メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【1km調査ファイル#15】新豊洲・有明|貯木場の海が、アリーナとタワーの町になった

    【読者指定】この調査ファイルの宛先

    この記事は、次のどれかに当てはまる人に宛てて書いています。

    • 新豊洲駅・豊洲駅・東雲駅を使う人、有明アリーナや豊洲PITに行く人

    • 有明一丁目、豊洲五・六丁目、東雲一・二丁目に住んでいる人、住もうとしている人

    • 豊洲駅前(#10)と、有明・東雲の暮らしをくらべている人

    • 貯木場や火力発電所の跡、東京2020の会場など、湾岸の移り変わりが気になる人

    • 値上がりした湾岸のタワーを買うか、借りるかで迷っている人

    調査範囲のマスにかかる住所は、次の6の町丁目です(マス内の面積が大きい順、無印は江東区)。

    有明一丁目/豊洲六丁目/東雲一丁目/豊洲五丁目/東雲二丁目/有明二丁目

    境界にかかる町丁目は、一部だけがマスに入ります。町丁目ごとの主な施設は下の表のとおりです。


    画像


    画像

    ヤドスケ:「豊洲駅前のマスから南へ1マス。運河と五輪会場のマスで、陸地はぜんぶ、元は海なんだって。」

    調査ファイル第15号は、江東区の豊洲六丁目と、東雲運河を越えた有明一丁目・東雲です。#10 豊洲・ららぽーと(5339-36-83)のすぐ南隣、#14 辰巳・東雲(5339-36-74)の西隣のマス「5339-36-73」を、100のトピックで掘り下げます。

    マスの中には、ゆりかもめの新豊洲駅と、東京2020の会場になった木の大屋根の有明アリーナがあります。発電所や貯木場があった埋立地は、10年で人口が2.1倍の約9,800人に増え、タワーの並ぶ町になりました。地図、空中写真、統計、ハザードマップを並べて、この1kmを調べました。

    最初の5トピックは無料で読めます。続きの95トピックは有料パートです。

    01: 調査範囲:メッシュ「5339-36-73」とは、豊洲の南端から運河を越えて有明・東雲へ

    今回の現場は、メッシュ番号5339-36-73です。豊洲まわり3×3の中心マス(5339-36-83、豊洲)のすぐ南。豊洲の島の南の端から、運河を越えて有明と東雲に入る1kmです。

    番号の読み方をおさらいします(総務省統計局)。

    • 5339(1次メッシュ・約80km四方):南端が北緯35度20分、西端が東経139度の区画です。

    • 36(2次メッシュ・約10km四方):南から3番目、西から6番目(0から数えます)。

    • 73(3次メッシュ・約1km四方):南から7番目、西から3番目。中心マスの「83」の1段下で、西隣の豊洲市場のマス(72)から見ると右隣です。

    範囲は北緯35.64167〜35.65000度、東経139.7875〜139.8000度。南西の角は北緯35度38分30秒・東経139度47分15秒です。南北約0.93km、東西約1.13kmで、面積は約1.05平方kmです。OpenStreetMapでは、マスの中に駅が1つ(新豊洲)、船着場が1つ(有明アリーナ船着場)登録されています。

    マスの中を、東雲運河が南西から北東へ斜めに横切ります。運河の北西側は豊洲六丁目、通称「新豊洲」。ゆりかもめの新豊洲駅、チームラボプラネッツ、地下に変電所を抱えた丸いビルが並びます。運河の南は有明一丁目で、東京2020大会のバレーボール会場だった有明アリーナが建ちます。東の端は東雲一・二丁目の団地と小学校です。

    運河の中には、細長い緑の島が浮かんでいます。昭和初期の旧防波堤です。陸地は1㎡残らず、海を埋めて造った土地です。この章では、海が陸になり、発電所と貯木場が五輪会場とタワーに変わるまでを追います。豊洲市場は西隣のマス(5339-36-72)、豊洲駅まわりは北隣のマスで詳しく扱います。

    出典:総務省統計局「地域メッシュ統計の概要」、国土地理院「地理院地図」、OpenStreetMap、Wikipedia「東雲運河」(筆者計算)



    画像
    画像
    画像


    画像
    画像

    ヤドスケ:「豊洲の真ん中から1マス南に来たら、運河と五輪会場のマスだったよ。陸地はぜんぶ、元は海なんだって。」


    画像

    02: 住所で見るこのマス:有明一丁目と豊洲六丁目、東雲がかかる三つどもえ

    このマスの住所は、6つの町丁目に分かれます。国土地理院の逆ジオコーダで、マスを40×40の1,600地点に区切って調べました。面積の割合(推定)は次のとおりです。

    • 有明一丁目 36.1%:有明アリーナ、シティタワー有明など。

    • 豊洲六丁目 34.8%:新豊洲駅、チームラボプラネッツ、タワーマンション。

    • 東雲一丁目 12.2%、豊洲五丁目 9.0%、東雲二丁目 6.3%、有明二丁目 1.6%。

    有明と豊洲がほぼ同じ広さで、東雲がその半分ほど。境目は東雲運河で、運河の北が豊洲と東雲、南が有明です。

    住む人の数を、江東区の住民基本台帳(2026年9月1日現在)で見ます。数字は町丁目全体で、マスに入るのはその一部です。有明一丁目は11,300人・5,130世帯。豊洲六丁目は5,080人・2,124世帯、東雲一丁目は19,748人・8,909世帯でした。豊洲五丁目は8,605人・3,675世帯、東雲二丁目は5,737人・2,830世帯、有明二丁目は3,057人・1,406世帯です。南の有明三丁目は0人。東京ビッグサイトやオフィス、ホテルが並ぶ町です。

    1世帯あたりの人数にも特徴があります。豊洲六丁目は約2.39人、有明一丁目は約2.20人。江東区全体は約1.82人(544,620人÷299,523世帯)なので、家族で住む世帯の多い町だと読めます。

    住居表示は、有明一・二丁目、豊洲、東雲とも1968年4月1日の実施です。その後、2009年11月1日に有明の丁目の境と、東雲二丁目との町の境が道路に合わせて引き直され、東雲の一部が有明に入りました。郵便番号は有明が135-0063、東雲が135-0062で、どちらも晴海郵便局の担当です。

    出典:国土地理院 逆ジオコーダ(2026年10月14日、筆者集計)、江東区「江東区の世帯と人口」(2026年9月1日現在)、Wikipedia「有明 (江東区)」「東雲 (江東区)」「豊洲」


    画像
    画像
    画像

    ヤドスケ:「区の平均は1世帯1.8人なのに、ここは2.2〜2.4人。運河沿いのタワーには家族がたくさん住んでるんだね。」


    画像

    03: 空中写真で見る80年:海と防波堤から、貯木場の木材、そして白い大屋根へ

    国土地理院の年代別空中写真を、同じタイル(ズーム15)で見比べました。範囲は東経139.790〜139.801度、北緯35.639〜35.648度で、マスの中央から南東の大部分が入ります。以下は筆者の判読です。

    • 1945〜1950年(米軍撮影):今の東雲運河のあたりは一面の海。その中に細長い旧防波堤が浮かびます。北東の東雲側には建物が並び、南東の有明側は草地のような空き地です。西隣のタイルでは、豊洲六丁目の位置もまだ海でした。

    • 1961〜1969年:防波堤の南の水面が、いかだのような木材でびっしり埋まります。1956年に開かれた有明貯木場です。左上には丸いタンクが並びます。

    • 1974〜1978年(カラー):豊洲側にタンクと工場群。水面には木材がまだたくさん浮かびます。

    • 1988〜1990年:木材はまだ残り、南側には倉庫のような建物が並びます。

    • 現在:木材は消え、白い大屋根の有明アリーナ、丸い変電所ビル、防波堤の緑が見えます。

    このまちアーカイブスによると、貯木場は1980年代に閉鎖され、2000年に跡地の埋立工事が行われました。アリーナの場所は、写真で見るかぎり1990年ごろまで水面です。このマスでいちばん新しい陸地は、平成生まれということになります。写真は地理院地図で誰でも切り替えられます。運河の中の旧防波堤は80年間ほぼ同じ形で写るので、年代を比べるときのよい目印になります。

    人の数も写真の変化と重なります。有明(一〜四丁目)の人口は国勢調査で1995年453人、2000年363人。それが2010年4,500人、2020年11,379人に増え、2025年1月1日は13,781人でした。

    出典:国土地理院「地理院地図」年代別空中写真(ort_USA10・ort_old10・gazo1・gazo4・ort)、三井住友トラスト不動産「このまちアーカイブス 有明」、Wikipedia「有明 (江東区)」(国勢調査)


    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像

    ヤドスケ:「60年代の写真、運河が木材でぎっしり。今アリーナが建つところは、丸太が浮かぶ海だったんだ。」


    画像

    04: 地名の由来:東雲は「夜明けの雲」、有明は「夜明けに残る月」

    このマスには「夜明け」の名前が2つ並びます。東雲(しののめ)と有明(ありあけ)です。

    江東区の「江東区の地名由来」によると、東雲は1938年(昭和13年)6月1日、豊洲五丁目の東南の海面埋立地に付いた名前です。意味は「明け方にたなびく雲」で、夜明け・あかつき・あけぼのを指します。のちに11号埋立地が東雲三丁目となり、今は東雲二丁目に含まれています。

    有明について、区は1961・62年(昭和36・37年)に10号埋立地の一部を「深川有明町」一〜五丁目とし、1968年4月1日の住居表示で今の町名になったと説明しています。意味は「夜明けに残る月」。Wikipediaは、開発に「将来の光明」を込め、隣の東雲と関連を持たせて「有明町」にしたと書いています。一方、このまちアーカイブスは、1954年に10号地の一部が江東区に入って「深川有明」と名付けられたとしており、年が資料で食い違います。

    北の豊洲は1937年7月の命名で、「豊かな洲」になるよう将来の発展を願った名前です。字は「州」ではなく「洲」です。豊洲(1937年)、東雲(1938年)、有明(1954年または1961〜62年)と、未来を願う名前が南へ順に並んでいったわけです。

    駅名にも工夫があります。ゆりかもめの延伸前、新豊洲駅は「豊洲(2)駅」、有明テニスの森駅は「有明北駅」という仮の名前でした。2005年4月28日に正式名が決まり、新豊洲は区画整理と民間開発で新しい街が生まれることから名付けられました。地元で「新豊洲」と呼ぶエリアは、住所では豊洲六丁目です。なお、首都高の「東雲ジャンクション」も東雲の名を持ちますが、場所は有明三丁目の角乗り橋交差点の真上です。

    出典:江東区「江東区の地名由来」、Wikipedia「有明 (江東区)」「豊洲」「新豊洲駅」「有明テニスの森駅」、三井住友トラスト不動産「このまちアーカイブス 有明」


    画像
    画像
    画像

    ヤドスケ:「東雲が夜明けの雲で、有明が夜明けの月。お隣どうしで空の名前をそろえるなんて、ロマンチックだね。」


    画像

    05: このマスいちばんの見どころ:運河沿いの木の大屋根「有明アリーナ」

    このマスいちばんの見どころは、有明一丁目の有明アリーナです。東京2020大会のために建てられた7つの新しい恒久施設の1つで、オリンピックではバレーボール、パラリンピックでは車いすバスケットボールの会場になりました。

    工事は2017年4月21日に始まり、2019年12月9日に完成しました。メインアリーナは地上5階・高さ37mで、収容は約15,000人。天井や壁には国産の杉が多く使われ、木材の量は2,300㎥と、都が整備した大会施設の中で最も多い量です。屋根はサブアリーナの上で9回に分けて組み、レールで滑らせて送り出す「トラベリング工法」で架けました。床は長辺76m×短辺54mの約4,100㎡。南側に約1,400㎡のサブアリーナがあり、隣のマンションに配慮して、メインの入口は北面の2階に置かれています。

    大会では、バレーボールが2021年7月24日〜8月8日(男女)、車いすバスケットボールが8月26日〜9月5日に行われました。

    大会後は、国内のスポーツ施設で初めてのコンセッション方式で運営されています。電通を代表とする10社が出資する会社が、2046年3月末まで25年間運営します。運営権の対価は約94億円。利益の50%を都に払う決まりもあり、都への支払いは2022年度0円、2023年度約1億2,929万円、2024年度約2億819万円でした。新しい恒久施設の中で唯一、黒字が見込まれる施設とされます。総工費は370億円(設計・施工者を決めた時の発表は約360億円)です。

    2022年8月20日の再開業から、コンサート、プロレス、ボクシング、バスケットボールまで、多くの催しが開かれています。敷地の北と東は東雲運河に面し、運河沿いは有明親水海浜公園です。最寄りは新豊洲駅と有明テニスの森駅で、どちらも徒歩約8分。イベント来場者用の駐車場はないので、電車かバスで向かいます。

    出典:Wikipedia「有明アリーナ」「2020年東京オリンピックのバレーボール競技」


    画像
    画像
    画像

    ヤドスケ:「杉をたっぷり使った五輪会場が、ちゃんと黒字なんだって。レガシーって、こういうのを言うのかもね。」


    画像
     
     
    「この街、50年前は何だったか知ってる?」 家を背負ったヤドカリ探偵ヤドスケが、ひとつの場所の1km四方だけを徹底調査。古地図、災害リスク、都心アクセス、天気、相場まで。物件写真には写らない“土地の裏側”を掘り出します。賃貸も購入も、住む前にどうぞ。

    あなたへのおすすめ