
息子の一言に、母ムキになる
「......僕が中学生になる時、入学式に出なくてもいい?」
不安そうな顔をしながら、突然長男Yotaが言う。
「え、入学式?......別に、いいけど」
「ほんとに?ありがとう!!!!」
Yotaの表情がパッと明るくなる。
ホッとしたようだ。
Yotaは小学4年生。
学校には行っておらず、居場所に通っている。
私は、Yotaが中学校に行くとは思っていないので、入学式のことを心配していることに少し驚いた。
──なんで、急に言い出したんだ?
私は、次男の宿題を見ていた。
“遠足”という漢字練習だった。
Yotaは、私たちの目の前で何かを作っている。
「“遠足”なんて難しいのに、2年生でもう習うんだね」
「僕、次、3年生?もっと難しい漢字出てくるかなぁ」
「◯くん、来年は3年生かぁ。ってことは、Yotaくんは5年生か。早いなぁ。なんかあっという間だなぁ」
Yotaの手が止まる。
──しまった。
私は、瞬時に彼の不安スイッチが押されたことを感じ取った。
「5年生の次は、6年生?」
「そ......うだねぇ」
「その次は?」
「中学生だねぇ」
「......僕が中学生になる時、入学式に出なくてもいい?」
私がポロッと言っちゃった言葉。
──あっという間。
すっかり忘れていた。
繊細っ子は、先々のことを深く考えてしまうということを。
「入学式とかほんと嫌だ。なのに、僕が1年生の時、無理やり行かされてさぁ」
待て待て待て。
今のは、聞きづてならねぇぞ。
「ねぇ、お母さんが、今まで一度でもYotaくんを無理やりどこかに連れてったこと、あった?」
「......」
ただならぬ母の様子に、固まるYota。
自分が何気なく言った一言に、母がこんなにもムキになるとは思っていなかったのだろうよ。
「入学式の時さ、Yotaくん、笑いながらさ、お母さんとお父さんに手を振ってたでしょ。こうやって、こうやってさぁ」
体育館入場の際、照れ笑いしながら嬉しそうに手を振ったあの時のYotaを再現してみせた。
黙るYota。
「無理やりなんて、連れてってないでしょ!」
──無理やり。
この言葉に私のスイッチも押されてしまった。
「でも、クラスとかわけわかんなかった。嫌だった」
ああ、そうか。
繊細っ子アルアルだ。
ネガティブな感情と記憶はセット。
例え9楽しかったとしても、1嫌なことがあると、すぐに9と1はひっくり返ってしまい、9嫌だったこととして、頭にインプットされてしまう。
そのくらい、ネガティブな感情は強い。
「入学式、本当は嫌だったのに無理やり行かされた」
そんな記憶として、残ってしまった。
あとは、やっぱり、あれだな。
平気そうに見えても、実はそうじゃなかったんだな、きっと。
目の前に映ることが全てじゃない。
「昔、病院に無理やり連れてったじゃん」
まだ掘り下げるか、この男は。
せっかく自分の中で折り合いをつけようとしたのに。
あれは、Yotaが小学1年生の時。
学校に行けなくなり、大量に嘔吐し、そこから食べられなくった。
気力もなくなり、どんどん痩せていった。
小児科で診てもらったけど、念のため大きな病院で検査することになった。
初めての場所が苦手なYotaは、それはそれは全力で拒否した。
いくら話してもダメだった。
時間はどんどん過ぎて行く。
迫る検査時間。
もう、強行突破しかないと、夫と目で合図し合った。
「そぉれぇ〜!」
Yotaをできるだけ夫が明るく抱き上げた。
こういう時は、笑いに持って行くのがいちばんだ。
でも、その時のYotaにはそんな子どもだましは通用しなかった。
凄まじく荒れ狂い、夫の胸の中で暴れまくる。
夫も、離すわけにはいかず、そのまま車に押し込んだ。
泣き叫ぶYota。
嗚咽を通り越し、過呼吸みたいになる。
「お願いだから連れて行かないで」
懇願してくるYotaに、私は背中をさすることしかできなかった。
病院に着くと、諦めたのか落ち着きを取り戻していた。
先生は、優しそうな女医さんで、レントゲンも無事に終えることができた。
「ね?大丈夫だったでしょ?」
私が頭を撫でながら言うと、小さく頷いた。
Yotaはこの時のことをよく覚えていた。
「大丈夫だった」ではなく、
「無理やり連れて行かされた」という記憶として。
「あの時は仕方なかったの!食べられなくなって、連れて行くしかなったの!お母さん、心配で心配で。今思い出しても胸が苦しなる!」
私は泣きそうになっていた。
もう、引っ込みがつかない。
「なんで、わざわざあの時のことを引っ張り出してくるの!」
あの時はああするしかなかった。
そりゃムキにもなるさ。
母ちゃん、あんなに心配したんだもの。
「無理やりさぁ」みたいに、サラリと片付けられたくない。
......でも。
彼にとって、無理やり行動を起こさせられたことは、ネガティブな感情とセットで残ってしまう。
それがわかった今、私は、いつでもYotaのことを、
──待っている。
1に忍耐、2に忍耐、3も4もひたすら忍耐だ。
前から強い力で引っ張るのではなく、
隣に並んで一緒に歩いたり、
後ろからそっと背中を押してみたり、
時には立ち止まったり。
自分で考えて、自分で1歩が出るように。
もうあんな姿は見たくない。
だから、安心して。
「中学校の入学式、出なくていいよ」
今なら、そう言ってあげられる。
入学式に出席することよりも、大切なことに気づけたから。
まぁ、一筋縄ではいかねぇ男だからね。
気が変わるかもしれないけど。
そんときゃ、言っておくれ。
一緒に作戦でも考えよ。