
自分視点で生きる|自意識過剰
自意識って、何かと面倒だ。
おそらく、私は人よりも自意識過剰な方なんだと思う。
原因はなんだろうと考えてみて、真っ先に思いあたることがあった。
私の母親は、私が子供の頃から常に機嫌が悪く、娘である私にイライラをぶつけてくる謂わゆる毒親だったのだが、そんな母親が認めてくれた数少ないことの一つが“容姿”だった。
けれど成長するにつれて、元々の内向的な性格も災いし、自分の見た目にも内面にも自信が持てなくなっていった。
理想の自分と、現実の自分には大きなギャップがあり、鏡を見るのもそんなに好きじゃなかったし、自分が写った写真を見ると『私ってこんな顔なんだ』と少し落ち込んだ。
なぜなら、見た目に自信が持てなくなってしまったら、母親から認めてもらった数少ないものが消えてしまうような気がしたから・・・
昔は整形なんて芸能人がやるような遠い話だったけど、整形が珍しくない現代、もし私が若かったら手を出していたかもしれないと思う。
そして、いつの間にか俯瞰して自分を眺めることが癖になってしまい、次第に心と身体が引き離されていくような感覚になった。(これが心の病気になった根源じゃないか?と私は思っている)
また恐ろしいのが、“人からどう見られるか”を軸にして生きていると、自分視点で物事を見ることができなくなっていく。
若い頃は意思を持たずに周りに流されて、いつも逃げる選択をしていた。
自分の人生を生きているはずなのに、地に足がつかず、まるで生きている心地がしなかった。
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そんな私の拗らせた自意識が、年と共にどうやら修正されてきている。
昔はコンプレックスの一つ一つが許せなかったけど、歳を重ねて『自分はこんなもんだ』と良い意味で諦めがついてきたのだと思う。
くよくよして自信のなかった若い頃の自分より、アラフォーになってシワやシミが増えた今の自分のほうが断然好きだ。
そして自意識が和らぎ、俯瞰して自分を眺める癖をやめたことで、私は格段に生きやすくなった。
歳を重ねるって世間的にはあまり良いイメージがないかもしれないけど、実際には悪いことばかりではなくてプラスなこともある。
自意識のせいで、人は上手く生きられなかったりする。
けれども『人からどう見られても別にいいや』と周りをまったく気にしなくなってしまうのは、なんだか人として虚しい気がする。
これからも私は、この面倒な自意識というものと、程よい距離感で付き合っていきたい。
【追記】
うちの長女(中1)は絶賛お年頃で、いつも人からどう見られるかを意識しているようです。
出掛け際に身なりを整えるのに夢中になっていて予定に遅れそうになるので、思わず「そんな気にしなくても、誰も見てないから大丈夫だよ!」と言ってしまったことがあります。
そして最近、私も同じことを母親から言われてすごく悲しい気持ちになったことで反省し、長女に「あの時はごめんね」と謝りました。
『人のことなんて周りはそこまで気にしていない』と頭では分かっていても、実際は気になってしまうもの。
きっと大切なのは『自分のために自信の持てる姿でいたい』と思うこと。
子供たちにも、どうか“人目線ではなくて自分視点で”生きていって欲しいなと思っています。