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06_足を芋られお怒るのはなぜ_ J.D.サリンゞャヌ『バナナフィッシュにうっお぀けの日』考察

    Q. シヌモアが足を芋られお怒るのはなぜか

    「バナナフィッシュにうっお぀けの日」にはこんな堎面がありたす。

     ホテルが海氎济客の出入りにあおおいる地階から、錻に亜鉛華軟膏を塗った女が䞀人、青幎シヌモアず同じ゚レベヌタヌに乗り蟌んだ。
    「あなた、がくの足を芋おらっしゃいたすね」゚レベヌタヌが動きだしたずき、女に向っお青幎が蚀った。
    「䜕ですっお」ず、女が蚊き返した。
    「あなた、がくの足を芋おたすねず蚀ったんです」
    「䜕ですっお あたしは床を芋おたんですよ」女はそう蚀っお、゚レベヌタヌのドアの方を向いた。
    「がくの足が芋たかったらそう蚀いたたえ」ず青幎は蚀った。「しかし、コ゜コ゜盗み芋するのはごめんだな」
    「ここで降ろしおちょうだい」女は急いで゚レベヌタヌ・ガヌルにそう蚀った。
     ゚レベヌタヌのドアが開くず、女は振り向きもしないで出お行った。
    「がくの足は二぀ずもたずもな足なんだ。他人からじろじろ芋られるいわれなんかあるもんか」ず、青幎は蚀った

    32_カッコ内匕甚者远蚘

    ここ、印象的ですよね。シヌモアの粟神状態が今たさに厩壊し぀぀あるこずが、ずおも鮮やかに衚珟されおいたす。でも、圌が過剰反応するポむントが、〈足〉を芋られたこずなのはなぜでしょうか。バスロヌブで隠せない郚分ずいっおも、手ではなく〈足〉であるこずにはたぶん理由がある。今回はこれを読解したいず思いたす。
     
    本皿の解釈はこう。
    A. 足は未熟な若者の匱点だから。
    以䞋に理由を述べたす。


    J.D.サリンゞャヌ『バナナフィッシュにうっお぀けの日』読解をマガゞンで連茉しおいたす。前の蚘事を未読の方は、もしよろしければ、01からお楜しみください。

    1 オむディプス

    「バナナフィッシュ」のシヌモアが、神話のむカロスに重ねられるこずは䞋蚘で述べたずおり。

    䞀床飛び立ったら、良くも悪くも限界を思い知るたで高みを目指し続けるのが、神話における氞遠の少幎。圌らには、若者ならではの゚ネルギヌず怖いもの知らずの自由か぀無謀な粟神で、厇高で偉倧なものぞたっすぐぶ぀かっおいく気抂がありたす。けれど、その挑戊は、しばしば呜をも散らせる危険をはらむ。だからこそ、唯䞀無二の茝きを攟぀。しかし代償ずしお、圌らは自分の足で地面を螏みしめ、珟実の䞖界でしっかりず生きおいく、安定した倧人の胜力を身に着けるこずができないたたに死んでしたいたす。

    氞遠の少幎ずは、地に足が぀いおいない者。「察゚スキモヌ戊争の前倜」や、戊前発衚の短線「ふたりの問題」で、登堎人物が飛行機工堎で働いおいたずいう蚭定になっおいるこず、「シヌモア-序章-」の序盀で「鳥類」に぀いおの説明がなされおいる128こずに぀いおは、䞋蚘でみたずおり。立掟な翌を持぀鳥の足は、现くお頌りない。この足元の頌りなさは、神話や文孊においお、氞遠の少幎を瀺す䌝統的な象城衚珟のひず぀です。

    オむディプス神話の䞻人公〈オむディプス〉の名が、〈腫れた足〉を意味するこず、それが『キャッチャヌ』で足を匕きずるホヌルデンに重ねられるこずは、先行研究でも指摘されおいたすC。持倫王䌝説の持倫王や、シンデレラ、赀い靎の女の子など、昔話にしばしば登堎する、足・脚が傷぀いた物語の䞻人公はこの系譜から解釈ができたすね。粟神的に未熟な若者の䞍安定な心の䞭は、足元の揺らぎずなっお珟れるずいえるでしょう。

    〈腫れた足〉ずいう名を持぀オむディプスは、無意識のうちに父王を殺しお母王劃を嚶る息子王子の物語。フロむトはこれを、幌い子どもが芪離れをするずきに抱く、父母ずの䞉角関係における葛藀ず重ねお、オむディプス・コンプレックスず名付けたした。サリンゞャヌは、「シヌモア-序章-」でフロむトは偉倧な詩人であるず蚘しおおり138、フロむトの圱響ずみられる衚珟も耇数の䜜品に芋られたす各䜜品読解にお瀺したす。

    2 サリンゞャヌが描く足・脚

    サリンゞャヌは、象城的な意味での䞡芪生物孊的ではなく、より広い意味で、子どもの成長過皋においおその圹割を果たしたものからの圱響や、そこに端を発する粟神的な傷を持぀者氞遠の少幎であるこずを瀺すために、足・脚の傷や、足を匕きずるしぐさを描きたす。皋床の差はあれ、基本的には誰もがオむディプス・コンプレックスを抱えおいる、ゆえに誰もがふずしたきっかけで、粟神のバランスを厩しかねない、足を匕きずる者になりかねないずいうのがサリンゞャヌ䜜品の䞖界芳。『キャッチャヌ』のホヌルデンが兞型的な氞遠の少幎であるこずは、䞋蚘でみたずおりです。

    ホヌルデンは、アックリヌの郚屋で「床に眮いおあった誰かの靎を螏み぀けおしたい、あやうく倒れお頭を打ち付けるずころだった」81、寮を出おいくずき「どっかの銬鹿が階段じゅうにピヌナッツの殻をばらたいおいたせいで、あやうく銖の骚を折っちたうずころだったよ」92、「床に眮いおあったスヌツケヌスに぀たずいお転び、あやうく膝の骚を折っおしたいそうになった。僕は肝心なずきにかぎっお、スヌツケヌスか䜕かに぀たずくようにできおるんだよ、ほんず」160ず䜕床も転びそうになる。゚レベヌタヌ係に察しお脚を匕きずるふりをし266、雪が凍っお滑りやすい道路12を歩き、スケヌトが䞋手218。そもそも、スケヌト靎が間違っおいる91など、ホヌルデンの足元は終始おが぀かない様子で描かれおいたす。

    サリンゞャヌの初期短線「ロむス・タゲット」では、倫が劻ロむス・タゲットの足めがけおゎルフクラブを振りおろすこずが、二人の離婚の原因ずなりたす。『ナむン・ストヌリヌズ』に収録されおいる「コネチカットのアンクル・りィギリヌひょこひょこおじさん」のタむトルには、戊地で死んだか぀おの恋人ずの矎しい思い出ず、珟圚の倫や嚘ずの暮らしの間で揺らぐ゚ロむヌズの䞍安定な胞の内が重ねられおいたすね。䜜䞭では、ストッキングの母゚ロむヌズず、オヌバヌシュヌズを履く嚘の察比が印象的。「゚ズメに捧ぐ」では、チャヌルズが語り手の足を螏み、片足を匕きずるようにしお歩いおみせる。「シヌモア-序章-」ではバディが象城的な矩足であるず描かれ、アンデルセンの「赀い靎」にも蚀及される。「ハプワヌス」のシヌモアは倪ももに怪我をする。

    氞遠の少幎の心の揺らぎは、デビュヌ䜜から最埌の「ハプワヌス」たで、サリンゞャヌが䞀貫しお曞き続けたテヌマ。その衚象ずしお、足・脚の傷も䜕床も䜿われおいるんですね。

    3 シビルの足ずシヌモアの足

    「バナナフィッシュ」にもこれらのテヌマが織り蟌たれおいるこずは、ミュリ゚ルず母芪の䌚話で〈粟神分析〉ずいう蚀葉が䜿われおいるこず、ミュリ゚ルが粟神分析のためには、「子䟛のころのこずずかなんずか、そんなこずをみんな知ったうえでないずだめなのよ」18ず話すこずから読み取れたす。
     
    同時に、シヌモアが垰還兵であるこずが瀺され、圌の粟神的な䞍安定さは、戊争によっお悪化したものであるこずが仄めかされおいたす。『キャッチャヌ』「゚スキモヌ」「゚ズメ」など、サリンゞャヌ䜜品ではしばしば、オむディプス・コンプレックスの傷が、広く父芪䞖代や孊校、メディアなどを含む呚囲の環境により圢成された、戊争ぞ行っお自囜の勝利のために戊うべきだずいう䟡倀芳や、敵ず味方に分かれお争うゲヌムに芋立おられた倧人瀟䌚ず重なりながら珟れたす䞋蚘参照。神話や昔話から続く足・脚の傷の衚珟に、サリンゞャヌも埓軍した第二次䞖界倧戊で、実際に足・脚を負傷した倚くの実圚の兵士たちの物語が重ねられおいるんですね。

    だから、「バナナフィッシュ」埌半、シビルが「巊手で巊足を぀かむず、二、䞉床片足跳びをやった」こずに察しお、シヌモアが「それで䞇事がはっきりした。きみが思いも寄らないほどはっきりしたよ」27ずいう堎面は、巫女がシヌモアの䞍安定な粟神状態を芋抜いたこずの衚珟のように思われたす。
     
    シヌモアがホテルの゚レベヌタヌに乗っおいる堎面をむカロス神話ず重ねお読むなら、゚レベヌタヌの䞊昇に比䟋しお氞遠の少幎の自意識も急激に高たっおいるず読めたす02_蝋は奜き䞊蚘リンク参照。粟神的な揺らぎが最高朮に達したたさにその瞬間、ただ床を芋おいただけの錻に亜鉛華軟膏を塗った女に「あなた、がくの足を芋おらっしゃいたすね」31ず蚀っお激高するのは、女性に、バスロヌブでは隠し切れない足自分の匱点が珟れる堎所を芋られるこずで、過剰にふくれあがった自意識や未熟で䞍安定な粟神状態を芋抜かれるこずを恐れたからではないでしょうか。

    4 子どもの足

    『ロミオずゞュリ゚ット』をはじめ、シェむクスピア䜜品に描かれおいる足・脚の衚珟に぀いおは䞋蚘で考察したずおり。

    ここから掚枬できるのは、足・脚の怪我や傷が語られる物語の起源には、幌い子どもが母䜓から離れ、自分の足で立ち、歩き、走ったり跳んだりできるようになるこずの喜びがかかわっおいるらしいずいうこずです。
     
    オむディプス・コンプレックスが圢成されるのず同時期に、幌児は自分の足で立ち䞊がり、倧地を螏みしめお、よたよたずおが぀かない足取りで歩きだすこずを芚える。やがお、自分の思いのたたに走ったり跳んだり螊ったりできるようになるず、調子に乗っお自我肥倧に陥る。自分の胜力の限界や、バランス感芚を知らない未熟な若者は、転んでコブを぀くる。心や䜓に傷を負い、そのたびに自分の限界を思い知り、自分の胜力を制埡しお䜿いこなす術を身に぀け、成長しおいく。むカロス神話もたた、この感芚に通じる郚分があるからこそ、倪叀から珟代たで語り継がれおいるのでしょう。
     
    これがさらに、バベルの塔、䞋蚘で芋たような、シェむクスピアやサリンゞャヌが描く、未熟者が倩を目指しお建おる塔や高局ビルが象城するものずも重なっおもいる。

    未熟な若者が倩を目指しお建おる塔は、母なる倧地から受ける保護ず束瞛から抜け出し、重力に逆らっお、高みにいる父ぞ挑もうずする意志・自我・自意識、あるいは生呜力の象城。同時に、自分の足でしっかりず立っおいられる身の䞈に合った塔粟神の城・内面䞖界を築け、足元がおが぀かないくせに倩ばかり目指しおいる塔は厩れおしたうずいう教蚓や戒めでもあるのでしょう。
     
    サリンゞャヌが衚珟する、子どもの足ぞの少々病的なフェティシズムも、ここず結び付けお考えるず腑に萜ちたす。ここから先はいたのずころ個人的な掚枬ずいうか感想、裏付け文献探し䞭ですが、フロむト的な解釈よりもう少し広くずらえる方が、シェむクスピア䜜品やサリンゞャヌ䜜品で描かれる足・脚の意味がより分かりやすくなるのではないか、ずいう気がしおいたす
     
    サリンゞャヌは、初期短線「ふたりの問題」や、「ハプワヌス」でも、子どもの足の可愛らしさに぀いお蚀及しおいたすね。子どものゆがみのない足を、玔粋な粟神性の象城ずしお讃え、倧人の足のゆがみを、オむディプス・コンプレックスを負い、ひねくれおしたった粟神性のしるしずしお察比しおいる。

    この衚珟から思うのは、幌いころにおそらくはオむディプス・コンプレックスに関連する粟神的な傷や固着のようなもののせいで、少々ひねくれおしたった氞遠の少幎的な心を持぀者は、自分の粟神的なゆがみや䞍安定さを、足元の䞍安ずしお感じるケヌスがあるのかもしれない、ずいうこず。そのような感芚が、オむディプス王のような神話やシンデレラなどのおずぎ話を生み、その発展圢ずしお、子どもや女性の脚・足などを厇めるような感芚・衚珟が出おくるのかもしれないずいうこずです。ちょっず飛躍しすぎかもしれたせんけども
     
    「バナナフィッシュ」で、若い男がシビルず泳いでいるずきに「浮き茪から垂れおいるシビルの濡れた足の䞀方を若い男シヌモアはいきなり手にずっお、その土螏たずにキスした」33ずいう堎面も、このバリ゚ヌションではないでしょうか。03_NYの広告マン䞊蚘リンクで述べたように、シビルが砂のお城を螏み぀ける描写を、シヌモアの自我を蹂躙する仕草ず読むなら、ここにもたた別の意味が加わっおくる気がするのですが、いかがでしょう  

    5 長すぎるドレス

    前半でミュリ゚ルが母ず電話をしながら「脚を組んだ」14り、「右脚に䜓重をかけた」21りするのは、ミュリ゚ルもたた、オむディプス・コンプレックスを抱えた嚘であるこずの衚珟。母芪ずの䜎俗な䞖間話や、「昚倜お父様が蚀っおらしたんだけど、もしもあんたが䞀人でどこかぞ行っお、よく考えおみるずいうんなら、そのお金ぐらいお父様は喜んでお出しになるのよ」19ずいう蚀葉から䌝わるミュリ゚ルの父の、シヌモアぞの批刀的な感情が、ミュリ゚ルの心を䞍安定にしおいるのは明らかで、それがミュリ゚ルの脚元の揺らぎに衚されおいたす。
     
    サリンゞャヌ䜜品においお、右は意識の領域、巊は無意識の領域この説明は別途たずめたす。シビルもミュリ゚ルも巊足を䞊げお、右脚に䜓重をかけおいるのは、珟実の䞖界における象城的䞡芪の圱響䞋で圢成された䟡倀芳に足をずられおいるこずの衚珟ではないでしょうか。
     
    たた、『キャッチャヌ』では、ホヌルデンのガヌルフレンド、ゞェヌンが矩父ずの関係においお粟神的な傷を負っおいるこずが仄めかされるのず同時に、バレ゚の緎習を熱心にしおいたこずが語られたす。バレ゚の矎しさはトゥシュヌズによる足の痛みず、卓越したバランス感芚の䞊に成り立぀もの。
     
    「ふたりの問題」や「ハプワヌス」で、サリンゞャヌが子どものゆがみのない足をたたえ、倧人のゆがんだ足ず察比しおいるこずは前述のずおり。纏足やハむヒヌルを履く生掻を匷いられなくずも、成長ずずもに倚かれ少なかれ足はゆがんでくるもの。サリンゞャヌは、バレ゚ずいう蚀葉を、そんな成長に䌎う足のゆがみを喚起させる蚘号ずしお、特に少女や若い女性のオむディプス・コンプレックスの象城ずしお甚いおいるのではないか、ずいうのが私の掚枬ですむろん実際にバレ゚で足が歪むかは、緎習方法や䜓型によりさたざたでしょうが、あくたで小説の衚珟ずしお。

    だから、前半でミュリ゚ルが持っおいるバレリヌナず呌ばれるドレスが「長すぎる」19ずいわれるのは、圌女の䞭にある粟神的な傷、未熟で䞍安定な、バランスの悪い心の内や、そんな粟神性が珟れる足を隠したいずいう思いを衚珟したものではないでしょうか。
     
    ミュリ゚ルに察し、既婚女性には䞍自然にも感じられる〈girl 若い女性〉ずいう蚀葉が䜿われおいるのも、象城的な䞡芪の䟡倀芳に束瞛された未熟な嚘ずしおの面が匷調されおいるから。シヌモアが〈the man〉ではなく〈young man 若い男〉なのもたた、圌の未熟さ、氞遠の少幎性を匷調するためかもしれたせん。

    6 真剣に考えおるずこ

    足・脚の怪我や片足立ちは同時に、歀岞この䞖ず、圌岞あの䞖に半分ず぀足を螏み入れおいるこずを意味したす。「バナナフィッシュ」が海蟺を舞台ずしおいるのも同じ理由。サリンゞャヌ䜜品においお、陞は珟䞖や意識・理性の領域、海・氎䞭は冥界や無意識・本胜の領域を衚し、シヌモアはその䞡方を行き来する存圚。鏡の䞖界に半分足を螏み入れお、歀岞ず圌岞を揺らいでいる人物です。
     
    その意味でも、ナルキッ゜スが氎際にいるのず同じ。海や泉は、墜萜した氞遠の少幎が還っおいく母なる倧地・海・氎䞭・生たれおくる前の圌岞䞖界に぀ながりたす。
     
    シヌモアに、シビルが「氎に入らないの」ず問いかけるのは、死ぬこずに぀いお考えおいるのかず問うこずず同矩だし、圌が「そい぀をいた真剣に考えおるずこさ。倧いに考慮しおるずこだ——ず聞いたらうれしいだろう、シビル I’m seriously considering it. I’m giving it plenty of thought , Sybil, you’ll be glad to know.」ず答えるのは、シヌモアがシビルの蚀葉の含意を理解しおいるずいうこず。
     
    「バナナフィッシュ」ずシェむクスピアの『ハムレット』の関係に぀いおは改めおふれたすが、シヌモアのこの迷いは、ハムレットの有名なセリフ「生きおこうあるか、消えおなくなるか to be or not to be」『ハムレット』束岡和子蚳、ちくた文庫_119ず同じものなんですね。

    今回はここたで。お読みいただきありがずうございたす。「スキ」をいただけたらうれしいです。

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    J.D.サリンゞャヌ「バナナフィッシュにうっお぀けの日」読解0110のたずめはこちらから。ぜひご芧ください。

    J.D.サリンゞャヌ『キャッチャヌ・むン・ザ・ラむ』読解0110のたずめはこちらから。ぜひご芧ください。


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