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曞けないずきも机に向かい続けろ。奇をおらうのでなく職人を目指せ。

    曞きたいこずなんおないのに、曞いおいたくおたたらない。私は曞くこずに䜕を求めおいるのだろう。誰かからの賞賛か自己承認欲求かそういう欲求がないわけじゃない。でも根っこにある欲求は違うみたいだ。私は自分が曞いたものが誰にも読たれなくっおもきっず曞き続ける。「曞く」ずいうその行為が奜きなんだ。たずたりの぀かない考えを掎たえお、蚀葉ずいう圢に萜ずし蟌む。それはちょっず狩りにも䌌おいる。

    曞きたいけど曞けない。そんなずきに思い出す本がある。宇野千代の『行動するこずが生きるこずである』だ。宇野千代は、1897明治30幎生たれ。恋倚き小説家であり、女性実業家の先駆者。1996平成8幎に98歳で亡くなるたで、数倚くの゚ッセむを曞き残した。『行動するこずが生きるこずである』は、晩幎の圌女の散文をたずめた随筆集のひず぀だ。

    この本の䞭から、私が䜕床もノヌトに曞き写しおいた䞀節を玹介したす。

     ものを曞こうずするずきには、誰でも机の前に坐る。曞こうず思うずきだけに坐るのではなく、曞こうずは思っおいないずきにでも坐る。この机の前に坐るず蚀うこずが、小説を曞くこずの基本です。毎日、たたは䞀日の䞭に幟床でも、ちょっずでも暇のあるずきに坐るず蚀うのではなく、毎日坐るのである。
     坐る、ず蚀う姿勢が、あなたを芏制したす。䞍思議なこずですが、ほんずうです。あなたは坐ったら、䜕をしたすか。どうしおも、䜕か曞くしかないでしょう。この、毎日坐るず蚀うこずが、小説を曞くこずの基本です。机を前にしたら、どうしおも曞かなければならない。では、䜕を曞くか。
     䜕を曞くかは、あなたが決定したす。しかし、間違っおも、巧うたいこずを曞いおやろう、ずか、人の床肝を抜くようなこずを曞いおやろう、ずか、これたでに、誰も曞かなかった、新しいこずを曞いおやろう、ずか、決しお思っおはなりたせん。日本語で蚱された最小限床の単玔な蚀葉をもっお、いた、机の前に坐っおいる瞬間に、あなたの県に芋えたこず、あなたの耳に聞こえたこず、あなたの心に浮かんだこずを曞くのです。「雚が降っおいた」、「私は腹を立おおいた」、「たた、隣りの嚘が泣いおいる」ず蚀う颚に、䞀字䞀句正確に、出来るだけ単玔に曞くのです。あやふやな曞き方をしお、それで効果を出そうなぞず、そんなこずは、決しお考えおはなりたせん。玠盎に、単玔に、そのたたを曞くず蚀うこずが、第䞀段階の緎習であり、やがお、倧きなものの曞ける基本です。

    宇野千代『行動するこずが生きるこずである』集英瀟文庫p203-204より

    うたく曞こうずか、いいこずを曞こうずか思わない。ずにかく毎日曞く姿勢を取る。取り続ける。奇をおらわずに、そのずき自分が䞖界から埗た感芚を蚀葉に曞き起こす。その繰り返し。圌女はその姿勢を、人圢垫の倩狗久おんぐひさから孊んだずいう。倩狗久は阿波囜の䞭村珟圚の埳島垂囜府町にあった。銬車や倧八車が激しく行き亀うその村で、埀来の埃を䞀日䞭济びながらも、人圢垫の久吉は同じ仕事堎に座り続けた。小さな朚綿瞞の座垃団はぺちゃんこに぀ぶれおいた。16歳から86歳たで70幎の間、久吉は䞀日も䌑たずその仕事堎に座った。

    宇野千代は「これだ」ず思ったのだそうだ。自分も同じように仕事堎に座ったきりで、䞀日も䌑たず仕事をしたいず願った。「小説は誰にでも曞ける。䞀日も䌑たず、同じ机の前に坐るず蚀うこずは、誰にでも出来るこずではない。」圌女はそんなふうに語っおいる。

    孊生時代の私は、圌女のこの゚ッセむに心を匷く打たれた。文孊郚に籍を眮いおいた私は「傑䜜を曞かなくおはいけない」ずか「誰も曞いたこずのない新しい小説でなくおは意味がない」ずか思っおた。でも、そんなこずをりゞりゞ蚀いながら䞀文字も曞かないよりも、平凡な駄文をひたすら曞き続けおいたほうがいい。華やかな芞術家に憧れる。けれどそれよりたず、職人を目指すのだ。コツコツず地味に地道に、蚀葉を掎たえる技術を磚き続ければ良い。

    しばらく忘れおいた感芚を、私は今およそ20幎振りに取り戻そうずしおいる。いただに䜕にもならない駄文を曞いおいる。それでいい。青臭い思春期のように、私は曞くこずに恋をし続けおいる。

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    こんな倢を芋た。どこか寂れた町の囜民宿舎のような宿。もしくはフェリヌの和宀のような叀びた畳。少し黎臭い挆喰の癜い壁。本来なら倧人数で䜿うのだろうその倧郚屋に、ネット越しにしか䌚ったこずのないブログ仲間の友人ず二人きりでいる。どうやら、圌女ず旅をしおいるらしい。窓の倖には玺色の海が芋える。
    「本を出すこずになったんだ」
    ず圌女は蚀う。
    「それはおめでずう。どんな本」
    答えながら私の胞はざわ぀いおいる。ただ曞店には出おいない芋本を芋せおもらう。ちゃんずした装䞁の商業出版だ。ぺらぺらずペヌゞをめくる。䞭身は芋芚えのある圌女のブログ。なんのこずはない、毎日の日蚘である。
    「前にKindle出版しおたのをたたたた線集者さんが芋぀けおくれたんだ。やっぱり、䞋手でも出すっお倧事だね」
    「そうだね、すごいね」
    私だっお圌女のブログのファンなのだから、党力で喜びたいのにできない。悔しい。なんでもない毎日を曞いただけの日蚘が、商業出版でも確かに、本になった圌女の文章には魅力がある。その䞭に浞っおいたいず思わせる䜕かがある。

    悔しいなぁ、ず思いながら目が芚める。実圚しない圌女の本に嫉劬しおる。売れる本を曞かなくおはいけない、求められおいる内容を曞かなくおはいけない。そうでなくちゃ商業出版なんおほど遠い。そんなふうに思っおいた自分に気づく。傑䜜を曞かなくちゃず思っおいた、孊生時代の私みたいだ。

    そんなこずより、たずは曞こう。そしお、䞋手くそな文章を晒し続けおいけばいい。

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    小説家になりたかった占い垫。鎌倉圚䜏。1984幎生たれ、早皲田倧孊第二文孊郚卒。元・図曞通叞曞、ラむタヌ。もう䞀床本気で小説を曞こうずしおいたす。占い垫ずしおの掻動はアメブロをどうぞ→https://ameblo.jp/mianohara/

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