている。できないことは、できる人に振る。それで評価されてきたし、仕事としてはそれが正しい。
その癖が、仕事の外にも持ち込まれます。釣りに誘われても、道具の扱いを知らないから断る。ギターは、三十八歳で始めても指が動かないだろうと思ってやめる。料理は、作ってもうまくないので続かない(三週間で終わった話は前に書きました)。
どれも口では「興味がない」と言っていますが、本当は「できない姿を見られたくない」の方です。二十代なら下手で当たり前だったことが、三十八歳だと、なんとなく恥ずかしい。
ただ、ここで一つ考えた方がいいことがあります。
これから先、人生で初めてやることは、全部下手から始まります。四十歳で始めても、五十歳で始めても、最初は下手です。待っていてもうまくはならない。下手な時期を通らずに手に入るものは、もうこの先ほとんどありません。
仕事のように、できることだけを選び続けていると、六十五歳の時点で持っているものは、三十八歳の時点とほぼ同じになります。仕事の技術だけが少し上がって、そして退職と一緒に用済みになる。
もちろん、趣味がなくて困っていないなら、無理に作る必要はありません。問題なのは、「趣味がない」と言いながら、休日の夕方になんとなく損をした気分になっている場合だけです。
先月、会社の後輩に誘われて、初めてボルダリングに行きました。一番やさしい壁で三回落ちて、横で小学生が同じ壁をすいすい登っていきました。
腕が二日間、上がらなかった。それでも帰り道には、もう一回行くことを決めていました。
三十八歳で下手なことをやるのは恥ずかしい。でも、下手なことを一つもやらない四十代の方が、たぶんずっとさびしい。